第35話:先生と海水浴
少しお時間を頂きました。お待ち頂きまして、ありがとうございます!
残暑はまだまだ続くという事で、水着回を挟んで見ることにしました。
俺達が立ち寄っているのは、王国東部の入江に面した、そこそこ大きな漁村だ。
この季節には海水浴場もあって、俺達は気分転換に泳ぐ事にしたのだ。
ただし、ピーチプレート卿は泳がない。当人がそう主張した。
「それがしは、何かあった時の為に備えよう」
「……暑くなったら遠慮なく言って下さい。すぐに付与術を掛けに来ます」
「心配無用にございますぞ。それがしの鎧は空調付きであり、またそれがしの肉体も頑丈ゆえ!」
ピーチプレート卿は、自身がオークであると認識したくないから、鎧を脱ぐのには抵抗があるのだろう。
じゃあ、当人のやりたいようにさせてあげるのが一番だ。
「先生、早く早く~!」
などと波打ち際ではしゃぐアレットは、いつもの服装ではなくミントブルー色のビキニ姿。
町に着くなり「海といえば海水浴ですよね」と服屋を連れ回され、一番良さそうな水着を一緒に選んだ。
「貴公、早く行ってきたらどうだ」
なんて、ウスティナはパラソルの下で、あくまで他人事のように勧めてくるが、彼女も白のワンピース水着……そして目元はサングラスだ。
俺もウスティナ本人も「いつも水着みたいな格好だし別にいいのでは」と言ったが、アレットが「女の子に一張羅なんて許しませんっ! 場面によってオシャレするんです!」と言って聞かなかった。
「であれば、お言葉に甘えまして……行ってきます」
ぺこりと一礼して、俺はアレットのほうへと向かった。
「お待たせしました、アレットさん」
「待ってました! ほらほら、見てくださいよ、このカニさんっ! わたしの水着とカラーがおそろいなんですよ!」
「えッ、あ……――」
待ってくれ。なんでよりにもよって胸元にカニを運んでいるのかな、この子は……!
俺がそこに反応できる程、女性慣れしているとお思いか!?
「わー! カニさん、泡ぷくぷくしてますよ! かわいー!」
待って、待って、えっと、ここは、そうだな……!
これまでのアレットの言動から鑑みて結論を導くと、以下の言葉が適切なのかもしれない。
「あ、アレットさんの、ほうが、か、かわいい、ですよ……」
言 え る か !
ちくしょう……顔が熱い。どうして、こんなしどろもどろに返事をしなければならないのか。
そもそも考えても見ろ、ルクレシウス!
お前は女性を褒める時に一度でも「かわいい」と言った事があったか!?
無い! 断言するが、皆無だ!
必ず「素敵ですね」とか「かないませんね」とか、同性でも通用する褒め言葉を使ってきただろ!?
それをお前、年下を相手に「かわいい」だと!? これではただのロリコンじゃないか!
見ろよルクレシウス・バロウズ! お前の仕出かした失言で、アレットもドン引きして――
――ドン引きしてなどいなかった。
「あ、わ、わ……」
アレットは指をカニに挟まれながら、それすら意に介さない程に顔を赤くしていた。
「せせせ、先生のほうがっ、かわいいもんっ!!」
などとアレットは訳の解らない事を叫び、明後日の方向へと走り始める。
ご丁寧に、途中でしゃがみこんでカニを砂浜に逃した。
「アレットさん、待って!」
俺は砂浜に足を取られながら、アレットを追いかける。
おかしいな、どうして二人して、こんなバカげた追いかけっこをしているんだ?
下着は駄目でも水着なら大丈夫だっていうのか?
ルクレシウス……日差しにやられて心の壁が溶けたのか!?
「ぜーはー……!」
浜辺の端のほうまで来て、ようやく追いついた。
アレットめ、意外と体力があるな……巡礼者だから足腰も強いのか?
しかし、ちょっと遠くにいるアレットに、俺は呼びかけるのをためらった。
赤いワンピース姿の幼い女の子が本を抱えて、アレットを見つめていたのだ。
……5~7歳くらいか。保護が必要な年齢だ。
ましてや金髪碧眼とあらば、人攫いに狙われやすい。
「おねーさん! 今、ひま?」
「うんうん! おねーさん、ちょっとだけなら暇だよ! どうしたのかな? ママとはぐれちゃったの?」
「ううん。ママは置いてきた。クロアといっしょなんだもん。メルはおじいちゃんばっかりかまってるし、チェルト、つまんな~い~」
推測するに、チェルトというのがこの女の子の名前だろう。クロアは弟の名前かな?
アレットはチェルトと視線の高さを合わせながら、会話を続ける。
「チェルトちゃん。おうち帰らなくて平気なの?」
「や!」
チェルトは頬を膨らませ、ぷいっと顔を背ける。
「そっかー……じゃあ、どうしようか……」
「えっとね、えっとね? ごほんをよんでほしいの!」
「うっ……ごめんね、おねーさん、教典じゃないと読めないんだ……」
「パパは、このくにのシキジリツはセカイユースーだっていってたのに。さてはおねーさん、びんぼーにんだな!」
うちのアレットになんてひどいことを!!
親の教育を疑いたくはないが、一言物申したい気分ではある……!
「ごめんね……呪いをかけられちゃって、教典じゃないと読めない身体になっちゃったの……」
「ええー! おねーさんかわいそう……でも、どうしよう? ごほんをよんでもらえない……」
いいだろう。俺に任せろ。
「アレットさん、代わりますか?」
「……っ」
チェルトはたじろぐ。そりゃあ、見知らぬ男が突然出てきたら怖いよな。
「先生~待ってました~っ!」
アレット! 俺の膝を抱き込むな!! 胸が当たっている!!
けれども、まあ……チェルト警戒を解く事には成功したらしい。
「おねーさん。そのおにーさん、コイビトなの?」
「へッ!? あ、あぇ! ええええっと! せ、先生は、あくまでも先生というか!」
突然、アレットはしどろもどろになって、両手をわたわたと動かす。
ベッタリくっついたまま言われても。あの、気まずい……。
「僕は、このお姉さんの仕事仲間ですよ。本を読んで欲しいのでしたら、僕が力になりましょう」
「ほんとー!? やったー!」
任せろよ。その本のタイトルには見覚えがあるんだ。
何度も読んだことがあるし、各地で役者さんが舞台をやってもいる。
――“静寂の騎士”
俺の古い友人は、よくこれを読んでとせがんできたものだ。
なあ、グレン・ダシーク。
君は元気にしているだろうか?
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よろしくお願い申し上げます。




