第51話:先生はちょっと限界みたいです……
この章はここまでです。
次は人物紹介を挟んで、少ししたら次章に進みたいと思います。
この大型客船“セントイゴール号”は、国防騎士団飛竜隊による牽引のおかげで、無事にフィッツモンドの港町に辿り着いた。
事態が落ち着くや否や、アレットにタックルされて押し倒されたりもした。
心配をかけたのは俺の落ち度だから、俺はアレットの拳をされるがままに受け入れた。
……縄に繋がれた行列が、桟橋をぞろぞろと歩く。
海賊達と、それから一部の暴徒化した乗客達も。フランソワーズも。
そして、マルギレオも。
使用人たちへの賃金未払いが発覚し、事情聴取のために連行されることになった。
……そこから余罪が芋づる式に出て来ることを祈ろう。
「あとは……背後関係の洗い出しがどこまで行われるか、だが……。頼むから、途中でやめるなんてことだけは勘弁してくれよ……」
そうつぶやく俺の隣で、ウスティナとピーチプレート卿がうなずく。
「ああ。そうだな」「然様ですな」
フランソワーズがあちこちの貴族に声を掛け、シージャックの計画を立案したのは事実。第二夫人に、不倫をするようそそのかしたのも。
「彼女に手を貸すという名目で、利用しようとした勢力がいるのはまず間違いありません。貴族か、それともそれ以外かまでは判りませんが……国防騎士団に、その調査もして貰う必要があります」
「冒険者ギルドでは駄目なのですかな? 騎士団がどこまでできるかは存じませぬが」
ピーチプレート卿は首をかしげる。
「意外と、なんでもやってくれますよ」
聖堂騎士団は異教徒やアンデッド絡みの問題でなければ、基本的に動けない。
その点、国防騎士団は国の存続と国民の保護が最優先のため、それを脅かすなら貴族相手でも容赦は……ちょっとだけしかしない。
ちょっとだけしかしない容赦とは、ようは彼ら自身で手をくださないという事。
「たとえばどこかしらのルートから“どこそこの某エージェント”みたいな匿名で、冒険者に依頼を出したりすることもできます。暗殺、討伐までは行かずとも、強制捜査なんてことだって。
おおごとになっている、という認識が共犯者の貴族達に与えられれば、少しは身構えて……くれることに期待しましょう。
証拠品に、魔王軍が使用していたものと酷似しているゴーレムも提出しました」
その説明に、ピーチプレート卿とウスティナが頷いた。
「おお、それならば!!」
「なるほど。斜陽貴族についたメイドでは、そのようなものを用意することすらままならないから、是非もなく捜査を進めざるを得ないのか」
「いずれにせよ、現時点でこれ以上できることは……」
「充分だろうさ。あとは参考人として招集がかかった際、それに応じるだけだ」
だといいんだけどね。
フランの言葉が、胸に刺さったまま消えない。
――『お前なんてただの、余計なことをした厄介者だ』
――『お前が、グレンの魔術の才能を開花させなければ、あんなクズの家に嫁入りすることも無かったかもしれないのに』
……余計なこと、か。
そんなつもりじゃなかったけど、相手からしたらそんなこと関係ない。
それに、俺はまだ幼いチェルトにも、背負わせてしまった。たとえ間接的だったとしても……俺のしたことに変わりはない。
見回すと、他の人達の表情もいまいち浮かない。
アレットが、グレンの腕を掴む。
「ねえ、グレンさん……」
「ん? ああ」
「フランさんの処分、少しでも軽くなるといいですよね」
「そうだな……なんつったって、オレの相棒だからな……」
グレンはそう言って、寂しげに微笑む。
やっぱり、昔……俺がグレンに教えなければ良かったのかな。
俺は再び、街の内陸側を眺める。
――バシンッ
「背中痛ッた!?」
「オメーまさかフランの言ったこと、気にしてるんじゃねぇだろうな?」
「そりゃあ……俺が首を突っ込んだ結果としてそうなったわけだし……」
「ルクレシウス。お前が責任を感じることなんざ、これっぽっちもないね」
「でも、チェルトさんが生まれた理由だって……」
「それも、お前のせいなんかじゃない」
「……」
「悪いのは、オレを加工しなきゃ嫁に迎えようともしなかったクソ旦那のマルギレオと、あいつをそんなふうに育てちまった親と、この世間様だ……それと、抗えなかったフランもオレ自身も悪い」
「……」
「されたことを言い訳に、何をしてもいいと思う馬鹿も悪い!」
「……」
「いいか、ルクレシウス!」
グレンの両手が、俺の両肩を掴む。
「いいか、ルクレシウス……人が、たったひとり手を差し伸べられる範囲なんて、たかが知れているんだ。だから背負い込みすぎるな。オレは、オレのできることをやる。オレの背負える分はオレが背負う」
「……でも、きみだって被害者だ」
「それでも。オレがそうしたいと思ったんだ」
「――……ッ」
そうだよな……俺は、勝手にグレンを悲劇のヒロインとして見てしまっていた。
けれど……そうじゃない。ちゃんと戦えるんだ。
「ルクレシウスおにーさん、アレットおねーさん、それにメル……いや、グレン」
……チェルト。
「チェルトは、おりこうさんだから、だいじょうぶだから。むりなんてしてないの。ほんとだよ」
「……」
「だから、おにーさん、泣かないで」
子供であるチェルトより先に、俺が泣いちまうなんて……。
これじゃあ、不安がらせちまう。
……せめて、なにか喋らないと。
「いくつか、約束してください」
「うん」
「チェルトさんは、きっと僕達が思うよりずっと強い。けれど、他の人がそうであるとは限らない。だから、もしも他の人が苦しそうにしていたら、あの時フランの頭を撫でてあげたように……その苦しみに寄り添ってあげて下さい。それと……」
「……うん」
「チェルトさん自身が少しでもつらいと感じたら、遠慮なく教えて下さい。なんでなのかは、わかりますか?」
「う~ん……う~ん……わかんない! なんで?」
なんか、わざとらしいな……もしかして、俺を立てようとしてくれているのか?
そんなことしなくていいんだよ……。
でも、チェルトは促すような眼差しを俺に向けたまま何も言わない。
俺は結局、根負けした。
「僕は知っている。そしてあなたも知っているよね。自分の痛みから目をそらし続けたら、どうなってしまうかを」
「あー! そういうことか! うん! わかった!」
よし……いい子だ。
「おにーさんは……きっと、だいじょうぶだね! ともだちがいるもん!」
「……――ッ!」
「あ、それとも、コイビト?」
チェルトはけらけらと笑いながら、アレットを手で指し示した。
お鉢が回ってきたアレットは、顔を真赤にしながら俺に視線をよこしてくる。
「も、ももも、もう、恋人ってことでいいですかね!? 先生!?」
「そんなにせわしなく手を動かさなくたって良いのでは?」
「なんでわたしだけアタフタしなきゃいけないんですか! 先生の鈍感!」
「んぐっいたたたたた、苦しい! やめてください、死んでしまいます!」
「やだ! 死なせませんから……わたしと結婚しておじいちゃんおばあちゃんになって、寿命になるまで死なせませんから!!」
それじゃあ、まるっきりプロポーズじゃないか!!
「「「おー」」」
いやあのね! 「おー」じゃないよ!!
「……それに、ほんをよんでくれたもん」
そう言ってチェルトは黒焦げになった本――“静寂の騎士”を、鞄から取り出した。
ページも何枚かを残して、もう読めたものではなくなってしまった。
アレットがそれを見た時、苦しげな顔をしていた。黒焦げの本にはトラウマがあるのかもしれない。
それでも、船の中でマルギレオがこれを捨てさせようとした時、アレットがすごい形相で「あなたには捨てさせない。何があっても、いつか、この本は直しますので! いいですね!」なんて語気を荒げたっけな……。
静寂の騎士という一冊の本は、今回の事件を象徴するかのようだった。
起こってしまった出来事は変えられないし、やってしまった悪いことには落とし前をつけなきゃいけない。
俺の目の届かないところであったとしても、不幸な出来事はいつだって容赦なくやってくる。
けど、これからどうするかを諦めちゃいけない。
少しでも、前に進まないと。
俺は一人じゃないのだから。