幕間:一方その頃の学院は
視点を変えて学院側です。
ルクレシウス・バロウズに懲戒処分が下されてから数日後。
王立魔術学院は新たなる問題に紛糾していた。
総勢12名の教師達が、血相を変えてざわめいている。
「生徒の脱走!? 大魔術学科の特進クラスなのにか!?」
「正確には脱走ではなく退学の届け出です。保護者も直々に迎えに来ているそうです」
「馬鹿な……宮廷魔術師の道が確約されているのだぞ……名誉ある道を、何故!」
「曰く、我が校は愛国者を侮辱した国賊であるとか」
「なんたる愚昧! 今すぐ連れ戻して、再教育が必要だ!」
「奴ほどの優秀な人材を我が校から輩出できないとは、まさしく致命的な損失だ!! 保護者ともども、考え直してもらわねば!」
「して、退学届は保留しているな!? 受理していないだろうな!?」
「ご安心下さいまし! どなたも決定の押印をしていませんわ! 委員会において過半数の同意が――」
バァンッ!!
扉が蹴破られ、皆がそれを見る。
「長々と審議する内容がそれの時点で、ボクの事を何一つ解っていないようですね……失望しましたよ」
長い銀髪が風にたなびき、青色の双眸が会議室を鋭く睥睨する。
程よく引き締まった肉体は、ノースリーブの衣服と、大きな杖を持つロンググローブによって強調されていた。
王立魔術学院の大魔術学科の特進クラス、成績ナンバー1の生徒――
「「「「「――エミール・フランジェリク!」」」」」
皆が一斉にそう呼ぶ彼こそが、学院に退学届を出した張本人である。
かつて絵を周囲に貶され塞ぎ込んでいた彼は、ルクレシウス・バロウズの懸命なケアによって立ち直った。
当時、加害者の生徒を止めるためにルクレシウスの放った言葉は今でも魂に刻まれている。
――『君に解りやすい言い方をするならば……他の生徒を虐げて学習の意欲を奪う事は、将来的な損失に繋がる。
間接的であっても、君達の故郷であるこの王国を、君達自身が危機に陥れているんだぞ!』
熱心な愛国者であるエミールにとって、その言葉が加害者へと投げかけられた事は何よりも救いだった。
周囲は“キモヲタ”などと自分をけなしてきたが、ルクレシウスは誰よりも先に必要な人材だと認めてくれた。
魔力の動かし方を指導してもらって才能が開花してからは、爆発的に成績が伸びていった。
特進クラスに進級する頃には、趣味の絵は“根暗の象徴”などではなく“国家の誇る特産品”となっていた。
そのルクレシウス・バロウズの尽力を蔑ろにした教師たちを、エミールは絶対に許さない。
「ボクが頭角を現し始めたのを見るや手のひら返して重宝したあなた達が、どうしてボクの魂の叫びに耳を傾けようとしないッ!!
偉大なるお師匠様、ルクレシウス・バロウズ様はボクをお救いになられたッ!!
あのお方は弱者を守る、男の中の男だぞ! あなた達が軽々しく追い出していい御方ではないのだ!!」
周囲の空間が光を失っていく。
引き換えに、エミールの全身に紫電がほとばしる。
バチッ……バチバチ……バチヂヂヂッ……
禍々しいスパーク音に教師たちは揃って顔を青くする。
それほどまでに、エミール・フランジェリクの雷属性魔術は高い威力を発揮するのだ。
野外演習では、3階建ての高さ程もある大岩を粉々にしてみせた。
それは、歴代の生徒達でも成し遂げられなかった快挙だった。
いつか彼は“竜殺しのエミール”と呼ばれるに至った。
「斯くなる上はッ!! 刺し違えてでもッ!! 貴様らはボクが殺すッ!!
クラリスちゃんの抱き枕を黒焦げにした恨みも上乗せして、死体蹴りしてやる!!
あのお方の全力には遠く及ばないが、ボクの一撃でも貴様らは死ぬぜ……ッ!!」
「や、やめろ、早まるな! 抱き枕はいくらでも代わりを用意するから!」
「代わりなどあるものか! あれはボクの初期の作品だぞ! もう許さんぞ愚昧な大衆め――」
――ゴッ。
「はうっ!?」
だが、その制裁の一撃は振るわれることなく終わった。
背後から放たれたゲンコツによって。
「い、痛い……」
「ちょっとは落ち着きなさい」
涙目でエミールが振り返ると、そこには仁王立ちする、眼鏡を掛けた女性の姿があった。
髪と肌と目の色は、エミールとよく似ている。
二人を知らない者でも、二人が血縁関係にあるのではと予測するのはそう難しいことでもないだろう。
「シャノン姉さん!? 迎えに来るのは夕方じゃあ!?」
「虫の知らせって奴よ」
「姉さんのペットの餌が何を伝えるっていうんだ」
「さあね? トカゲの気持ちになれば解るわよ」
そして、シャノンはエミールの後頭部を鷲掴みし、無理やりお辞儀させた。
「失礼いたしました。退学届は弟が勝手に出したものです。棄却していただきますようお願い申し上げます」
そして、シャノンはエミールの手を引き、会議室から離れた廊下へと連れ出した。
いかに竜殺しと言われようと、実の姉にはかなわない。
「……エミール。義憤に駆られるのは結構だけど、先生の言葉を曲解しちゃ駄目よ。
やられたらやり返すにしても、あの人達は物理的に先生を痛めつけたわけじゃない。法には法で立ち向かうべきだわ」
「けれど!」
食い下がるエミールに、シャノンは人差し指を振る。
「バロウズ先生はあんたを自殺から救ってくれた。そして、私をも救ってくれた。
だから私は先生への恩返しをしたい。私が先生を追い掛けて、都度確認する。
あんたとはこれまで通り、使い魔の召喚を通じて文通するわ。多重契約は便利よね。片道に半日も掛からない」
「でも、どうやるんだよ」
「手始めに、降誕祭の出し物を滅茶苦茶にしてやるわ。手紙によれば確か、あなたが主役に選ばれたのよね?」
そう問いかけるシャノンは、実に良い笑顔を浮かべていた。
皆さまの応援が作者の励みになります。
感想、ツッコミ、心よりお待ちしております。
たくさん感想が増えても必ずお返事いたします。
よろしくお願い申し上げます。