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第37話:先生と、旧友との思い出

 今回は9割くらい過去回想となります。

 全体の構想を考えていた時から、この辺りはずっと書きたいって思っていました。


 俺とグレンの出会いは、俺が10歳の頃に遡る。

 親父の仕事で立ち寄った、フィッツモンドの港町での事だった。


 その時、俺は手が空いていたから、露店への近道の裏通りを歩いていた。



「――おい、テメエ。もう一度だけチャンスをやる。フランに謝れ」


 声に驚き、見れば、赤い髪(・・・)の少年が、自分より一回りくらい大きな少年の胸ぐらを掴んでいた。

 二人の後ろには、メイドが立ち尽くしていた。



「ケッ! 誰がそんなブスに謝ってやるか! 女として見られる事を有り難く思えよ! この田舎もん!」


 掴まれた側が、メイドさんに何かしらの性的嫌がらせをしたのは間違い無さそうだ。

 そして、赤毛の少年は犯人の居直りに激昂した。


「あァ?」


「なんだよ。嫌ならこの街から出ていけよ。そんなブスのスカートめくったところで、減るもんじゃねえだろうが!」




 ――ゴッ


「テメエは」


 ――ガスッ


「100万回」


 ――ズシャッ

「ブッ殺すッ!!」


「くぅ――やりやがったな、このガキ!!」


 取っ組み合いの喧嘩が始まるまで、そう時間が掛からなかった。

 血の気の多い奴だなと内心、気が気ではなかった。


 すぐに止めるべきか、悩んだ。

 けれど、その時の俺はすぐに止められなかった。



 多分、余計な手出しをすれば、赤毛の少年は却って気を悪くするのではないかと、気後れしていたのかもしれない。



 けれども。

 ほんの少ししてから、一対一の対決という構図は崩れ去った。


「きゃあっ!?」


「――フラン!?」



 俺は気付かなかった。

 加害者の仲間らしい他の子供達がメイドを羽交い締めにしていた事に。


「テメエ! 何しやがる!!」


「あぁーん? 身内がやられているなら、どんな手を使っても助けるべきだろぉ~?」


「クソが! ちくしょう、離せコラ!」


「やーだよ!」


 これはもう介入したほうがいいだろう。

 この時点での俺の付与術エンチャントで役に立つものは、“反射リフレクター付与エンチャント”くらいのものだった。



 反射付与を終えた俺は深呼吸して、喧騒の真ん中に飛び込んだ。


「――そこまでだ! この卑怯者ども、恥を知れ!」


「なんだァ?」


 その場にいた誰もが、見知らぬ乱入者である俺に、胡乱げな視線をよこした。

 それもそうだろう。大人が騒ぎを止めに来たならともかく、同じくらいの歳の、ひ弱そうな姿の子供がやってきたなんて。


「赤毛の少年! きみに加勢する!」


「……チッ、物好きな奴だなオイ!」


 憎まれ口を叩きながらも、満更でもない顔をしていた。



 もみくちゃになりながらも、殴り返した。

 囲まれて背中を何度もレンガで打ち据えられたけど、逆に奪い返して鼻っ柱に当ててやった。



 昔の俺は、今ほど喧嘩慣れしていなかった。

 けど、親父に暴力を振るわれる毎日のおかげで、打たれ強さだけは人一倍だった。


「ちくしょう、覚えてやがれ!」


 捨て台詞を残して逃げていく悪ガキ共。

 俺はその背中に言葉をかけてやる。


「覚えてやるから、悔い改めて出直してこい!」


 今にして思えば、まったく可愛げのない言い草だ。

 けれども俺は、野卑な言葉遣い(例えば俺の親父のような)をしたくなかったから、なるべく上品そうな言葉遣いを心掛けた。



「……立てますか?」


 後ろで倒れていた赤毛の少年に手を差し伸べる。


「ハッ! ナメんじゃねぇ。オメーほどボロボロにはなっちゃいないさ!」


 手は振り払われたが、少年は笑っていた。

 少年は自力で立ち上がり、土埃を手で払う。


「だが助かったぜ。ありがとな、どこかのお節介さん」


「ルクレシウス・バロウズ。それが、僕の名前だ」


「オレは、グレン……グレン・ダシーク。そンで、こっちはメイドのフラン」


「よろしくお願いします、グレンくん。フランさん」


「“くん”はやめろよ。呼び捨てでいい。かしこまった口の利き方もナシだ。このオレが特別に許可してやるんだからな! よろしく、ダチ公!」


 握手してくれた両手は、俺の手よりずっと暖かかった。

 ――これが、グレンとの最初の出会いだった。




 それからも、折を見てはフランの買い物をふたりで護衛したり、一緒に食事をしたりしていた。

 親父が仕事仲間と酒を飲みに行っている時は、俺は基本的にフリーだった。


 フランにとっては、何かと喧嘩っ早いグレンを上手く押さえる俺の存在は有難かったらしい。

 よく声を掛けられ、グレンの喧嘩を仲裁したり、時には加勢したりした。


 でもグレンが怒って喧嘩にまで行く時は、決まって誰かの尊厳が傷付けられた時だった。


 そうでない時は、グレンはいつも快活に笑っていた。

 まぁ、口は悪かったけど。




 ある日の事だった。


「オレは不出来だから、ちっとも親に期待されちゃいないんだよ。でもな……」


 鞄から取り出したのは一冊の本。

 そのタイトルが“静寂の騎士”だった。


「だからこそオレは、こいつみたいに、自分で決めて戦うヒーローになりたいんだ。俺は学がないから読めないけどな。ハハハ……」


 自嘲するグレンの笑顔は、ほんの少しだけ寂しさが滲んでいた。

 その日からグレンは、俺に静寂の騎士を読んでほしいとせがむようになった。



 読み進めていく過程で、グレンが抱えているものをひとつだけ解決できた。

 魔術師の家に生まれつつも、魔術の使い方が解らないというのだ。


 だから俺は、魔力の流れからまずは練習してもらうよう提案した。

 10日程度で基礎ができあがって、そこらの店先の老人達の煙草に火を付けてやる程度はできるようになった。


「いいなあ、お前、オレより学が無さそうなのに、文字が読めるなんて。それに魔術まで使える」


「カネだけはあるんだよ。そっちと一緒。魔術は独学だけどね」


 そんな憎まれ口をお互いに叩きあったりして。

 でも俺たちはお互い、親の用事で立ち寄っただけの身分だ。


 この関係は長くは続かない、束の間のものでしかなかった。




「もうお別れたぁ、寂しいもんだよな。せっかく、オレでも文字が読めるようになったっていうのに」


 帰りの馬車に乗る時、グレンはフランと一緒に見送りに来てくれた。


 親父は最初「あのメイドの顔どうにかならなかったのかよ」などと心底疎ましそうにしていた。

 が、俺が「母さんを思い出します」と言うと、それきり何も言わなくなった。


「ありがとな。ルクレシウス。また、どこかで会おうぜ」


「ああ」




 * * *




「……立てますか?」


 目の前で倒れている古い友人に手を差し伸べる。


 ドレス姿だし、髪もピンク色……そんな、昔とは似ても似つかない姿へと成り果てたとしても。

 心折れて勇気を失い、押し付けられた価値観以外なにも守れなくなっていたとしても。


 俺にとって、君はグレンだ。


 君が女性であることを隠していたのは、それによって選択肢を潰されることに耐え難い苦痛を感じていたからだろ?


「ご迷惑をおかけします……」


 久しぶりに握った旧友の両手は、ひどく冷たかった。



 皆さまの応援が作者の励みになります。

 感想、ツッコミ、「DVクソ旦那殺すべし、慈悲はない」など、心よりお待ちしております。


 たくさん感想が増えても必ずお返事いたします。

 よろしくお願い申し上げます。

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