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幕間:わたしの目の前にある光

 バレンタインデーですので、通常より100割増し甘めで行きたいと思います。


 孤児院に在籍中は、新しいスキルを習得したらすぐ報告するよう言われていた。

 習得祝いとしてその日のちょっぴり豪華な晩餐を交えてスキル紹介もしてくれるということも。


 だからわたしは喜び勇んでシスターと司教に報告して、鑑定してもらった。



 ……名は、審問官スキル。

 この歳の女の子には前例が無かったそうだ。


 その日のうちに鑑定士とスキル教育担当者が大聖堂からやってきて、使い方について教えてもらった。

 もちろんその日は、みんなとは別行動。特別な気分だった。

 大聖堂から来た人達は帰り際に、このスキルは然るべき時以外には使わないよう言ってきた。



 わたしは息巻いていた。

 みんなが日頃わたしを馬鹿にしてきたし、見返してやるチャンスだと。

 でも、結局その日の晩餐では紹介されなかった。

 次の日も、そのまた次の日も……。


 シスターに理由を訊いてみると、


 ――『悪いことに巻き込まれては困りますから』


 とのことだった。

 嘘の音がしたけれど、逆らえば折檻されるのは目に見えていた。



 やがて、周りの子供達も続々と2つめのスキルが開花していった。

 わたしは未だに開花していない扱いで、やっぱり落ちこぼれであることに変わりはなかった。


 わたしは自分の居場所が欲しくて、なんでもやろうとした。

 その中でも一番多くて得意なのは、小さな子供達に本を読み聞かせることだった。

 感情を込めて、登場人物ごとに声音を変えたりして、ちびっこ達には歓迎された。


 女の子が集まる日は、女の子用の物語を。

 争いの絶えない国へ向かった巡礼者が愛の力で平和を取り戻す話ばかりだった。

 けど、わたしは別に気にならなかった。だって他の話なんて知らなかったから。


 男の子が集まる日は、男の子用の物語を。

 故郷を魔物に焼かれた勇者が魔物を倒して回りながら沢山の女性達と子を成していく話ばかりだった。

 けど、わたしは別に気にならなかった。だって他の話なんて知らなかったから。




 そうこうしているうちにようやく開花した3つめのスキルは、不死アンデッド系に高い威力を発揮する“聖弾射出(ホーリー・ボルト)”だ。

 その頃わたしは13歳。もう同期のほとんどが、里親に引き取られていた。


 ……その中の一部の暇人に至っては、わたしを嘲笑する手紙を寄越してきたりもした。


 ――『大切な友達からの手紙だからね、あとでしっかり考えてお返事書かなきゃ!』

 なんて、その場は誤魔化したけれど、翌日には手紙を破って川に流した。


 わたしだって、頑張って付かず離れずの程よい関係性を作り上げてきたんだ。

 もう、そんな手紙に乗じて笑ってくる奴は誰もいなかった。

 本当は、嫌な奴が軒並みいなくなったおかげなのか、それともわたしをサンドバッグにするのに飽きたのかもしれないけど。



 偽りの笑顔と、薄ら寒い平穏。

 相変わらず色んな人から嘘の音はしたけれど、こっちが口を閉ざしてさえいれば角は立たない。


 もしかしたら、みんなはわたしではない誰かへと標的を移したかもしれない。

 でもわたしには、それに気付く余裕なんて無かった。今にして思えば、わたしもきっと大概クソだった。


 そんな中で見つけたのが、BL本だった。

 さっき会ったお面の人の本が、わたしの初めてのBL本だ。


 街の外れで買ったそれを廃屋に隠しておいて、コソコソと楽しんだ。

 以来、自由時間に街を散策しては、買い集めた。

 大きな図書に挟み込む方式や、手のひらに収まり切るサイズとか、どれも隠れて読むための工夫がされていた。


 女の子同士での恋愛なら孤児院でもたびたび目にする。

 その多くは“ごっこ遊び”だったようにも思えるけれど、そう見せかける必要があったのかもしれない。


 ……男同士は当然ながら、教会でも禁忌の中の禁忌だ。

 教典にこそ書かれていないけど、嘲笑や弾圧の対象になるのが不文律だった。


 こんな価値観の中で、BL本というものはわたしのこころを強く揺さぶった。

 初めは、禁忌に触れる背徳感で。やがて、閉塞した世界に立ち向かう反骨精神を感じ取って。


 書き手の多くはそこまで考えてはいなかったかもしれない。

 けれど、確かにあの時、わたしもこんなふうに書いてみたいと思った。



 ……でも駄目だった。



 ――『アレット。私達は家族(・・)です。隠し事は無しです。いいですね。これはあなたのもので間違いありませんか』


 ――『……なぜ、ですか』


 15歳になって少ししたある日。

 わたしは朝礼で呼び出され、皆の前でコレクションの本を全て並べられた。


 誰の密告かはすぐわかった。

 色恋沙汰が大好きな、お節介焼きの騒がしい連中が名乗り出たからだ。

 強面の司教たちに囲まれながらも、わたしは抗弁した。


 ――『誰かに広めたわけでもないのに、どうして所持が許されないのですか!』


 ――『お前に正しい愛を学んでもらうためだ』


 嘘だ……嘘だ……! わたしはスキルの行使を試みる。


 ――『天秤の星の御使いよ、我が右目に――』


 ――『――黙れ!! お前に審問官スキルなど使えるものか!!』


 ガシャンッ、バサバサバサッ

 陶器が割れる音と、わたしのコレクションが次々と払いのけられテーブルから転落する音。

 竦み上がるわたしに、司教の一人がわたしの頬を打ちながら告げる。


 ――『こんなおぞましいもの、早く燃やせ! 今、ここで!!!』


 わたしは言われるままに皆の前で、自分で本に火を放って、焼いた。

 その場で服を全て脱がされ、ステンドグラスから差し込む陽の光でないと見えないという“戒め”の刻印を背中に押された。


 以来、わたしは教典以外の文字がぼやけて読めなくなった。




 そして数日後。


 ――『癒やしの力が弱いのは、あなたの愛が希薄であり、悪趣味な虚構の本に手を出すからです』


 因果関係が逆転していることについては言えなかった。

 言えばまた、面倒が起きるだろうし。


 ――『冒険者の補佐をしながら、強き男を探して操を捧げ、結ばれなさい。正しき愛、虚構ではない本当の愛を知り、子を成すことで、ようやく、この戒めから脱することができるのです。それでようやく“戒め”は解かれるでしょう』


 逆らえなかった。

 教会はいつだって正しいのだと、わたしは自分に言い聞かせた。


 そうしてわたしは誰にも引き取られることなく、巡礼者になった。

 事実上の放逐だ。



 この“戒め”のせいで依頼書は読めなかった。

 結果、依頼探しにはかなり苦労したし、無学な小娘という扱いは屈辱的だった。


 ソロで頑張りながらスキルを習得したりもした。

 でも、わたしは巡礼者でありながら、相変わらず回復系スキルが殆ど使えないままだった。

 アンデッド退治なら他の巡礼者より充実しているけれど、そもそもそんな依頼があまり出てこないし、わたしは文字が読めないからイラストが無かったら判別できない。


 だから、臨時でパーティを組む時なんかはリーダーに依頼を選んでもらうしかない。

 けれども、何処へ行っても上手く行かなかった。

 荷物持ちやお茶汲みをしっかりこなさなければ、きつい叱責を受けたりもした。

 ヒールが欠陥を抱えているせいで、わたしだけ報酬抜きなんてこともあった。


 他のことを頑張っても、そんなの出来て当たり前のことだと言わんばかりに、冷たい視線が突き刺さった。



 どのパーティと組んでも、わたしはずっと孤独だった。

 みんなが笑っている冗談を、わたしは笑えなかった。


 性的に見る視線に応えようとしてはみたけれど、その人達から掛けられたひどい言葉を思い出すと、自然と足が遠ざかった。

 表面上は共感を示してくれる人の殆どは、パーティ内で実権を握る人に気を使ったりしているようだった。



 それでも教義に従うことは義務だ。

 理想的な女の子として振る舞う外側のわたしと、それを否定したがる内側のわたし。


 ……そんないびつさに耐えかねて、それからずっとソロでやり続けた。

 どうせ役に立たないなら、せめて、ひっそりと、何処かで野垂れ死ぬまでは生き続けようと。

 自分が悪いんだと、言い聞かせながら。



 ある日、山小屋の住人の依頼で、打ち捨てられた山賊たちの死骸にアンデッド化しないよう経を唱えていた。


 けれどそこに、大角鬼熊デーモンベアーが現れた。

 他のパーティを追いかけてここまで来ていたようだけど、逃げられたらしい。

 ひどく機嫌が悪く、山賊たちの死体に八つ当たりをしていた。


 わたしは隠れてやり過ごそうとしたけれど、不注意で小枝を踏んだ。

 その音でバレて、追いかけられた。


 役立たずの命なんて惜しくない筈だろうと頭の何処かで冷笑していたけれど。

 でも何故か同時に、死ぬことが怖くなってしまった。

 無我夢中で逃げ回って、街道に転がりでた。



 先生が手を差し伸べてくれたのは、その時だった。


 依頼の攻撃目標だからって、そんなの関係ない。

 だって、そうじゃなくても助けてくれただろう事は、その後の行動を見ればいくらでも解るのだから。




 ◆ ◆ ◆




 全部、話した。

 みんなの悲劇に満ち溢れた苦境に比べたら、なんてことはない。


 先生みたいに沢山の人の教育に携わっていたわけじゃない。

 ウスティナさんみたいに悲惨な戦争の中にいたわけでもなければ。

 ピーチプレート卿みたいに奴隷の生まれでもない。

 グレンさんみたいに身体を改造されてもいなければ子を産めないせいで迫害されてもいない。

 フランソワーズさんみたいに想い人の成れの果てを見て、そのようにした人達に復讐をしてきたわけでもない。


 みんなみたいに10年近くの孤独を味わってなんかいない。

 これは、わたし個人だけのスタンドアローンな不幸話。


「……すみません、つまらない話でしたよね。作り話みたいですし、だいたい、気持ち悪いですよね……」


 どうせ誰も共感してくれる筈がないと思って、今までずっと仕舞い込んできたものだ。

 なのに。


「そんなこと無いよ」


「――……ッ」


 先生は、涙をこらえながら、少し屈んでわたしを抱きしめてくれた。

 先生の鼓動が、わたしの胸にも伝わってくる。


「打ち明けてくれてありがとう。きっと多大な勇気を必要としたでしょう」


 耳元で伝わってくる声。程なくして、先生の手がわたしの頭を撫でる。

 先生の優しげな顔に似合わぬ大きな手が、わたしの頭に触れるたび、わたしは体の奥底から背筋を伝わって、ふわりと何かが昇っていくような、そんな心地よさを覚えた。


 こんなにもあたたかくて、ずっと一緒にいて欲しいと思える。

 わたしにとっての運命の人は、間違いなくこの人なんだ。心の奥底から、確信できる。


 ――けれど、先生にとっては?

 わたしよりもっと似合う人がいるかもしれない。

 ウスティナさんや、グレンさんのような。



 駄目だ、やめろわたし……マイナス思考を頭の中から追い払え。

 わたしにとってのオンリーワンが先生なら、わたしも先生にとってのオンリーワンになれるよう頑張ろう。


 先生が誰かに陥れられそうになるたび、わたしがそばに立って、邪悪な敵たちを蹴散らさなきゃ。

 先生が使命を果たすのを、わたしが支えるんだ。

 考えないと。どうすれば、もっと先生の役に立てるのか。



 せっかく3年待つと言ってくれたんだ。

 その時までに、ちゃんといい女になって、素敵なお嫁さんになるんだ。

 それで、それで、先生との子供をたくさん産むんだ。

 先生の子なら、かわいいに違いない。


 指輪を買ってくれた事が遊びなんかじゃないってことは、証明済みだ。

 あのときの言葉に、嘘の音がしなかったから。



 ……後戻りなんて、絶対するもんか。


 わたしは先生から少しだけ体を離し、鞄を漁る。

 先生はやっぱり微笑みながら首を傾げるだけで。

 わたしはそんな先生の気遣わしげな沈黙に、引き寄せられるようにして上半身の体重を預ける。

 さりげなく先生の手に、小さな袋を忍ばせて――


「好きです。先生……」


「え? あっ……――」


 その唇を奪った。

 初めての口付けは、緊張のせいで思うように味わえなかった。

 わたしの心臓は、今までにないくらい、バクバクと暴れ回っていた。



 ハッピー!!!

 バレンタインデー!!!

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