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幕間:その頃のコネクター

 今回はシャノン・フランジェリクの視点です。


 テントの中に机を並べ、隅っこにソファを置いただけの仮設事務所。

 外には馬不在の馬車が鎮座している。召喚獣に牽かせるから、そういう芸当ができてしまう。


 私、シャノン・フランジェリクの率いるパーティの仕事場はいつだってこれだ。


 貸事務所さえ使えたらもうちょっとマシになるのに、どこもかしこも、


 ――『でも冒険者でしょ?』

 ――『この程度の収入額じゃなぁ』

 ――『汚されたら困る』

 ――『レズビアン乱交サークルか? 男向けの商売じゃなけりゃ他所を当たってくれ』


 口を揃えてこんな事を抜かしやがる!(くたばれ畜生!! 十把一絡げに惨たらしく轢き潰されて死ね!!)

 ので、こんな野営場めいた惨状に甘んじているわけだ。


 まあ宿は別で取ってあるし、寝食に困ることは無いけどとにかく不便なのよね。

 情報が漏れると困る話については筆談でやらないといけないし。




 でも、あまり広すぎる事務所でも接する機会が減るから召喚獣の多重契約に支障が出るのよね。

 あまり親密でないと召喚獣の“契約先”が増えない。


 そうすると、情報交換が滞る。

 各地の婦人会とのコネクションを作っているのは、そういう目的もある。


 あとは魔導ナプキンだったかしら……あれの輸送くらいなら私の召喚獣にもできるものね。

 エミール宛の手紙を渡しに来たバロウズ先生も、魔導ナプキン量産化の期日が近くなってきて、少しそわそわしていたかしら。



 さて、今夜のタスクはこれで終了! 壁の布切れをめくると、朝の日差しが眩しい。

 ……あー。また徹夜仕事をしてしまった。



 そんな私がソファに寝転がった辺りで、歌声と足音が聞こえてきた。

 声の主は知っているが、歌は初めて聴いた。


「突如、会場に現れたァ~ンンン謎の、男ッ! オー! 彼は一体何者なのだろうッ! シュビドゥビドゥバッパァー♪ ウー、イェエエエイ!」


 スマイルマークのお面を付けたローブ姿の魔女――バステルグ夫人(独身でありながら夫人と付けている理由は不明)が出入り口から颯爽とエントリー。

 歌が妙に上手いのが、ちょっとムカつく。


 彼女は腰をくねらせながら何度かターンやジャンプを交えたキレのあるダンスを披露した末、勢いよく丸椅子に座り、そこでもくるくると回る。

 朝からべらぼうに元気ね……いつもの低血圧ぶりからは想像もつかないわ。

 さてはお仲間と飲み明かしてきたな。


「もしや! オー! 遠くで待たせてた女の子へのプレゼントか!? はぁー、気になるッ! トゥルットゥットゥダッパッパ――」


「――多分その人、私の知ってる人だと思うわ」


 もういいでしょ。


「ぴゃああああ!? ――ぶぇええっ」


 バステルグ夫人は驚いてのけぞって、盛大に転んだ。

 背中からしたたかに打ち付けちゃったけど大丈夫かしら。


 ま、いいや。挨拶、挨拶っと。

 手を振る。


「……サプラァーイズ」


 んー、我ながら決まってるわねっ。


「シャノン! いるなら教えてよ。軽率に鼻歌とかクッッッソ恥ずかしいんだけど」


「あなたが入ってくる前からずっといたわよ。目の前に」


「……マジ?」


「マジよ」


「ごめんね、気づかなかった……」


 なんでどいつもこいつも私に気づかないの!?

 そんなに存在感薄いの私!? 客観的に見ると確かに、何を考えているかイマイチよくわからない、表舞台に姿を表さない謎めいた感じあるかもしれないけど、流石に何度も続くと、いくら私でも傷付くんだけど!?

 くそ……あまりにもしんどすぎるわ。


「いっそ暗殺者にでも転職しようかしら……」


「そしたら焚書してくる奴を片っ端から殺処分してもらおうかな」


「嫌よ、そんな実入りの悪い仕事」


「それで? シャノンの知ってる人なの? 例の、おつかいお兄さん」


「多分だけど、ね。確認だけど、ローブの色はトリコロールだった? 顔は、ちょっと癖っ毛の、ナヨっとした感じの優男?」


「どっちも合ってた」


「あとは一緒にいた女の子、輪星教の巡礼者じゃなかった?」


「たぶん、そうだった」


「じゃあ、その男はルクレシウス・バロウズである可能性が非常に高いわね」


 特徴が3つ以上合致していて、なおかつ場所もフィッツモンド。

 ……ほとんど決まったようなものね。


「あー、彼が噂の……! っていうかやけに詳しいね。三次元の推しカプ?」


「彼には、私の弟が世話になったから、そのお礼をね。それに、弟が劇をやるから、降誕祭には学院に遊びに来て欲しいしね」


「弟思いなんだね」


「あなたはブラコン呼ばわりしないのね」


「いや言わねーよ!?」


「それが、さ。どっかのクソアマなんて、外回りの仕事で御一緒してなんとなしに弟の話をしたその日にね。

 “レズでブラコンとか変態すぎでしょ”とか陰口を叩いてたのを、偶然耳にしちゃったのよ」


「うわぁ~なぁにそれ殺意めっちゃ溜まるやつ~!」


「あのとき曲がり角からこれ見よがしに登場して、淑女ぶって“恋愛と家族愛の区別も付けられない幼稚でさもしい価値観じゃあ確かに、その程度の感想が限界でしょうね”なんて返したけど、甘すぎたかも」


 もうちょっとキレて『てめーのオマ○コに泥でも突っ込んどけ』とでも言い返してやりゃよかったわ。

 ローディ……元気にやってるかしら、あのクソアマ。


「あーわかるー……私もさ、この界隈にいると“来世は男に生まれて男同士にでもなりたいのか?”とかからかわれるんだよね。

 いやぁそもそも、男同士が悪いとか古いし、二次元と三次元は違うんだっつーの! どいつもこいつも、興味のないことはほんっとマジで無神経だかんね! 畜生、くそったれ!  あいつら絶対許さん!! 呪ってやるうううう!!」


「すごく解るけど落ち着いて。お面、取れてるわよ」


「オォォウッ」


 忙しいわね。

 バステルグ夫人は慌ただしくお面を付け直すと、何事もなかったかのようにもう一度椅子に座った。


 余談だけど、出会ったばかりの頃の彼女は自身の顔を“口の横幅が広くドブのような目をして眉の薄いそばかすだらけのお目汚しフェイス”などと自虐していた。

 私が一晩ほど『コンプレックスなのはわかるけど、自虐は同じように苦しむ人達を、その苦しみの中に閉じ込め続ける呪いになる』という内容の説教をしてからはやめたけど。

(お面はそのままでいいと伝えたからか、外していない)


「ぜぇ、はぁ……シャノンは自分のためじゃなくて弟のために、無理解や偏見にも立ち向かって、立派だよ」


「……弟には、なるべく満足いく人生を送ってほしいと思ってるわ。手間の掛かる子だけどね。

 それにね、バロウズ先生の痛快世直し道中記を眺めるのを通して、私自身が救われたいってのもある」


 何より、弟に手を差し伸べてくれた恩師を追い出した地獄のような魔術学院が、復讐に燃える有志達の手によってメチャクチャに蹂躙されるサマを、見せてやりたいじゃない。


 あの先生が、私が在学中にいてくれていたら。

 私の人生も今より少しはマシだったのかな……なんてね。


 でも感傷に浸る時間はあまり無い。


「ほらシャノン。あなたのスイートハートのお出ましだよ~。おはよ、リサさん」


「うい~ッス~」


「リサ。おはよう」


 リサ・アルバ。黒髪おさげに切れ長の目がよく似合う人。

 初めは、単なる初期からいる、他の人よりは上手く話せるというだけのメンバーだった。


 グイグイと距離を詰められて、今ではもう視界に入れるだけで身体中の血液が錆を落としたような錯覚を覚える。

 ああ……愛してるわ、リサ。


「うんうん、姐御の笑顔は本日も綺麗ッスね」


「リサの声のほうが素敵よ」


 互いに指を絡ませ、見つめ合う。


「あのぅ……軽率にイチャイチャされると、その……」


 うおぉっと、いけない。

 つい二人の世界に入っちゃうところだったわ。危ない危ない。

 急いで離れる。


「しっ、失礼したわ」


「いやいや! 顔がいいカップルを見れて眼福だし、お二人の関係性は尊みMAXなんだけどね!?

 ほら、その、ほっとくとそのままベッドシーンまで行っちゃうんじゃないかって気が気でないというか……」


「まさか。私がそんな節操なしに見える?」


 くそ、恥ずかしいわね……。

 あおいでも顔の熱が飛ばない私に、リサがさらなる燃料投下をしてくる。


「職場じゃシャキッとクールだけど、ベッドじゃ甘々ッスからね! “リサ! リサ!”って、身をよじりながら、甘えた声で――」


 ――ペチンっ

 ぶちまけそうになっているリサの後頭部を軽く叩く。


「こら。調子に乗るな」


「はぁ~い……ああ、そういえば海賊島の地下遺跡最深部、例の王立魔術学院の面々が攻略成功したみたいッスよ」


「ストームドラゴンと聖遺物だったかしら」


「そッス。期待の転校生である天才少年ダン・ファルスレイが、天賦の才能を駆使して大立ち回りだそうッス」


「才能を、ねぇ……詳しく教えてもらえる?」


「弟さんから訊けないッスか?」


「姉として贔屓目に見ても、エミール……弟に、客観的な評価は望めないわ。あの子はその名を出すだけで怒り狂うもの。それこそ財宝を奪われたストームドラゴンのようにね」


「うへぇ……そりゃおっかないッスね……じゃあ、えーっと大まかな情報だけ。あくまで噂話ッスよ」


 テーブルに資料が並べられる。


「なんでも、解体された付与術エンチャントを除く学院内の全ての学科の評価テストでトップスコアを叩き出したとか。全属性を網羅しているとかだそうッス」


「眉唾ものね……」


 だいたい、あれこれ盛りすぎよ。

 眉をひそめる私達の向かい側に、バステルグ夫人がひょこっと立つ。


「それさぁ……実はホムンクルスだった、なんて線は無いかな?」


「流石にそれはないんじゃないッスか? いやでも確かに、全学科の評価テストでトップスコアとか、明らかおかしいッスけど」


「そうね。学院の外に宣伝するにしたって、学院がその人材を発掘したってだけであって、育成したわけじゃないもの。それに学院という閉ざされた社会でのテストでしょ。客観性がまるで無いわ」


 まぁ、遠からぬうちに当の本人を目の当たりにするとは、この時の私達は思ってもいなかったけどね。



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