第49話:先生と決着
フランソワーズの乗るゴーレムの巨大な両手が、俺の全身を締め上げていく。
「お別れだ、ルクレシウス・バロウズ。最後に聞いてくれてありがとう。これでもう、未練は何も無い」
「くッ……」
付与術での防御にだって、限界というものはある。早く起死回生の一手を打たねば、このまま為す術もなく圧し潰されるだろう。
とはいえ、俺も無策でこうして耐えているわけじゃない。
マジックミサイルは魔力量次第で手軽に高い威力を出せる一方、音と光は大きく、また魔力回路を持つ人達が「あ、撃ったな」とわかってしまうくらい、その付近では肌がヒリヒリする。
つまり……。
「――豪炎……肘鉄!!」
グレンの肘鉄が炎を纏って、ゴーレムのボディを揺るがした。
流石に一発ではさほど効果は見られないものの、フランは気づいたようだった。
「オレのダチ公を、よりにもよってアンタが傷つけるっていうのか……フラン!!」
グレンの怒声が轟く。ゴーレムを操縦していたフランは、明らかに狼狽している。
ここまでのやり取りで、もしかしたらという疑念はあった。
グレンが正気を取り戻す前に、島に向かったのでは。
……それが確信に変わった。
「どうして……グレン……」
フランは口を何度もパクパクと動かし、驚愕に見開かれた両目の視線はあちこちにさまよっていた。
「今更……なんで元に戻ってしまったのですか……どうして、もっと早くに戻れなかったのですか!! 私では、力不足だったのですね!?」
「違う! フランが今まで、ずっと支えてくれていたからオレは、あれ以上ひどくならずに済んだ!」
「グレン……」
「もういい。もう、いいんだ……」
「う、うぅ……いや、だ……許されるわけには、私は許されてはならない……!!」
俺が動けない間にも、フランはエプロンの裏側から短剣を取り出し、自らの喉に突き立てようと――
「させない!」
対象をフランソワーズの全身に設定……
――“障壁付与”!
――“反射付与”!
「えッ……」
――キンッ、カラララララッ……
フランが自らの喉に突き立てようとした短剣は、弾かれて地面に転がった。
ゴーレムから転がり落ちた短剣がグレンの手のひらの上に収まる。
「なッ、なぜッ……!? ちゃんと研いだのに……!」
「ルクレシウスは創意工夫がヤバいって知ってただろ」
「うああああ!」
圧倒的語彙力不足!! もうちょっとマシな説明の仕方は無かったのかな……。
まぁ、気が動転している間に、ゴーレムの両手から抜け出させてもらったから、今度はこっちの番だ。
「悪いが、チェックメイトだ。俺とグレンにとって大切な人に、これ以上の罪を重ねさせるわけにはいかない!」
俺は、グレンに目配せで合図し、フランをゴーレムの上から突き落とす。
「嫌だ、嫌だあああ! どうして!? どうして死なせてくれないの!?」
「オレが悲しいからだよ」
グレンはフランを、お姫様抱っこでキャッチ。
よし、この隙にチェルトの縄もほどいて解放っと。
「よしよし、怖かったでしょう」
「そんなことないよ、お兄ちゃん。フランのところに連れてって」
「……ッ! 強いな、きみは……」
「でしょ~? チェルトは強いんだよ。えへへ。えっとね、フランの頭の近く。大丈夫、殴ったりしないから」
ご希望の通り、降ろしてあげてフランの近くに。とはいえ警戒は解かない。
なにせ、チェルトのほうからフランに危害を加えるつもりは無いとしても、逆はあるかもしれないのだ。
「……チェルトが力になれなくてごめんね」
驚いたことに、チェルトはフランの頭を撫でた。
「しってたよ。フラン、やさしいひとだもんね。ほんとはチェルトになにもしないの、しってたよ」
「うああああ!! ごめんなさい、ごめんなさい……私は……あああ……ッ!!」
ついにフランは地面にへたり込んで泣きじゃくり、完全に戦意を喪失したようだった。
海賊の討伐は、たぶんこれで完了だ。
遠くの空から、翼の生えた黒い影が幾つもやってくる。
さすがは国防騎士団の飛竜隊……書状を出してからの到着が早い。
或いは彼らなら、オシャカになったあの船も牽引してくれるのだろうか?
「大丈夫ですか!?」
「何とか。回復の魔術をいただけると助かります」
正直、潰されないよう必死に耐えていたから、俺の魔力はすっからかんだ。
ましてや付与術による回復は時間がかかる。それよりかは、国防騎士団の世話になったほうがいい。
「ご苦労さまでした。どうやら我々の出る幕は無かったようですね」
騎士団飛竜隊のリーダーがバイザーを上げて一礼する。
(そういや……こういうシチュエーションで、ミゼール・ギャベラーは騎士団に高圧的な言動をとっていたっけな)
「助かりました。船への案内は必要ですか?」
「そちらには別働隊を待機させています」
「それなら良かった……」
俺達の船旅に、終止符が打たれた。
……そんな気がしていたのに。あいつらと来たら……!