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第36話:先生は最悪の再会を遂げたようです

 今回は人妻キャラ出演回です。


  “静寂の騎士”は、王国各地で伝わっている、有名な騎士道物語だ。

 旅芸人達が舞台で演じたりもしている。


 無口な主人公は立ち寄る先々でのトラブルを、腕っぷしで解決していく。

 老人を恐喝する悪漢を懲らしめたり、家畜を狙う狼を返り討ちにしたりといったものだ。


 その無骨ながらも人情味あふれる振る舞いが人気の秘訣なのだろう。

 だが悲しいかな、とにかく良くも悪くも“男らしい”事を褒め続けている話でもある。



 これを俺は、この幼子――チェルトにせがまれ読み聞かせていた。

 読み聞かせながら、俺は冒険者ギルドの受付までチェルトを連れてきていた。誘拐を防ぐためでもある。



「――さ、今日はここまでにしましょう」


「うん! ありがとう! ルクレシウスおにーさん! アレットおねーさんも!」


「どういたしまして」


「いえいえ」


 チェルトは興味津々といった表情で辺りを見回す。

 大抵が防具に身を包んだ者達ばかりだ。

(たまに俺やアレットみたいな水着姿もちらほら見かけるが、冒険者というのはそういうものだ)


「ここ、ごほんに書かれてたサカバみたいだねっ!」


「そっくりでしょう? さあ、人助けの時間ですよ。ここで待っていれば、困っている人が、あなたを探しに来ますよ。助けてあげて下さい」


「うん!」


 子供騙しかもしれないが、家に帰す事を優先しよう。

 もしもヤバい家ならば、その時はその時だ。


 短縮術式呼び出し……対象をチェルトに設定。

 ――“反射リフレクター付与エンチャント

 ――“通知アラート付与エンチャント


 通知付与を掛けておけば、チェルトが危険な目に遭った時に俺が察知できる。



 おそらくチェルトは高貴な生まれだ。

 赤いワンピースは家紋こそ見当たらないものの、絹で作られており、そこらの家庭でこれを用意できるとは思えない。


 とあれば、勝手に離れてきたこの子を親は必死になって探している筈だ。

 既に人探しの依頼が来ているかもしれない。


 さて、その依頼を探しに――


「――チェルト!」


 探しに行く必要は、どうやら無さそうだ。

 声のするほうを見れば、ピンクのドレスで着飾った貴婦人が、チェルトに駆け寄っていた。


 ヒールでは走りづらいだろうに、ドレスの裾を持ちながら必死に走る姿は、痛ましさすら感じさせた。

 殆どつんのめるようにして、貴婦人はチェルトを抱きしめる。


 彼女が母親だろうか? にしては、チェルトの金髪と違って、この貴婦人はドレスと同じピンク色(・・・・)の髪だ。



「ああ……無事で良かったわ……あなたに何かあったら、きっと私……」


「おおげさだよ、メル!」


「大袈裟ではないわ……さあ、船に戻りましょう」


「や!! 男の子たちがスカートめくってくるんだもん!」


「それはね。チェルトが好きだから、つい意地悪しちゃったのよ。許してあげるのが、大人の女なのよ」


「チェルトはいじわるするひとキライだもん。ガマンするくらいならこどもでいいもん!」


「もう。わがまま言わないの……」


「メルだって、ムリしなくていいんだよ。ほんとのママじゃないんだから。ほんとのママはクロアのためにがんばってるもん」


「ああ、チェルト……お願いです……言うことを、うう……」


 二人の間に気まずい空気が流れている。俺は思わず、アレットと顔を見合わせた。

 そして俺は、間に入る事にした。



「失礼いたします。あなたがチェルトさんの保護者という事で間違いありませんね?」


「あなたさまが、この子を? 申し訳ございません……私が至らないばかりに、見ず知らずのあなたさまにご迷惑を……」


 深々と一礼する貴婦人。

 所作こそ洗練されているが、怯えたような表情は見ていて辛い。


「いえいえ。静寂の騎士、久方ぶりに拝読しましたが、やはり良い本でした」


「……っ」


 ――なんだ? この、彼女の煮え切らない表情……何処か引っ掛かるな……。


「ねえ、チェルト。この本、どうやって持ち出したのかしら?」


 貴婦人は、チェルトから本を引ったくるようにして手に取った。

 その割には指でつまむなんて、ぞんざいな扱いをする。


「えっとね、えっとね! タカラバコがこわれちゃったから持っていったら、あけてもらったのっ!」



「そう……でもね。あの箱は、壊れたままで良かったのよ」


「……なんで?」


「これは女の子が読んではいけない本なの」


 そんな悲しいこと、言うなよ……。


「でもルクレシウスおにーさんは、読んでくれたもん!」


 ムキになったチェルトは俺の名前を出す。

 その瞬間に、貴婦人は目を見開いて俺の顔を見た。


「そう……そういう事も、あるのよ」


 とだけつぶやいた彼女の顔は悲しそうで、俺達は再び黙り込んでしまった。

 けれど、その沈黙も長くは続かなかった。



「――メルグレーネ! いつまでこんな下賤な場所で油を売っている!?」


 豪奢な鎧に身を包んだ、金髪の男性。

 歳は俺より少し上くらいだろうか?


「あ、あなた……! 申し訳ございません……!」


「謝って何になる! 万一、誘拐でもされたらどう責任を取るつもりだ!? チェルトはお前の子ではないのだぞ!」


「あっ……」


 ――バチンッ


 その男性は、貴婦人もといメルグレーネの頬にビンタする。

 強い力で叩いたためか、メルグレーネは横に倒れた。


「お前を寄越してきたダシーク家に離縁状を叩きつけてやってもいいのだぞ。子も孕めぬ欠陥品め」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


「ふん。落ち着いたら戻ってこい。行くぞ、チェルト」


「は、はい、おとーさま」


 男は、半ば強引にチェルトの手を引いて去っていく。



 ダシーク家。

 メルグレーネ。

 静寂の騎士。


 それらが全て繋がった。


「……もしかして、君は、グレンなのか?」


 俺の問いかけは、本を抱えて泣き続けるメルグレーネの耳に届いた。

 自分で思っていたより、ずっとハッキリ喋っていたらしい。


「あの頃は、迷惑をお掛けしました。再会がこんな事になって、ごめんなさいね……そう。私が女だったという事も、言えずじまいでしたね……」


 君は……そんな言い方をするような人じゃなかったじゃないか。



 頬をぶたれて、さめざめと泣く目の前の君(メルグレーネ)と、俺の記憶の中のあの(・・)グレンがどうしても結び付けられない。


 親しい人がスカートを捲られたら、犯人を血みどろになるまで殴っていた。

 殴られたらその数倍は殴り返していた。

 そんなグレンの成れの果てが、この姿だとでもいうのか……?




 助けてくれよ。気が狂いそうだ。

 どうして。君は、昔の君なら……――



 皆さまの応援が作者の励みになります。

 感想、ツッコミ、心よりお待ちしております。


 たくさん感想が増えても必ずお返事いたします。

 よろしくお願い申し上げます。

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