表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/141

幕間:誰が為の両手

 今回はグレン視点です。


 私は彼女らと一緒に走って、走って、そうして走りながら、自らの両手を見た。


 海賊を投げ飛ばした時。

 私は一体、何を考えたの?


 ずいぶん昔から、胸の奥底に鎮座していたのかもしれない感情でした。

 怒りの原因に自ら手を下した時の、あの感情には、確かに名前があった筈でした。



 思い出せなくなってしまったの。

 喉の先まで出かかっているのに。




 目的地に辿り着く頃には既に、海賊達は部屋に火を放っていました。

 炎に囲まれて、旦那様は家族を背に守っていました。


「刺し違えてでも貴様らは追い払ってやる! 私はオストラクル家の当主だ!」


 旦那様の太刀筋はウスティナさんと比べるまでもなく、典型的な“型にはまった護身術”止まりのぬるい(・・・)もの。

 荒事の場数を踏んだ海賊達からすれば、屁でもないでしょう。



 それでも、ウスティナさんが十把一絡げに撃退して下さったお陰で、幾らか余裕ができました。

 あたりを見回す。



 フランは、いないのね……。

 船に乗ってからは、皆さんの仕事の管理で忙しいものね。


 そうなると、家の事は私がやらないといけませんから……仕方のない事なのよ。

 そうよ、メルグレーネ。納得して。



「メルグレーネ! 何故ここにいる!?」


「助っ人を連れてまいりました」


「要らぬ!! 当家だけで片付けねば、オストラクル家の名折れだ!!」


 ああ……また、私は過ちを犯してしまったのですね……。

 けれど、アレットさんが私の前に立ちました。


「言っとる場合ですかっ! んなメンツは船の外にでも投げ捨てて下さいよ!」


「失せろ!! さあ、メルグレーネ。後ろに隠れていろ。私が守りきってやる」


 言われるままに、私は旦那様の後ろへと、他の家族の縮こまる場所へと……。

 これでいいの。これで、いいのよ……たとえこの選択の結果、私が死んだとしても、きっとそれも運命。


 そっと、荷物の上に腰掛ける。


「助っ人ね……やっとあなたを許せる気がするわ」と、シルヴェストラ現第一夫人様。

 まだ赤子のクロムゼルサお坊ちゃまも、無事ね……。


「父上……おお、父上……」と、義父様。旦那様の背に、亡きお祖父様の面影を追っているのでしょうか?


「メル、なんで来ちゃったの!?」と、チェルト。

 この子は時々、妙に大人びた事を言うけれど、背伸びだという事くらい解るわ。

 だってこの子の、本を抱える手は、こんなにも手が震えているもの。


「大丈夫ですよ、大丈夫……私達は、助かるわ……」


 ゆっくりと伝えて、言い聞かせる。



「アレット、まずいことになった。クラーケンの触手だ。奴らを処理せねば、もろとも潰されるぞ」


「ああもう! グレンさん、そっち大丈夫ですか!」


「……」


 答えられると思う? 無理よ。



「グレンさん!? 返事は……ええい、今からそっち行きます!! ウスティナさん、ちょっとの間ひとりで頼みます!」


「心得た」




 ……。

 ああ……駄目よ、メルグレーネ。

 今、あなたは何を考えてしまったのですか?

 最愛の旦那様の敗北する姿を、思い浮かべてはいませんでしたか?


 たとえ第一夫人としての座を降ろされたとしても、御恩に対する奉公の責務はたくさん残っているのよ。


 この御方があなたにどれだけのお金をかけたか、解っていて?

 私ひとりの稼ぎでは、きっと一生かけても返しきれない程の額にのぼる筈よ。


 それでも、それでも……。



 ――カラン、カララン


 旦那様は剣を取り落とし、追い詰められようとしていました。



「ボスからはメルグレーネさえ確保すりゃあいいと聞いた。他は皆殺し、なぶり殺しにしても構わんと」


「……ッ」


「さあ、大人しくしとけよ」


「グレンさん、早く逃げてッ!!」


 ああ、アレットさん。

 チェルトと、その忌々しい本を抱えたあなたは立派です。



 けれど、もう、抑えられそうに、無い。


 私は、わた、し、は……オレは……――




 ――オレは、抗いたいんだ。



 旦那様――マルギレオを殺そうとしている海賊に、距離を詰める。

 ヤツの顔面目掛けて火球を放り投げ、ブチ当てた。


「ぎゃあ!?」


 怯んだそいつを、オレは殴る。何度も、何度でも殴り飛ばす。


 転がったカットラスを、水平に回転を加えて放り投げりゃあ、他の海賊の腹に刺さった。


「メル……グレーネ……?」



「うーし、暖まってきた。準備完了だ。かかってきやがれ、ウスノロ共」


「うっ……」「なんだ、こいつ……いきなり、人が変わったみたいに」

「気をつけろ! 絶対に殺すなよ!」「無茶抜かせ! 魔術が仕えるなんて聞いてねえぞ!」


 そうだよな、オレがメルグレーネだから、お前らは手出しができない。

 もっと単純に考えりゃ良かった。オレをキズモノにしたら困る奴がいるって事に、気付くべきだった。



「おとなしくしていろと言ったのに、余計な真似を! 噂が広まればタダでは済まされんのだぞ!!」


「テメエだけで片付かないなら、手は幾らでも借りてくるべきだ。じゃなきゃ結局、あちこちおかしくなる」


「口答えするのか!? 貴様、自分を何だと心得ているつもりだ!?」


「お前の家族だ」


 顔面を殴って黙らせた。

 ついでに、剣はオレが拝借する。



「遊んでやるぜェ、お客さん!!」


 ……ははは。

 はははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!


「おらァ!!」 ボコッ 「ち、ちくしょう!」


「失せなァ!!」 ゴッ 「やめッ、ぐえッ」


「家族に手ェ出す奴ァ――地獄に落としてやらァ!!」 ヌッ 「あぁあああォ!!」




 やっと思い出した。


 ……そうさ、オレはこの感情が欲しくて殴り続けてきたんじゃないか。

 敵を自分で倒せるぞ、逃げなくていいんだ、立ち向かったっていいんだ……そんな安堵が、オレは欲しかったんだ。



 皆さまの応援が作者の励みになります。

 感想、ツッコミ、心よりお待ちしております。


 たくさん感想が増えても必ずお返事いたします。

 よろしくお願い申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ