幕間:疵痕は黙して語らず・後編
今回もメルグレーネ視点です。
読むのが辛い場合は後書きまで飛ばしていただいてオーケーです。
反抗は愚か者のする事だと悟った私は今までの行いを悔い改め、淑やかに振る舞うようにしたのです。
これまで私が暴力をふるった相手には謝罪し、仲良くする事を許して頂けました。
上手く行かなかった花嫁仕事のお勉強も、嘘のようにすんなりと試験に合格できました。
素直な心は、手付きにも現れるのは、まさに。事実。
齢15を数える頃には、旦那様は私の貧相な体つきを憐れに思われたのか、錬金術師を紹介して下さいました。
そうして私は、工房で改造をして頂いたのでした。
以前の私なら、断固として拒否していたでしょう。
施術は、たったの数日間。
それだけで私は生まれ変われました。
くすんだ赤い髪は、鮮やかな桃色に。
平坦なお胸とお尻は、豊満に。
ええ。それに肌も、こんなにハリとツヤがありますのよ。
施術を終えた後に鏡を見せられた時に私は思わず、こう、呟いてしまったのです。
――『まあ。これが、私……?』
髪とお胸とお尻だけでこうも変わるものなのですね。
きっと乱暴者の“グレン”だった頃のまま育てば……きっと、背の高い、男の真似事をするだけの醜女にでもなっていたのでしょうね。
ああ、良かった!
これで私、幸せになれるのね!
月日を経て、待ちに待った結婚式。
花嫁姿の私を、両親はたくさん祝福してくれました。
私に付いてきて、一緒に施術を受けて“オストラクル夫人に相応しい使用人”の姿になったフランも、私の幸せを祈ってくれました。
旦那様も、涙ぐむ私にたくさん愛を囁いて下さいました。
……けれど、けれどね。
私、子供には恵まれなかったの。
身体が壊れていたのか、愚かな私への罰なのか。
とにかく、私は何度ベッドで旦那様を受け入れても、子供を授かる事はありませんでした。
旦那様は私を、あんなにも愛して、求めて下さったのに。
――『お前は誰よりも美しくなった』
とまで、言って下さったのに。
魔力を持った血を残すという使命も果たせないのでは、これでは私の価値なんて、何も無い。
私を送り出してくれたお父様もお母様も、私にすっかり失望した様子でした。
そうこうしているうちに、旦那様はすっかり私に愛想を尽かして、新しい奥様をお迎えになられました。
こちらの奥様は半年ほどでお子さんに恵まれ、私は精一杯の祝福をいたしました。
……ええ、そうよ。妬むのはお門違いってものでしょう、私。
これもまた、何かの試練に違いないわ。
学も力もない私が何をすればいいのか。
それはもちろん、花嫁としての仕事です。
今までの炊事洗濯だけでは足りません。
考えないといけませんね。うふふ。
分析。
傾きかけた家なのは、オストラクル家も同じのようでした。
屋敷の中では使用人の姿などほとんど見かけませんでしたし、お客様をお通しする場所を除けば、調度品のたぐいは見当たりませんでした。
執務室では毎晩のように、如何にして今年をしのぐか苦心しておいででしたものね。
で、あるならば。
私はこの栄えあるオストラクル家の第一夫人としての務めを果たさねばなりません。
……成り損ないですけれども。
――『第一夫人の座を降りろ。今日からお前は側室だ。記録はもう、書き換えてある。お前の生家に手紙をしたためろ。条件は全て、契約不履行によって破棄するとな』
ああ……。
フランは別の仕事があったから、私は私の手の届く範囲で、できることをしないと。
旦那様の年老いたお父上のお世話をするのが私の数少ない貴重なお仕事の一つ。
旦那様の夜伽も。
第二夫人様が身重なれば、持て余した情欲は誰にぶつけたら良いのか。
私が受け止めないと。
美しさを保つ為に努力しないと。
栄養のバランスを考え、適度な運動と、お肌のケア。
20半ばともなれば、お肌は下り坂とよく言いますものね。
お化粧も、限られた時間でフランと相談しあって、より良いものへと、そうよ、研鑽を積まないと。
――『化粧ばかりに時間を掛けるな! まったく、ふしだらな女だな! 他の男を誘うつもりか!?』
ああ……。
それらに加えて、奥様のご令嬢、チェルトが大きくなって、弟君のクロムゼルサを身篭られた時は、チェルトのお世話も平行で。
――『子供一人も満足に繋ぎ止めておけないのか! いや、お前が腹を痛めた子ではなかったな……』
――『メルだって、ムリしなくていいんだよ。ほんとのママじゃないんだから。ほんとのママはクロアのためにがんばってるもん』
私なりに頑張ったけど、少しも上手く行かなかった。
――『私の邪魔をしに来たならダシーク家に送り返してやろうか! とんでもない出来損ないを生んでくれた礼もしてやる!』
――『血を残せないならせめて人並みに仕事のひとつでもこなしてみたらどうだ!? 家畜以下の間抜けめが!』
――『お前の親は、お前のせいで領民に恥を晒す事になるぞ』
私の実の母親はもうあの家にいないという事を、まだ伝えられないでいます。
きっとそうすれば、いよいよ私は絞首台送りにでもされてしまうでしょうから。
食事が昔ほど美味しく感じられないけれど、これはきっと贅沢な食事に慣れてしまっただけなのよ。
もっと、もっと耐えないと。
旦那様はご多忙なのだから、家は私が支えないと。
私が殴られるのは、私の不徳の致すところですから。
――『元第一夫人様はいっつもニコニコして……子を成す責務を持たない人は、肩の荷が軽いのかしら……? あれではご当主様が可哀想だわ』
――『あなたなんて嫁に入れなきゃ良かった。息子にぬか喜びさせて……挙げ句、わざと腐った食材を使うなんて。もう台所には立たないで頂戴』
もっと、もっと耐えないと。
私は我慢が足りないから。
……だからね。ある日、私は思い付いたの。
最初に、自分に罰を与えるの。
不出来な私は痛みを受けないといけない。
罪をひとつ犯すたび、罰として百を数えながら刃で引っ掻くの。
ねえ、メルグレーネ。
あなたは何かひとつでも誇れる事ができたかしら?
そう自身に問い掛けながら。
――そうよ、私は何一つまともにできやしなかった。
自由な騎士にもなれず、親の失望を覆すこともできない。
子を成せず、側室の子守も、老人の世話も満足にできやしない。
重たいものも運べない、付け焼き刃の学も役には立たない、魔術は回路が千切れた。
役に立てる事なんて、何もなかった。
そう、私はゴミでしかなかった。
今こうして誰かに見られる事を、同情される事を……きっと何処かで期待していたけれど。
あははは。
何度も刃に映る、やつれた己の顔に問い掛けた。
何のために生まれたのだろう?
どうして、こんな事になってしまったのだろう?
私は、どうすれば良かったの?
両腕から流れる血は、私の悲しみを空に運んでくれるけど。
私の疑問を、いつもはぐらかしてしまう。
……私はただ、ただ、答えが欲しいだけなのに。
あははは。ははは。
つまりモラハラDVクソ夫と望んでもいないのに婚約させられ、身体改造されるとか自我が研修されるとかを経て「結局人生ろくなもんじゃねえ」となったので、リスカに至るのは妥当ですよね???
次回は復讐劇の始まりです。
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