第42話:先生がショックから立ち直るまで
グレンは、それきり空を眺めたまま黙り込んでしまった。
既に涙を流す気力すら無いのか、眼差しはひどく虚ろで、投げやりだった。
むしろ、俺のほうが涙で頬がずぶ濡れになっていた。
その壮絶すぎる過去を聞いて何も言えなかった。
どう声を掛けても、きっと嘘くさくなってしまうだろうから。
だからせめて、両手でグレンの細く小さい手を握った。
俺は気が付けば、力が抜けて、両膝立ちになっていた。
この世界は、何度君を死に至らしめれば、君への殺害を止めるのだろう?
もう取り返しの付かないところまで砕けてしまったかもしれないというのに!!
「ああ、そのように泣いてしまわれるなんて。私にはもったいない。どうか泣かないで……話すべきではなかったかしら」
「……いや、よく話してくれた。俺が恨んでいるのは、君をそんな目に遭わせた全てだ」
君と再会してから二度も泣くなんて思ってもみなかったけれど、それでも。
俺は、君の痛みから目を背けたくないんだ。他の人達と同じように、向き合いたいんだ。
「……あら?」
ふと、グレンが何かに気付く。
グレンは鞄から取り出した方位磁石と、遠くの島を見比べた。
「……島が、あんなに近くに? どうしてかしら。西に向かう筈なのに、真逆に進んでいるような……」
なんて、首を傾げている。
俺は背筋が凍った。
何かとんでもなく不味いことが起きているんじゃないかと、そんな嫌な予感で血の気が引いたのだ。
「――……この場合、機関室ですか? それとも、操舵室?」
「オールで漕ぐのと変わらないので、操舵室はありません。機関室は、こちらです」
やっぱり、自傷行為は精神の安定を図る際に使われるのかな。
ずいぶんと落ち着いているように見える。
ふいに空を見上げると、今にも雨が降りそうだった。
自然と足が早まる。
けれど、アレットの手はしっかりと握った。
何かの拍子にはぐれてしまうといけないから。
ウスティナとピーチプレート卿は……この後に伝えよう。
* * *
機関室では、40人ほどの作業員達が一心不乱に、左右あわせて二つの推進装置一体型動力炉に魔力を注いで動かしていた。
で、中心のお立ち台にいるリーダーが、指示書を片手に声を張り上げる。
「左舷! 魔力絞れ! 合図待て!」
「「「はい!!!」」」
こりゃあひどい。
既にグレンから話を聞いてはいたけれど、想像以上のマンパワー依存っぷりに頭を抱えたくなった。
動力炉は立派なものだったが、この動かし方はナンセンスすぎる。
メイン動力炉に予めチャージしておいて、それを推進装置に割り振るのが近年の魔導船じゃないか。
このやり方じゃあ時代にまるっきり逆行している。
確かに軽量化はされているし、チャージしないだけスタートは早くなるかもしれないが、この人数を他に割り当てたほうが、最小限のリスクで済ませられるし、人件費だって……よく見ると作業員、何割かは耳が尖っている?
エルフを格安で雇ったのか!!
魔力の心配は要らないだろうが、いや、待て……森のエルフはシティエルフに対して冷淡だ……くそ、やめろ……!
――いやいや、今はそれを考えている場合じゃないだろ、ルクレシウス!
まずは横に置いとけ!
グレンがお立ち台の螺旋階段を登って、作業リーダーに話しかける。
「あの、失礼いたします。航路が逸れているようなのですけれど……」
「そんな筈は無い! 指示書は確かに貰いましたぜ! 御夫人は、早くお休みになったらどうです!? 夜更かしはお肌の大敵ですぜ」
一見すると気遣わしげな言い回しだが、本質は『女はすっこんでろ』という意味合いだ。
俺が口を挟んで見ようかな……。
「島の反対側、西に向かう筈ですよね? 現在の進路では沖に出てしまっていますよ」
「俺が貰った指示書じゃあ、島に寄っていく方針で間違いない。部外者が口を挟むんじゃねぇ」
ぐうの音も出ないな。俺じゃあ歯が立たない……なんとか説得する方法は、見当たらないものか。
「両舷、推力最大!! 合図あるまで維持!!」
「「「はい!!」」」
このままじゃあ、
ああ、そうか!
こういう時は、マルギレオに直接訊きに行けばいいんだな……。
アレットとグレンを促して機関室から出た。
ここなら作業員にも聞かれないで済む。万一の事を考えると、そのほうが安全だ。
「ここはマルギレオ・ウィン・オストラクル御本人に訊いてみましょう。本来の航路と指示書が一致しているかは、それで判る筈」
「でも先生。流石にこんな時間ですし、寝てるんじゃないですか?」
「大丈夫。僕が叩き起こします」
……まあ、色んな感情が拳に篭もっちゃったりして、ちょっと強く叩くかもしれないけどね。
なにせ、俺も人間だから。
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