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幕間:わたしの背後の暗がり

 今回はアレット視点です。


 わたしは、水筒をちびちびと飲みながら先生の目を見つめた。


「?」


 首を傾げながら、微笑む先生。

 こんな時でも先生は、冗談を言わない。


 でも不思議と、窮屈さや退屈さを感じない。

 ……先生が真面目すぎて、たまに一周まわって面白いことをし始めちゃうからなのかも。



 そんな先生と、船の事件から数週間ぶりに(やっと!)会えたからデートをして。

 いつもとは、また少し違う一面が見れて。


 指輪は付けてもらえなかったけれど、でもネックレスにしてくれた。

 おまけに、初めて目にしたBL本を嫌悪せず買ってくれた上に、物語に心動かされ涙するなんて。



 だいたい、わたしを否定してきた事なんて一度も無かった!



 ……こんな人、今まで見たこと無かった。

 初めて会った時から、他とは違う新鮮な体験ばかりだった。

 どれもこれもが、わたしが望むのを諦めたものばかりだった。

 それなのに嘘がほとんど見当たらない。



 こんなに誠実な人に、沢山の優しさを貰った。

 なのにわたしは、いつまでも素性を明かさなくていいの?

 ただの巡礼者だってことで、隠し通し続けるつもりなの?


 前に、秘蔵スキルの審問アクティヴ公開インクィジットを、先生を守るためにお披露目したというのに、わたしは臆病風に吹かれたままだ。



 他の人達に比べて、わたしの不幸話は軽い。

 もしも“この程度で不幸のヒロイン気取りか”なんて失望させてしまったらどうしよう……?


 きっと優しい先生のことだから、上手く言葉を濁してくれるだろう。

 でも、壁ができてしまったら……。


 今まで組んできた人達の中にも、わたしが文字を読めないことについて詮索してきた人はいた。

 教会で罰を受けたと伝えた時の、あの人達ときたら、可哀想な罪人(たとえば盗みを働いた貧乏人の子供)を見るような目!

 ……先生から同じ眼差しを向けられたら、とてもじゃないけど耐えられそうにない。


 いよいよわたしは、教典でも禁じられていた自殺を、選ぶに違いない。

 ……そんな、よくいる駄目なぶりっ子みたいに煮え切らないわたしのことを、先生は急かさず待ってくれていた。



 いつまでも待たせていいの?

 いい加減、腹を決めろ――アレット!


「――心の準備、できました」


 先生は無言で頷いて、先を促してくれている。

 さあ、もう後戻りはできないぞ。

 今更“やっぱやめ”は無しだ。進め、進め、進め……!


「……なぜ、最初に先生と会った時に大角鬼熊デーモンベアーと戦っていたのか、それまでどうしていたのか、合わせてお伝えできたらなって」


「実はそれも気になっていました。でも、緊急性は無かっただろうし、言いたくない事情であれば、無理に訊かないでおいたほうがいいだろうと」


 ……嘘をついている音はしない。

 ここまで待ってくれて、ありがとう……先生。


 きっと先生にとっては、なんでもない事かもしれないけれど、わたしはそんな優しさに救われているんだ。

 何度も。何度も……。


 弾け飛びそうになる鼓動を疎ましく思いながら、わたしは言葉を繋ぎ合わせようと試みる。




 ◆ ◆ ◆




 わたしは孤児院で育った。

 物心ついた頃には、もう孤児院にいた。


 親がいない事については、よくあるらしいし今でも特に気にしない。

 物心ついてから親を失ったり、親に捨てられたりした人達は、気の毒だなって思うけど。


 わたしにとって家族とは、孤児院の人達だ。

 実際のところ、食事のたびに「わたしたちは家族(・・)だ」と繰り返してきたもんね。

(まるで、そうでもしないと家族じゃないみたいだよね……)




 ……教会の運営する孤児院だから当然だけど、輪星教についての教えが大半を占めていた。

 たとえば無償の奉仕とか、調和の大切さとか、人生の意味を見つけることとか。


 女であれば、強い男と結ばれることの大切さとか。

 男は皆、年下の女の処女を何よりの宝とするのだとか。

 そして若ければ若いほど、その価値は高いのだとか。

 だからみだりに婚前交渉をしてはならず、意中の相手に選ばれる(・・・・)までは大切に取っておけと。


 そして20を超える前には見つけねばならず、操を捧げた相手には一生添い遂げ沢山の子を産むのだと。

 それが女の幸せなのだという。


 だから思わせぶりな態度で誘惑する方法を、たくさん教えてもらった。

(そのどれもが今の所、空振りに終わっているのは嘆くべきかな……?)


 女としてのあるべき姿についても教えてもらった。

 女の自分語りは長すぎては飽きられるとか。

 反対に、男の人の話はどんなに長くても、熱心に聞く姿勢を崩さないこととか。



 あとは生活全般だ。

 庭仕事とか、動物のしつけ方、山菜の採り方、危険なきのことか。

 女の子はそのあと家事全般――炊事洗濯お掃除、買い物、縫い物とか。

 男の子は(あくまで聞いた話だけど)狩りとか薪割り。


 読み書きは、教典だけじゃなくて、図書室にある本なら何でも読ませてもらえた。

 見聞を広めることで教典の内容をより多角的に理解するのが目的だとか。



 8歳になる頃には、スキルの適性を診断された。

 里子として引き取られるのも、最初のスキルが発現するのも、その年齢から。


 わたしが最初に手にしたスキルはヒール。

 でもわたしのヒールの回復量は、平均の6分の1にも満たない。


 それがわかったのは、はじめてのスキル実習である、魔物の被害に遭った村の復興支援で。

 わたしは、炊き出しをしながら比較的軽傷の人達にヒールをしていた。


 ――『ちょいと、そこのお嬢ちゃん』


 お爺さんに呼び止められる。


 ――『転んで左腕をやっちまってな? 治してくれぃ』


 ――『で、でも、わたし、もう魔力が……』


 ――『何を言っとるんだ! やれるだろう? ほら、こっちこっち』


 歳をとっているといっても、わたしは8歳の子供だ。

 引っ張られたら満足に抵抗できない。

 促されるままにヒールをするけれど、既に枯渇しかかった魔力じゃあ結果は想像するまでもなかった。


 ――『なんなんだチンタラチンタラと! やる気あんのか! 普通は3分も掛からんぞ! 他より可愛い子だから選んだのに、とんだハズレを引いちまった!』


 怒鳴りつけられて、わたしはわけもわからず謝りながら、必死にヒールを繰り返した。


 ――『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』


 別に、ごめんなさいは詠唱になんてならないのにね。

 結局、騒ぎを聞きつけた司教がわたしを引き剥がして代わりにヒールをして。


 ――『誠に申し訳ございません。うちの者が迷惑をおかけしました』


 ――『まったく! 司教さん困るよ! おれも時間余ってるわけじゃないんだからよ!』


 ――『治療の熟練者を呼びましょう。とびきりの美女ですよ』


 その場は丸く収まったけど、わたしが魔力切れで倒れたのをきっかけに、わたしのクソみたいなヒールの欠陥が知れ渡ることとなった。

 わたしを送り出した孤児院も、それを運営する教会も、わたしが顔に泥を塗ってしまったわけだ。



 ……そのせいで孤児院の中でも落ちこぼれだったから、みんなに小馬鹿にされ、顎でこき使われた。

 男の子にぶたれるのも、スカートをめくられるのも日常茶飯事だった。


 ――『やめてくれないんです』


 ――『それはね、あなたが好きだからよ。力の強い子に気に入られるよう頑張りなさい』


 シスターはこんな調子で、まともに取り合ってくれない。

 そのうち噂が噂を呼んで、女の子からも絡まれた。


 優等生であるローディのお気に入りの男の子がわたしにばかり構うのが、気に食わなかったそうだ。

 わたしも初めは我慢していたけど、もう限界だった。


 ――『やっぱり売女の子は売女なのね』


 ――『知らないよ! あっちが勝手にちょっかいかけてくる! そんなに欲しけりゃローディが代わってよ!』


 そのまま取っ組み合いの喧嘩になったけれど……。


 ――『アレット、ローディ。暴力は良くないことだと伝えた筈ですよ』


 こうしてシスターにしょっぴかれて、みんなの前でお説教の的にされる。

 わたしは要領が悪いから、つい言い返してしまう。


 ――『でもシスター聞いて下さい! ローディは毎日毎日、わたしに意地悪ばかりするんです!』


 こんな口答えをした、わたしとは違って、ローディは。


 ――『ああごめんなさい、シスター。私としては家族(・・)が放っておけなかったのです……今後は気をつけます。アレットも、言いすぎちゃって(・・・・・・・・)ごめんね』


 丸く収めてしまうのだ。

 みんなの憧れ、ローディ。なんでもできる優等生。


 ――『反省できましたね。それで? アレットはどうなのです? ローディは罪を認めました。あなたはご自身の罪を認めないのですか?』


 ――『……ごめん、なさい』


 ――『不本意そうですね。あなたたち、彼女を反省室に連れていきなさい』


 こんな具合に、真っ暗で狭い部屋に何度か閉じ込められて。

 みんなの前で数時間くらい怒鳴られたり、お尻を真っ赤になるまで叩かれたりした。

 わたしは、相手を許すことの大切さを学んだ。

 不寛容はこうして咎められるのだ。


 でも、グレンさんみたいに足の裏に針を刺されたりはしなかったから、わたしの境遇なんてまだ甘いほうなのだろう。



 あのローディに引き取り手が現れた時は、随分と安堵したものだ。

 と同時に、そんなふうに安堵する自分自身に嫌悪感を抱きもした。


 けれど、それまでローディに引っ付いて我が物顔で闊歩していた人達からの嫌がらせは、わたしからの報復を恐れてなのか、よりいっそう陰湿なものに変わった。


 挨拶を無視したり、私物を隠すならまだいいほうだった。

 わたしを騙ったラブレターを、孤児院でも嫌われ者である嫌な男に渡すとか。

 教典を井戸に落とすなんていう洒落にならないレベルのことまでされたっけ。

(そしてそれすらも、わたしが折檻される形で責任を負った)


 毎日おなかが痛かった。


 反論はしなかった。反論なんてしたら、余計にヒートアップしただろうから。

 他所の常識なんて知らないから、わたしにとってはこんな毎日が普通だった。

 全部、役に立てないわたしがみんなを苛つかせてしまうのが悪いんだって、必死に言い聞かせた。


 それに、笑顔と許しで平和を築き上げるのが女の子というもの(と教わった)。

 だったらそのとおりに実践して、耐えないと。



 ようやくおなかの痛みが消えた頃に初潮を迎えた。

 お祝いのザクロ粥は、少しも味がしなかった。みんなは「甘酸っぱい」って言っていたのに。



 ……他人が嘘をついた時に鐘の音が聞こえるようになったのは、この頃だ。



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