第44話:先生はシージャックに巻き込まれたようです
床も壁も天井も簡単な木張りの、いかにも“従業員の居住スペース”じみた狭い通路ではあるけれど、とりあえず走れる程度の幅があるのはありがたい。
マルギレオは機関室に向かった筈だ。
航路が逸れている件について、話をつける必要があるだろうからね。
ウスティナがアレットとグレンを守ってくれる筈だから、今のところ後顧の憂いは無い。
間もなく、機関室だ。
「この扉の先です」
「応!」
――バンッ
扉を蹴破れば、どこからかやってきた海賊達と……武器を手に暴徒と化した作業員達が、こちらに気を取られているのが見えた。
何人かの他の作業員を共同でタコ殴りにしていた最中だったようだから、この海賊達と暴徒達はグルだろう。
一瞬の隙を突いて、一気に畳み掛ける!
俺の“遅延付与”で敵の動きを封じて、ピーチプレート卿のタックルで壁に叩き付ける。
基本的には、この繰り返しだ。
ところで、マルギレオの姿が無いようだが……あいつはどこに行っちまったんだ!?
* * *
海賊達を張り倒し、最後の一人を捻り上げる。
「ぐあッ、痛ぇッ!?」
気絶は、していないね……良かった。
意識を失うと、聞き取りができないからね。
「ピーチプレート卿は、被害者の保護をお願いします。僕は、こいつの尋問を」
「応ッ!」
「ありがとうございます。よろしく!」
さて……。
「お前の目的を教えて貰おうか。組織立って行動しているのは間違いない筈だ」
「く……てめェなんかに教えてたまるかよ!! ひょろっちい魔法使いなんかがよ!!」
そうかい? じゃあ遠慮なく。
対象を決定……――
魔力量調節……――
痛覚神経系への危害対象範囲設定……――
……“痛倍付与”
ついでに。
――“耐毒付与”
「もちろん、毒を飲んで自決なんて馬鹿な真似はしないよね? やっても無駄だけど」
耳を掴んで、そっと囁く。
そして、手に力を込めて強く引いた。
「いでででででッ、な、なんだこりゃあ!?」
「お前の痛みは倍化されている。ちょっと耳をひねるだけで、千切れそうなほどの痛みに襲われる。その状態で生爪を剥がしたら、どれほどの痛みになるかは……想像したくないだろ? 言ってごらん」
「……」
だんまりか。仕方ない。
――ギリリリ。
こめかみを両手の拳で強く挟み込むと、賊はあっという間に悶え苦しんだ。
「ぐ、あっ――ひッ……い、言う! わかった! 言うから!!」
余計な手間を掛けさせるんじゃないよ。
ただでさえマルギレオの件で、イラついているというのに。
尋問して解った事は、彼らは初めから賊だったわけではなく、マルギレオに仕え続けているうちに収入が先細りしていき、辞めようにも「出て行ったら他の使用人のように訳ありだと思われて、望みの職など得られないぞ」などと脅されて身動きが取れなくなっていたという。
(予想はしていたけれど、貴族ともあろう者が脅迫と搾取とは)
それで、この船の航海に合わせて、打倒オストラクル家を掲げる対抗貴族がスパイを斡旋。
半分くらいの人員を反オストラクル同盟のスパイで固めてきた。
無人島への航海が綿密に計画され、この後で船は事故を装って大破させ、マルギレオは死亡するか、生き残ってもオストラクル家の失墜は免れ得ない、というシナリオだったらしい。
……つまり平たく言ってしまえば、この船は敵だらけという事だ。
しかし、こんなに重要な情報が末端にまで知れ渡っているのは、情報が漏れても成功するという確信でもあったのだろうか?
実行前に明るみに出たら上手くいかないだろうに、なんだか迂闊というか、素人くさいな……いや、それすらも罠なのか?
しかも、この海賊達の中にリーダーはいないようだった。
リーダー格を無力化させてチームの瓦解を図るのが戦闘の定石だと思うけど、これじゃあ埒が明かないな……。
とはいえ、当てずっぽうで動いても被害を抑えきれない。
せめて、マルギレオが次に向かった場所さえ解れば手っ取り早いが、それも解らないと来た。
……いや待てよ。
確か、こういう時に便利な付与術があったな。
流石に船がこの大きさだから、魔力の消費は馬鹿にならないが……。
それでも、愚直に駆けずり回って確認するよりはマシだ。
推進機から魔力を頂戴しながら使うとしよう。
対象を設定……範囲拡大、セントイゴール号全体の壁……――
――“透過付与”!
これによって、ほとんどの壁が透明化された。
「か、壁が透明にッッッ!!! では早速、真っ直ぐ進ん――」
――ゴツンッ
「見えない壁とは!」
「すみません。これ、実際にすり抜けられるわけじゃなくて、あくまで透けて見えるだけなんですよ」
「ふむ……それがしとしたことが、些かはしゃぎすぎていたようですな……」
ピーチプレート卿……そんな露骨にションボリしないで欲しい。
壁を透けさせるだけでも結構ヤバい代物なんだから。
気を取り直して。
これに加えて、俺は自分の眼に“望遠付与”を掛けた。
遠くを見渡して……よし、そこか!!
甲板付近の食堂、それも他の家族も一緒だ。
ここからだと結構遠いな……しかも、賊と一緒に、クラーケンまで迫ってきている。
俺が魔力切れを起こした事で、透過付与の効果が切れる。
目眩と頭痛は辛いが……、追い掛けないと。
「急ぎましょう。ウスティナさんはアレットさん達の護衛で手一杯の筈。もう時間がありません」
「承知いたしたッッッ!!! なれば、それがしがお運びいたす」
こうして俺は、小脇に抱えられた。
皆さまの応援が作者の励みになります。
感想、ツッコミ、心よりお待ちしております。
たくさん感想が増えても必ずお返事いたします。
よろしくお願い申し上げます。