第34話:先生はアレットの秘蔵スキルに助けられます
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
なお、ちょっとだけ長くなりますが、章の最後って事でご容赦いただければ幸いです。
「天秤の星の御使いよ、我が右目に神眼を授け、今ここに調停の場を与えたもう……我らの流血が炎に呑まれぬよう、我らの落涙が草木を枯らさぬよう……」
アレットの詠唱と共に、アレットの右目が青白く光りだす。
「――審問公開!!」
アレットの右目がひときわ強く発光し、ピーチプレート卿の足元に同じ青白い光の魔法陣が浮かび上がる。
その魔法陣を見ると、神を称える文章で構成されているようだ。
「審問官スキルだと!?」「あんな子供なのに!?」
「この戦場は、どうなってやがる……」「やはり奪ったのでは?」
気が付けば、みんな戦いをやめて俺達に注目している。
ウスティナとカレンも戻ってきた。
アレットはその場の全員に向けて説明を始める。
「この審問官スキルについて説明します。この魔法陣の中に立つ者の発言が本当の事なら光は金色に。嘘であれば赤色に変わります」
一呼吸置いて、アレットは俺に視線を合わせる。
「それでは先生、質問を」
「はい」
俺も一呼吸を置いた。
「――ピーチプレート卿、僕が誰かを助ける理由は、目の前で苦しむ人を放っておのは、かつて家族を救えなかった自分自身が許せなくなるというものです。あなたは、何ゆえに誰かを助けるのでしょうか?」
質問する時に大切なのは、相手によって質問の仕方を変える事だ。
確固たる信念はあっても素性を隠していたなら、こちらも共通の話題で事実を打ち明けて、その上で“あなたはどうだ”と問いかける。
ピーチプレート卿は、ゆっくりと、おっかなびっくりといった様相で言葉を紡いでいく。
「……見ての通り、それがしはオーク。しかしながらオークは生まれそのものが罪ゆえに、それがしは己の生まれを忌み嫌って、人間になりたいなどと分不相応な望みを抱いてしまった。幼き日に見世物小屋の檻から覗き見た、歌劇の騎士に憧れてしまった。それがしの戦う理由は、それが発端である」
魔法陣の光は金色に変わった。
つまりそれは、ピーチプレート卿の言葉が本物であるという事に他ならない。
「続いて、その鎧はどこで入手したかをお聞かせ願います」
「別の持ち主へと売られ、運ばれた。その荷馬車が魔族に襲われ、それがしの新しい持ち主が死んだ時、ちょうどそこにあった積み荷の鎧を拝借した」
これも光が金色。
次の質問は少し意地の悪い内容だが、必要だ。
「わざと救出対象が窮地に陥るよう仕向けたとの噂もありますが、事実でしょうか?」
「できぬ。したくもない」
これも、金色に光った。
もう疑うべくもなく、彼の潔白は証明されたようなものだろう。
トドメに、アレットが質問をする。
「今でも人を助けたいと思う気持ちに嘘は無いですか?」
「無論。たとえ生まれの罪をそそぐこと叶わず人間になれずとも――“人間の友人”にはなれると、それがしは信じている」
最後まで、返答に嘘は無かった。
中にはきっと、動機が不純だと指摘する者もいなくはないかもしれない。
だが……俺は否定したくない。
あなたと俺は、きっとよく似た傷の形をしているだろうから。
「――審問を終了、しま、す……」
俺は、倒れそうになったアレットを抱き止めて、その場にゆっくりと座らせる。
「ありがとうございます。おかげで、無事に潔白を証明できました。しばらく、ゆっくり休みましょう」
「えへへ……先生のためなら、この程度、お安い御用ですよ……どこまでもお付き合いします」
……ありがとう、アレット。
何かあったら困るから、あとでちゃんと教会かどこかで診てもらおう。
そして俺は、カレンを見た。
カレン……事の成り行きを呆然と見ていたお前は、どう思ったんだ?
「――さて、これでもピーチプレート卿を有罪だと言えるか? カレン・マデュリア」
「……わたくしを殺しなさい。わたくしが、次なる罪科を重ねる前に」
カレンは親指の爪を噛みながら、どこか諦観を漂わせるような面持ちで答えた。
俺はカレンの両目を見る。
「殺さないよ。生きて、今までの罪と向き合いながら悩み続けろ。何人かはお前の罪を許しはしないが、それについては恨むなよ。被害者には“加害者を許さないと主張する権利”がある」
ここで衛兵たちがカレンの腕を掴み、俺におずおずと視線をよこしてくる。
「そろそろいいか? オレはコイツを保護しなきゃなりませんからね。内容によってはしょっ引く」
“しょっ引く”という単語で、アレットが慌てて俺の前に出てきた。
「わたしの審問、見てましたよね?」
「あー、心配しなさんな。しょっ引くのはコイツであってオタクらじゃないから」
「……はい。よろしくお願いします」
「あいよ。じゃ、行きますかねぇ!」
衛兵たちに連れられて遠ざかっていくカレンの後ろ姿は、ひどく小さく見えた。
◆ ◆ ◆
「とんだお人好しだな、貴公も」
「失敗を許さない奴に、みんなの前でやり直しのチャンスを与えるって、最高の嫌がらせだと思いませんか? 結局それでやり直せなかった時、一番の屈辱を受ける事になる」
「クククッ……それくらい意地悪なほうが、人間味があるというものだぞ」
嫌だよ。俺は臆病者だから、基本的に嫌われるリスクのある事はしたくないんだ。
嫌わせるという事は、相手に嫌なことを一つ増やすという事だ。一緒にいてお互い嫌な気分にならないのが一番いいだろ。
ピーチプレート卿が俺を見る。
「時に。何ゆえ、会って間もないそれがしを助けようとした? 見捨てる事とてできただろうに」
「先ほども言った通り、僕は目の前で苦しむ人を放っておけるほど割り切った性格じゃないんです。
今回の場合は、あなたの気高さが踏み躙られようとしていた」
「それがしよりも、ずっと騎士らしいな……そなたの名は?」
「ルクレシウス・バロウズ」
「魂に刻んだ。冥府に往けども忘れるまい」
魔力が回復してきたな……よし。
短縮術式呼び出し、対象を自身の腕に設定……――
――“筋力付与”
ぐいっと腕を引いて、ピーチプレート卿を起き上がらせる。
「此度の返礼は如何程に……それがし、此れほどの恩を返す持ち合わせがございませぬ」
「良かったら、今後も力を貸してもらってもいいですか?」
「応! お安い御用ッッッ!!!」
「ありがとうございます。では取り急ぎ、緑色に光る歩行樹の調査を手伝って欲しいのですが」
「む……もしや、それがしが昨晩に倒してしまったやもしれぬ」
「「えっ」」
マジか。俺はアレットと顔を見合わせた。
続いてウスティナを見ると、肩を震わせて笑っている。このひとの笑いのツボはいまいちよく判らない。
「リザードマンがその歩行樹に付き従っているのを目の当たりにしたのである。おお、もしやッッッ!!! 余計なお世話だっただろうかッッッ!!!」
「とんでもない。ギルドに報告したら、報酬はまとめてあなたに差し上げます」
「否ッッッ!!! 神々しき恩人達よ、そなたらが満額受け取るといいッッッ!!! ワハハハハッッッ!!!」
ピーチプレート卿は豪快に笑う。
つられて、周りにも笑顔が伝わった。
やがて誰が言い出したか、その場で酒盛りが始まった。
酒盛りに加わった冒険者の誰もが、宴の主役たるピーチプレート卿に、友人のように親しげに接していた。
――俺は……その光景が、どこか儚げで美しいと思った。
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