第50話:先生を取り巻く現実
船に戻った俺達を待ち受けていたのは。
「いたぞ! 魔女だ!」
チェルトの無事を祝う声なんかじゃなかった。
国防騎士団の「落ち着いてください! 当局が然るべき機関に引き渡します!」という静止を振り切った乗客達が、指をさしてくる。
「ウソつけ! そのクソアマは国に媚を売って匿ってもらうつもりだ!」
とてもじゃないが、理性的とは言えない。
「そいつは俺達とお前達をハメた悪女だ! 売女だ!」
「そうだ! 海賊に指示を出し、俺達をこんな孤島に飛ばしたりして! 奴は魔女だ!」
「お仕置きが必要だなぁ! 犯せ、犯せ、犯せ!!」
「犯せ!!」「犯せ!!」「犯せ!!」「犯せ!!」「犯せ!!」「犯せ!!」「犯せ!!」
……なるほど、計画を立案したのはフランソワーズだから、黒幕だと。
悪いやつだから、何をしてもいいとでも。
「やめろよ……」
近くに子供もいるのに!
みんなで、よってたかって「犯せ」「犯せ」と!
そんなものが罰になると思うのか!
「火炙りにしろ!!」「石打ちにしてやれ!!」「引き回してやる!!」
「酸だ!! 整形顔の魔女め、作り物の顔をドロドロにしてやる!!」
「落ち着いてください! く……鎮圧するしかないのか!? 各員、代表者を探せ!」
「無理です! 押さえつけるので精一杯――わァ!?」
騎士団を押し倒して殺到する暴徒たち。
彼らには“悪を倒す”という大義名分があるようだけど……そんなものがまかり通ってたまるか。
「グレン、フランさんを!」「おう! こっちだ!」「えッ」
グレンがフランの手を引き、奥へと進んでいく。
「あっちに逃げたぞ!!」「待てええええ!!」「その女を庇うつもりか!」「さてはグルだったんだな!!」
* * *
なんとか撒いた、かな……?
「ふう……助かった」
この近辺は物置きになっていて、ただでさえ乱雑に積まれた荷物は先程の海賊騒ぎやクラーケン襲撃の揺れのせいなのか、ひっくり返したような散らかりようだ。
「グレン、ごめんなさい……私のせいで、迷惑をかけてしまった」
「気にすんなよ……オレだって、さんざん迷惑かけてきただろ。これで助けてチャラにしてくれよ」
なんて、談笑するふたりだが……。
「はァー昔のオストラクル夫人てば、こんなにイケメンだったなんて、そりゃあフランソワーズさんもベタ惚れッスわ……」
なんて聞き覚えのない声が積荷の陰から聞こえてきたものだから、総毛立った。
俺は咄嗟に、近くで転がっていた棒状の金属を引っ掴んで構えた。
「――誰だ!?」
くそ、完全に油断していた。
もしも居場所なんて知らされたら、一巻の終わりだ!
「あ~! わ~!? こ、殺さないで!? アタシゃ怪しいもんじゃねぇッス! 単なる、シャノン・フランジェリクの姐御の恋人ってだけで! あれ!? 女の子同士ってやっぱり駄目!?」
出てきた少女は、ジタバタワタワタと両手を振る。
ふたつおさげの長い黒髪が、そのたびに揺れる。
「なあ、どうする? ルクレシウス。こいつどう見ても怪しいぜ」
「んみみみみみみみ見て下さいよ、このギルドカード!!」
リサ・アルバ……冒険者ランクDに斥候レベルDね……。
シャノン・フランジェリクの恋人という話も、おそらく本当だ。
世間では同性愛に対する偏見が非常に強いから、初対面の相手にカミングアウトしたら大抵はその時点で異様なものみたいに見られる。
「なるほどね……グレン。彼女が敵であれば、この数秒で手を打っていない時点で俺達は手遅れだよ……どっこいしょっと」
簡易的に机と椅子を用意して、みんなに座るよう促す。取り調べの真似事だ。
俺とグレンが、入り口側。フランとリサは、奥側に座ってもらう。
「万一、あなたが誰かの間者だったら……その時は覚悟して頂きます」
リサに視線をやると、ビクリと身じろぎした。
いや、そんなに怖がらせるつもりは無かったんだけど……。
「姐御から話は聞いてるッスけど……マジでおっかねぇッスよぉ!!」
「それより、フランさんがグレンにベタ惚れと言っていましたが、どこでそんな情報を?」
「生中継で音声が船内に流れていたッスよ」
「なんだって!? なるほど、だから俺達しか知らないはずのことを、乗客達が……うーん……遠隔通話装置か……?」
だけど、一体、どっちだ……? ゴーレム? それとも、チェルトのほう?
俺の肩にグレンの手が置かれる。
「どうしたルクレシウス? なにか思い当たるフシがあるのかよ?」
「ああ……もしかしたら、近接反応型か、遠隔操作型かの目星は付けられるかもしれない」
俺はリサに向き直る。
「リサさん、最後に聞こえてきた言葉の内容は覚えていますか?」
「えっと……確か“どうして死なせてくれないのか”的なことを叫んでいる声で最後だったかな……」
なるほど。となると、チェルトがフランを許したことも知らないわけだ。
「いきなり聞こえてきたのですか? それと、映像はありましたか?」
「うーん……ゴリゴリって音が最初に聞こえてきたッス。映像は無かったッス」
たぶん、魔道具を接続した音だな。ふむ……。
「聞こえてきたのは、国防騎士団の飛竜隊がここに来てからですか?」
「来て、みんなが保護されてからッスね……で、それぞれの部屋に戻される頃合いだったッス」
「なるほど……」
特定の条件で作動し、なおかつ録音と再生のタイミングを任意で調整可能なタイプ……か。
かなり複雑な術式が必要になる筈だから、そこの線で洗えば本当の黒幕が判明するかもしれない。
あとは……。
「フランさん。僕に秘密を打ち明けたのは、あなた自身の意思ですか? それとも、誰かの提案?」
「……私が打ち明けたのは、私自身が決めた事だよ。あそこで……お前を殺して私も死ぬつもりだったからね」
物騒な……。
「いや、せめてあなたは生きてくださいよ。そんな場合でも」
「嫌だね。でもグレンの頼みなら、生きるよ……犯されて、罰の償いをして……――」
――バチンッ
言いかけたフランの頬を、グレンが平手打ちする。
「頭を冷やしやがれ!」
「そうです。奴らは大義名分にかこつけて弱い者いじめがしたいだけで――」
――バンッ
扉が蹴破られ、乗客達が押し合いながら殺到してくる。
「いたぞ!! 貴様ら密室で一体、何を……?」
おい、意気揚々と飛び込んできたくせに首を傾げるんじゃない。
まったく……今、説明してやる。
「取り調べですよ。皆さんが冷静さを失って騒ぎ立てるので」
……どうせ、信じていらっしゃらないな。
「そんな事を言って、お前もその女とグルなんだろう!!」
「捕まえろ!」「殺せ!!」
……誰か、このケダモノどもを隔離してくれないかな。
みんなして短絡的なことを叫んでばかりで、建設的な内容が一切聞こえてこない。
国防騎士団は暴徒の鎮圧で精一杯か……。
確か、国防騎士団は、民間人に負傷者を出すのは御法度だったよな。
む。天井からパラパラと木屑が……?
天井の板をぶち破って――
「――ふんっ」
ダイナミックな着地を決めたのは、ウスティナだ!
今回は別行動ばかりだったなぁ……パワーバランス的に、防衛側に強い人を配置したほうがいいから仕方ないとはいえ……。
「すまん。遅くなった」
そう言ってウスティナは大剣を肩に担ぐ。
「とんでもない。ベストタイミングですよ」
「なら良かった……さて。乗客の諸君にはお引取り願おうか。貴公らに危害を加えるのは本意ではないが、真実を明らかにする前に――」
「――黙れ、ダークエルフの分際で!!」
ガシャンッ
ウスティナの顔に、瓶が投げつけられる……かなり勢いをつけて。
仁王立ちしていたウスティナは微動だにしない。
ただ、大剣の切っ先を床にガキンッと叩きつけた。
「ほう。不思議なものだ。海賊相手に縮こまるだけだった貴公らが、女にはこうも強気に出られるとは。判断が甘いぞ」
「ひっ……」
「まあ、良かろう。二度とできないよう教育してやる。安心しろ、騎士団連中は私の暴力行為について不問に処してくれるそうだぞ」
……ああ。
国防騎士団からのお墨付きがあるなら、仕方がないね。
「「「「「ぎゃああああああああああああ!!!」」」」」
この場にチェルトがいなくて良かった。
荒くれ者のグレンですら目を覆うような惨状が繰り広げられた。人ってあんな簡単に壁から反対側の壁まで吹き飛ぶもんなんだなぁ……。