第40話:先生と悪夢
前回投稿からほぼほぼ一ヶ月近く開いてしまった事をお詫び申し上げます。
やっっっっっと戻ってこれた!!!!!!!!
気が付けば俺は、真っ白な霧の中にいた。
足元は、古びた石畳。どうやってここに来たのかも定かじゃない。
暫く歩くと、赤い髪の少年が歩み寄ってきた。
……俺のよく知るグレンの姿だった。
「グレン、どうしたのですか?」
『そんな他人行儀、やめろよな』
にっこりとグレンは微笑んで、駆け足で近寄って――
――ドスっと、俺の腹に何かを突き刺した。
「うぐ、あああ……!!」
『なぁ。なんでだろうな? どうして、こうなっちまったのかな?』
グリッ、ギリリッと音を立てて、押し込まれる刃物。
石畳はみるみるうちに鮮血で赤黒く染まっていった。
「何を……して……あ、があああああ!!」
『せっかく、お前に似合う立派なレディになれたのに』
腹の痛みに動けないでいる俺の目の前で、グレンは黒いモヤモヤに包まれ、少しずつ大きくなっていく。
やがてグレンは、オストラクル夫人としての姿へと変貌を遂げた。
『どうしてそんなに悲しそうな顔をなさるの? ねぇ、あなた……? 私は教育を受けて、望んでこうなったのよ』
「ちがう……君を、そんな姿に変えた奴を、俺は……――」
『――あなたと何が違うの? ロビンズヤードで4人を調教したルクレシウス・バロウズと、私をこんな姿と心へと変えた人達……一体何が違うっていうの? 教えて。ねぇ……教えろよ、ルカ。助けたいのはオレじゃなくて、お前自身だというのに、まだテメーを誤魔化し続けるつもりか?』
グレンはあの曖昧な笑顔のまま、顔を俺の耳に近づけて、そっと囁いた。
『……もう諦めましょう? 先生?』
声が違う……? その声は、アレット……?
『ほらほらぁ、大丈夫ですかぁ~? アッハハハハハハハ!!』
グレンともアレットともつかないそれは、俺の腹に刺さった何かを、思い切り上へと押し上げた。
筋肉や内臓の繊維がブチブチと音を立てて千切れていく。
堪え難い痛みに俺は――
「――あッあああああああああああああああッ!」
起き上がり、そして。
「せんせッ――うっはぁ痛ぇええッ!?」
ゴツンという音と共に、額に鈍い痛みを感じた。
よく聞いたことのある声が聞こえたけど、気のせいだろうか?
俺は痛みの残る額を擦りながら、辺りを見回す。
光源は……丸い窓から差し込む月明かりと、あとは机の上のランタンだけ。
夜だから当然ながら薄暗いが、船の一室だ。
「……夢? ……ということは!」
ふと我に返り、声のしたほうへと向き直れば、アレットが額を押さえて屈み込んでいた。
「アレットさん! すみません、大丈夫ですか!?」
アレットは押し殺した声で「うぅ~」とも「ぐえぇ~」ともつかない呻き声を上げている。
対象を設定……――アレットの額。
“漸復付与”!
“鎮痛付与”!
「す、少しだけマシになりました……」
「すみません……しかし、何故ここに? 自分の部屋で寝ていたのでは?」
「いやいやいやいや、隣の部屋からすごい呻き声が聞こえたら駆けつけたくもなりますよね!?」
そんなに魘されていたのか、俺……。
「ご心配をお掛けしました……」
「いえいえ。無事で良かったです。ナイトメアに精神を縛り付けられたりしてたら正直お手上げでしたよ……」
「もし、縛り付けられたら……!?」
アレットは一瞬だけ意地の悪そうな笑みを浮かべると、すぐに神妙な面持ちになった。
今度は指をワキワキと動かしながら、
「夢から出られなくなってしまうんですよ~ぅ……しかもナイトメアを解呪できる治癒術を使える人は王国内でもごくわずか!」
「それは厄介ですね」
「……ちょっとは怖がって下さいよ!! 正直わたし、死ぬほどビビったんですからね!」
思い切り脅かそうとしていたくせに、今度は急に心配なんてし始める。
その様子が何とも面白くて、俺は少し笑ってしまった。
「真面目に心配したんですからね!?」
しまいには、頬を膨らませた。
なんとも可愛らしい。
けれど、ちょっと胸騒ぎがする。
悪い夢を見た日に限って、その夢に出てきた人に何かが起きていたりする。
「少し、夜風でも浴びに行きませんか? 目が冴えてしまって」
口実でしかないが、俺はそんな提案をしてみた。
意外にもアレットは乗り気で、嬉しそうに頷いた。
「夜の探検、心躍りますねっ」
気持ちはわかる。
同じ場所でも、人が活動している時とはまた違った趣を感じるものだ。
あんなに活気のあった甲板も、今は月明かりに照らされ、静寂に包まれている。
もっとも……
「デート、デート、夜歩きデートっ♪」
などと小声で口ずさんでいるアレットは、俺とは別のことを考えているようだけど。
ふと、アレットの鼻歌が止まった。
「先生……」
「はい」
アレットが口元に人差し指を立て、それから遠くを指差した。
なるほど、人影が見える。ベンチに腰掛けて何かをしているようだ。
ちょうど影になっている場所で、ここからだと何をしているのかよく解らない。
かといって、無闇に近寄るのもデリカシーを欠いている気がする……。
そんな俺の逡巡は、虚しく終わった。
「えいっきしっ! ――あっ」
アレットのくしゃみによって、人影に気付かれた。
カララランッ。
金属の転がる音が辺りに響く。
だが、人影はしばらく立ち尽くしていた。
駆け出すアレット。
「ど、どうもこんばんは……ご機嫌麗しゅう……あ、あははは……」
その声に呼ばれて出てきた人影の正体は、グレンだった。
そして、いつも付けていた筈の赤い絹のロンググローブを外して露わになった左腕には、無数の切り傷が刻まれていた。
「ああ……見て、しまわれましたのですね……」
苦々しげに放たれたその一言と、彼女の足元に転がった護身用短剣から、俺は彼女がここで何をしていたのかを全て悟った。
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