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第53話:先生の休日・買い物編

 デート回です。


 まずは、洋服屋。

 アレットに似合う服はどれだろう、などと展示の商品をウィンドウ越しに眺め見る。

 巡礼者は基本的に修道服を一張羅とせねばならないらしく、買っても意味がないということだから見るだけだ。

 それでも、これが似合うとか、これは少し子供っぽいとか、談笑するだけでも楽しめた。




 次に、花屋。

 色とりどりの花が所狭しと飾られていて、これがまた見るだけでも楽しめるものだ。

 俺の故郷の特産品なんかもある……そういえば、親父と一緒にここに来た頃、山ほど持たされたっけ。

 こっちで種から栽培したのかな。


「先生、何見てるんですか? あっ、これ……いい匂いですね」


「はい。この種類は香りが強く、枯れた頃合いにポーションと調合して、お香にする冒険者もいるそうです」


「じゃあ店員さん、これください!」


 よりにもよって、その種類の中でも一番香りが強いのを選ぶとは……。

 それはお香じゃなくて、刻んでお酒の香り付けとかにも使うやつだよ。




 今度は、雑貨屋。

 冒険の役にはあまり立たないかもしれないが、ちょっとした可愛いデザインなんかが精神の安定に作用する。

 この精神安定はあらゆる行動に於いて、けっこう馬鹿にならないものだ。

 魔術の行使に際しても術式がブレにくくなるし、近接職の人達も生存率が大幅に上がる。


 敵が精神異常の妨害魔術を使ってきても、意外とこういう可愛い雑貨が拠り所になったりもする。

 与太話とかでは断じてなく、実際に冒険者パーティ達の状況を見て、そんな実感がある。


 それもあってアレットの「どれにしようかな~! これがいいかな~! これなんかすごく可愛いな~♪」という、世の中の男性達の数多くが口を揃えて「またかよ」と言いたくなるような台詞を、俺は決して軽視しない。

 そもそも買い物をしようと誘ったのは俺だし、品物を選ぶのを急かすほど俺は時間に飢えてはいない。


 さあ、アレット。

 存分に悩んで、存分に触れ合うといい。

 衝動買いで身を持ち崩すなんてことさえ無ければ俺はとやかく言わないし、なんだったらこっちに持ってきて似合うかどうかを訊いてきてもいい。

 なるべく嘘はつかないように頑張るから。


「先生、これ可愛くないですか!?」


「どれどれ……なるほど、アレットさんのセンスは、人を惹き付ける何かがありますね」


 デフォルメされた蜂の形をした貨幣袋だ。

 蜂の腹の部分に貨幣が入れられるようになっている。


 もちろん多数派が言うところの可愛い商品を持ってくる可能性のほうに賭けていた俺は少なからず面食らった。

 が、こういう独特ユニークなセンスを包み隠さず伝えてくれるっていうのは、きっと俺のことを信頼して、嘲笑わないことを期待してくれているということに他ならない。


 アレットは俺をじっと見つめて、何か難しい顔をした。


「ふむふむ、なるほど。嘘はついてないみたいですね」


「ここでわざわざ審問官スキルを!?」


「レディに嘘をつくのも紳士の嗜みとは言いますけど、わたしは先生の誠実さをたっぷり味わいたいんです♪」


 ……変わった性癖だなぁ。

 一本取られたから、これは俺の奢りで購入だ。


「なんか、奢らせたみたいで、逆に申し訳ないです……いつか必ずお返ししますからね」


「そういうつもりではなかったのですが」


「わたしが不本意だと思っただけです」




 そして、アクセサリーショップ。

 先刻からアレットに行きたいところを任せているが、いよいよもってデートじみたチョイスだ。

 でも当人が楽しんでいるなら、俺からは何も言わない。

 本当に楽しんでいるなら。


 もともとは小さな屋敷だったものを改装したのだろう。

 エントランスホール以外を取り壊したかのような造りと古びたシャンデリアは、開放感と寂寥感を同時に感じさせる。

 身分制度が昔ほど強固ではなくなった今の時代を反映してか、客層もそれほど偏りが見られない。


 もっとも、種族は人間だけだ。それも、肌が黒や褐色ではない人間。

 獣人も、エルフやドワーフもいない。

 いつか、そういった人達も此処に来られるよう、みんなで変えていかないと。


「えいっ♪」


 左手の薬指に何か嵌め込まれた感覚。

 まさかと思って見てみれば、銀色の指輪が付いていた。

 そしてその張本人たるアレットも、同じデザインの指輪を彼女自身の左手の薬指に付けていた。


「新婚さんって気分じゃないですか?」


「……」


 俺は無言で指輪を外した。

 色気付くことを否定はしないが、相手を間違えちゃいけないよ。


「ちょ、ちょっと~! なんで外すんですか!」


「気が早いですよ。恋人同士でもないのに」


「ぶ~」


「むくれても駄目なものは駄目です。憧れや、恩義、その場の勢いとか、そういうものを“愛”とは呼ばない。履き違えたままズルズルと行けば、きっと後悔します……どうか、解って欲しい」


「ま、いいですけど……もたもたしてると他の人に取られちゃいますよ?」


「取られる、という言い方は好ましくありませんよ。どうか、ご自身にも選択権が本来なら存在するということを忘れないようにしてください。

 いつか、アレットさんが好きな人を見つけたら、僕はその恋路を祝福しますから」


「あーもう! だから、どうしてそうやって、いつもいつもバカ正直で、まるで聖人か何かみたいな……先生そういうところですからねッ!? 大体、だったら、なおさら、わたしはっ……先生を……――」


「失礼、最後のほうが聞き取れませんでした」


「な~ん~で~も~な~い~で~すぅ~!」


 ヘソを曲げないで欲しい。

 ……しょうがないな。

 君が俺に抱いた感情を“恋”というものにしたいなら、俺はなるべく呪いにならないもので応えたい。


「店員さん、これと、これも下さい」


「お買い上げありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」


 小さい鎖とセットで買って、外に出る。

 アレットは相変わらずむくれている。


「何を買ったんですか。今更ご機嫌取りしたって無駄ですからね」


 ……ヘソを曲げないで欲しい。


「これを」


 細いチェーンに指輪を通した、いわゆるネックレスというやつだ。


「――! えっ、これって」


「あと3年ほど……」


「?」


「あと3年ほど、待ってはくれませんか? 僕も一緒に待ちますから。その時に気が変わっても、僕はアレットさんを恨んだりはしません。単なる贈り物としてこれを売り払ってもいい。どうでしょう、嘘は検知できましたか?」


 できないだろう。だって、心の底からそう思っているのだから。

 俺は待つし、待った上でまだ好いてくれているならそれに応えるし、そうでなかったとしても応援する。


「……もう。先生、そういうところですよっ」


 アレットはまたしてもふくれっ面を作ってみせるが、今度は口元が笑っていた。

 ネックレスにかかった指輪を、夕日にかざしたり、愛おしそうに撫でたりと、その忙しない喜色満面な感情表現を見ていると、この選択は間違いではなかったと思えた。



 そろそろ屋敷に帰ろう。

 明後日には引き払って、また別の場所に向かうのだから。


「先生」


 気後れしたような声音で、アレットは呼んでくる。

 俺のローブの裾を掴む力は、いつもより弱々しい。


「……はい」


「わたしのことについて洗いざらい話したら、結婚が早まったりとかしないですよね?」


「残念ながら……」


「ですよねぇ……」


「ただ、今よりもっとアレットさんのことを信頼して、力になりたいという気持ちが強まる可能性はあります」


「……あー」


 アレットはしばらく空を見上げてそれからネックレスを指でいじりながらうつむく、というのを何度も繰り返した。

 理解や納得に、時間がかかっているのかな。


「先生を見てると、いつもね……わたしってなんて汚らしい女なんだろうって、自己嫌悪に陥るんです」


 グレンの時とは違う。

 アレットが過去にどんなことをしていたのかを、俺は知らない。

 だから、きっと俺の中でどこか他人事になってしまっている。

 けど……なんとなくは察した。


「本当に欲しいものは今までとは別にあって、それを誤魔化すために“普通の女の子”像を演じようとしている、とか」


「いやぁ~決して、そういうわけでは……――あっ」


 町外れの空き地でたくさんの女性が並んでいるのを、アレットはどこか物欲しげな視線で見つめた。

 それから手を伸ばし、ひどく打ちひしがれたような顔でその手を下ろす。


「何か気になるものがありましたか?」


「いえ……その……ちょっと懐かしかっただけです。行きましょう」


 歯を食いしばって涙をにじませた、そんな只ならぬ表情だった。


「そうですね――行きましょう」


 堪りかねた俺はアレットの手を引いて、行列に加わった。


「せせせせせ先生、本気ですか!?」


「あの手の売り物は機を逃せば二度と手に入らない筈です。諦めちゃ駄目だ!」


「だ、だだだ大正解ですけどぉおお、こ、こここ、こんなところで男気を見せなくたっていいぃぃぃじゃないですか!?」


「男気じゃなくてですね! あんな顔を見たら是が非でも買ってあげたくなるのが、情というものでしょう!」


「ひぃいええええ!!」


 でも俺は、行列の先頭付近に来るまで、自分が何を買おうとしていたのかまったく認識していなかった。

 ……なるほど、アレット。

 俺に言いたくなかった理由が、ようやく、ほんの少しだけ理解できたよ。



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