第39話:先生、大型客船に乗ります
今回はちょっとした準備回となります。
俺の願いを聞き入れてくれたオストラクル夫人――もといグレンは、船の方角へと案内してくれている。
あくまでも俺達が護衛に付いているという体だ。
もちろん俺とアレットは普段着に着替えたし、荷物も持っている。
「むうう、それにしても、まったく遺憾ですぞッッッ!!! 貴婦人を置き去りにするとは、父親の風上にも置けぬ輩ッッッ!!!」
憤慨するピーチプレート卿を、ウスティナが胸当てに平手打ちをして諌める。
「声がでかいぞ。草の者が何処かで聞き耳を立てているかも解らん」
「は、し、失敬いたしたッッッ!!!」
「クククッ……それに、奴らの杜撰さで、相談の時間が出来たのだ。悪いことばかりでもないさ。尤も、奴らが真っ当な家庭であったならば、それに越したことは無かったがな」
「然様! ルクレシウス殿も、オストラクル夫人も、悲しすぎるではないか……それがし、兜越しでは涙も拭えぬッッッ!!!」
「私の代わりに思う存分泣いてくれ。しかし、因果なものだな」
共感してくれた味方が3人もいる。
その事実が、何よりも心強い。
けれど油断は禁物だ。
グレンの言う“船”とは、オストラクル家の保有する大型船で、名前を“セントイゴール号”と言うらしい。
いわく、新開発の船で、設計図を売り込むためのデモンストレーションの最中だとか。
それだけの財力の持ち主であれば、真っ正面から事を構えるよりは搦め手が得策だろう。
まずは内情を把握しておくために、接触する。
「あちらです」
グレンが指し示したのは、想像よりもずっと大きな木造の帆船だった。
端から端まで1キロメートルほどはあるだろう。
大きすぎて、この漁村に停泊するために、わざわざ桟橋が追加で仮設される程だ。
「そういえば、この漁港には何をしに来てたんですか?」
アレットは首をかしげる。
「食料の補充などをしていたのです。新鮮な食材を確保して、お客さまをもてなす必要がございますので」
まるでホームパーティーだな。
「なるほど~……保存食じゃなくて、新鮮な食材ですか。冷やして保存はしないんですか?」
「ひとつひとつの港に立ち寄るまで2~3日程度ですので、おそらく冷やす必要が無いのではないかと思います――それでは、お上がりになって」
促されるままに、俺達は船に乗る。
客の数はそれなりに多いが、誰も彼も身なりの綺麗な者達ばかりだ。
「――心配したぞ、メルグレーネ」
「あなたさま……」
雑踏から、夫の登場だ。グレンの表情がみるみるうちに翳る。
そんなこともお構いなしに、夫はグレンの腕を引っ張った。
「来い」
「あ……」
「ああ、君達には迷惑をかけたな。大方、こいつに護衛を頼まれたのだろうが、もう大丈夫だ。仕事に戻ってくれて構わない」
奴は俺達が返事をする前に、腕を引いてそそくさと退出しようとする。
……もちろん、俺に黙って帰るという選択肢は無い。
「待ってください」
「……何か?」
「この船に興味があって、そちらの方に案内をお願いしていたのですが」
事前に打ち合わせた通りの事を言うだけだ。
「メルグレーネ……またお前は勝手な事を。チェルトは放って置くつもりか?」
「あー、コホンッ。ご令嬢については心配ご無用です。頼れる仲間のひとりが、遊び相手になりますので」
俺はアレットに微笑む。
アレットは、すぐに姿勢を正して、親指を立てて両手を掲げた。
「お、ほみゃかしぇくだしゃいっ!!」
派手に噛んだのは、いつになく緊張しているせいかな?
「……ふむ。子供の相手には都合が良いだろう。だが素性が明らかでない事にはなあ?」
自己紹介しろって?
わかったよ。
「僕は、ルクレシウス・バロウズです。王立魔術学院の教師でしたが、故あって冒険者を」
「わたしは、アレットといいます。ご覧の通り巡礼者です」
すっごい強調したな……。
「ウスティナだ。ボロ布でも纏ってくるべきだったかな。本人かどうかを疑われるのは、そろそろ飽きてきた」
ウスティナは冒険者ギルドのカードをつまんで振りながら、半笑いだ。
「それがしはッッッ!!! ピーチプレートと申すッッッ!!!」
ピーチプレート卿の声量が桁違いなせいか、周囲の視線がこちらに集中した。
いいぞ、ナイスだ! このまま視線を俺達に釘付けにさせて、雰囲気作って断りづらくさせてやる……!!
ちなみに、あまりの声量に、鎧の男は両耳を塞いで顔をしかめた。
「な、なるほど……私はマルギレオ・ウィン・オストラクル。現オストラクル家当主と言えば、学のない冒険者の君達でも理解できるか?」
「お言葉だが、貴公の祖父君とは仕事で一緒になった事がある。確かゲネフ・ウィン・オストラクルだったな」
「――ッ」
「せいぜい、祖父君の名を汚さぬ振る舞いを心がけるがいい。彼奴も草葉の陰から、気が気でないだろうさ」
マルギレオの顔が歪む。
下唇を強く噛んで、それはもう見事なくらい嫌そうな顔をしていた。
「……言われずとも、血統の価値は心得ている!」
「では、祖父君との親交に免じて、お邪魔させてもらおうか」
「ふん! 勝手にしろ!」
マルギレオはそう吐き捨てて、マントを翻して立ち去った。
途中、床に転がっていた瓶に躓いて「誰だ! こんなところに散らかしたバカはッ!!」などと、誰にともなく怒声を振り撒いていた。
「血統の価値か。クククッ……それ見たことか、ゲネフ。マルギレオは、まさしく貴公の孫だよ」
肩を震わせて意味深な事を言うウスティナ。
彼女のほうから言い出すまでは、その因縁には触れないでおこう。
「……さて、グレンさん、いや、オストラクル夫人。船内の案内と、チェルトさんとの合流をお願いできますか?」
「はい」
さて。ここからが正念場だ。
目的は2つ。
グレンにかつての力を取り戻してもらう。
オストラクル家の歪みから、その被害者を助ける。
なんとしてでも成功させるぞ……。
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