第43話:先生と問題解決手段
「今何時だと思っている!? 非常識な奴め、私が寝ていたらどうするつもりだったのだ!」
マルギレオ・ウィン・オストラクルは開口一番に、そんな事を言ってきた。
彼の頭の中の辞書には“緊急事態”という単語が無いのだろうか?
グレンもといオストラクル夫人が、俺とアレットを連れて、血相変えて飛び込んだ。
という文脈から「何らかの事情があるんじゃないか」って察しがつかない辺りで、もう……ね。
「それに貴様らは何故、一緒にいる?」
こら、アレット! ステイ、ステイ!
その「コイツ殺していい?」みたいな眼差しで俺に問い掛けてくるんじゃない!
ちゃんと説明するから! ね?
これで駄目だったら、然るべき方法で報いを受けてもらおうね?
「航路が逸れて、島に向かっているようなので、ちょうど近くにいたオストラクル夫人に伝えたところ、この部屋に案内されたんです」
「あなた。これを」
グレンがマルギレオの隣に立ち、机の上で広げられていた海図を指でなぞる。
本来の航路が赤線で引かれているが、グレンはその真逆の方角に指を動かした。
「今辿っている航路は、此処です」
「何!? いや、そんな筈はない。何かの間違いだ! だいたい、お前なんかにこれが解るとでもいうのか!?」
そんな必死になって否定しなくても。
「一応、方位の観測には自信があり――」
―― ガ コ ン ッ
足元からくる大きな揺れで、俺達はよろめいた。
続いて、船全体が軋みながら傾く。
「あっ」
咄嗟にアレットをかばう事はできたが、机を挟んで向こう側のグレンにまでは手が届かなかった。
それでどうなったかというと……。
「きゃ!? あつッ……!?」
机の上のランプが転がって、よろめいたグレンの顔に勢い良くぶつかってしまった。
マルギレオは、資料を両手で胸に抱えるばかりで、グレンを守る気など一切ないらしい。
「ああああッ!!」
顔にランプのオイルが掛かって燃えている。
「グレン!! くっ、アレットさん、近くに掴まって!」
「はい!」
俺は飛び出してローブでグレンの頭を覆った。
「少し苦しいけど我慢してくれよ」
少しして、火が消えたのを確認した。
天井にも小さなシャンデリアのようなものがあるから、灯りはまだある。
グレンの右目付近の火傷がくっきりとよく見えた。
ああ……なんてことだ……目の周りまで火傷している。もしかしたら視力も下がっているかもしれない。
対象を設定……――
限定術式を適用……――
効果範囲を集中化……――
“漸復付与”!
“鎮痛付与”!
せめて、今できる事をしないと。
これに加えて、ハンカチに“水冷付与”!
患部に当てて、よく冷やす……。
「うう……」
「安全な所で休んでいて下さい。傷口をよく冷やして」
「ありがとうございます……」
軟膏があればいいんだけど、ここからじゃ医務室が遠い。
さて。
さっきからマルギレオは資料に夢中で、こっちには目もくれない。
しきりに、床に散らばった紙束をかき集めては、焦燥に満ちた眼差しでそれと睨めっこしている。
「愛妻よりも資料のほうが大切ですか? マルギレオさん」
「自分の身も守れぬ奴に、私の妻を名乗る資格など無いな。それと、私の名前を気安く呼ぶな」
「この期に及んで……! 彼女はハイヒールを履いているんだぞ! 船体が傾いて踏ん張りが利かないんだ、俺達と違って!!」
「ええい、胸ぐらを掴むな!! 今から作業員どもに伝えてくる。戻ったら貴様を海に放り出してやるからな!」
放り出されるのはお前のほうだ、マルギレオ。
絶対に引きずり下ろしてやるぞ。
引きずり下ろした後の算段も考えておかないと、他の家族が大変な目に遭うから……その辺りをよく考えないと。
「アレットさん、グレンを頼みます。医務室で軟膏をもらって下さい」
「はい。先生は、追い掛けますか?」
「いえ、前回の反省を活かし、まずはウスティナさんとピーチプレート卿に声を掛けてきます」
「わかりました! グレンさんはわたしにお任せ下さい!」
頼もしいね。実際、アレットは変な気を起こすタイプじゃないし、なんというか安心できる。
あとは、手強い敵が狙いにさえ来なけりゃ大丈夫だけど……早く戻るに越したことはないな。
かくかくしかじか。
事情をふたりに伝えれば、一瞬で把握してくれた。
「心得た。アレットとグレンは私に任せろ。貴公はピーチプレート卿と共にマルギレオを追う、というのは如何かな」
「それで行きましょう。ピーチプレート卿の意見は、どうですか?」
「同意にございますぞッッッ!!! ルクレシウス殿は、それがしがお守りいたすッッッ!!!」
よし、そうと決まれば行動開始だ!




