第33話:先生VSカレン・後編
冒頭の咆哮はモンハンワールドで言うところのゾラ・マグダラオスくらいのイメージでお願いします。
「 止 ま れ ェ ! ! ! 」
大気を振動させる大音響、それは遠くの木々から小鳥たちが慌てふためいて飛び立つのみならず、湖面を強く波打たせた。
一番近くにいて、尚且つ防音が付与されていなかったカレン・マデュリアは、その轟音の影響をモロに受けた。
「う、ぐ、がッ……!!」
カレンは膝をついて、両耳を押さえる。
元気に浮遊していた魔導書も、バサバサと音を立てて地面に落ちた。
すかさず、ウスティナが魔導書を両断する。
そして、俺も……
「うッ、く……」
魔力の急激な消費で、強烈な眩暈にやられている。
俺は、ふらふらとおぼつかない足取りでピーチプレート卿の隣に歩き、何とかして、彼に寄りかかった。
「――ッ、ピーチプレート卿が……あんたらに、何をした? 聞けば、窮地に陥った冒険者を助けただけじゃないか!」
「信用を勝ち取ったタイミングで搾取する事だってできるだろう!
ピンチに駆けつける演出をするために、そのピンチを準備する事だって!」
カレン側の冒険者の一人が、そう叫んだ。
「解るよ。最初は俺も疑った。けれど、初めからそれを疑って、捕らえる事を前提に考えるなよ! あんたの理屈は例えるなら、人当たりのいい道具屋の店主を見て“あれは詐欺師に違いない”と決めて掛かるようなものだ!」
「でもオークじゃん」「犯されるだろ!」「オークは魔物だから殺さなきゃ駄目に決まってるだろ!」
こ、の……わ、か、ら、ず、や……!!
「お前らみんな図書館に行けェえええええええええッ!!!」
「「「ひっ!?」」」
「いいか! “古今種族百科帳”という書物が各地にて複写されて図書館に保管されている筈だ! いつだって、知識の不足が無用な偏見を生む! 様々な知識を持ちつつ、対話で個別のケースを確認した上で対処する事が、争いを回避する最も効果的な手段ではないのか!? 仮に相手が悪辣非道の輩であったとしたら、周囲に相談! どうして紋切り型に“こいつはこうだからこうするしかない”で決めて掛か――」
――ズビュウッ
「――」
痛みを感じて、腹に視線を落とす。光線に貫かれた腹には赤い穴が空いていて、血が流れてきていた。
嘘だ。カレンは今、戦闘不能じゃないか。
どうして、魔導書が動いているんだ……?
膝に衝撃があったのは、膝から崩れるようにして倒れたからだろう。
途切れつつある意識の中、ふと、そんな分析をしていた。
「――先生ッ!?」
「南無三、守りきれなんだッッッ!!!」
左からアレット、右からピーチプレート卿の声が聞こえる……。
視界が少しずつ、少しずつ、暗くなっていく……。
「なりません、なりませんぞッッッ!!!」
腹部に、冷たい液体の感触……?
これは……回復ポーションか。
「先生、先生ぇ……まだ死んじゃやだよぅ……!」
温かいなにかに包まれるような感覚……これは、ヒールかな。
微弱であっても、確実に回復している。
アレットの想いが……伝わってくる……。
「カレン殿ッッッ!!! そなたに情は無いのかッッッ!!!」
「ハッ。オークに味方する異端者なんかに、掛ける情けがありまして? 殺し合いが生業なのでしょう?
話し合いなどとまどろっこしい真似をしていては、死んでしまいますわ。そいつみたいに。身をもって理解できましたわね」
「よくも、先生を……地獄に落ちろッ!!」
「あら、わたくしを殺したら学院に報せが行きますけれど、よろしくて? ギルドカードが剥奪されたら、どうなるか理解できないほど低能ではありませんわよね?」
「だが此れ以上の暴虐は止めてみせるッッッ!!!」
今度は、ピーチプレート卿がカレンを取り押さえに行ったのが、痛みに霞む視界で見て取れた。
ウスティナは、これに乗じて動き出した、カレン側の冒険者を牽制しに行った。
カレンの周りに冒険者がどんどん集まっていく。
俺も、何とかしないと。
だが身体ってやつは無情だ。起き上がろうとしても、咳き込んで血反吐を吐く。
「ぶはッ……げほッ……」
「先生、無理しちゃ駄目ですっ!」
くそ、回復が追いついていないのか!
非力で迂闊な自分が恨めしい……動け、動け! 動けよ!!
「――っ、ヒールが、もう……出せない……!」
眩暈がしてくる……背中が、寒い……。
「――ええいッッッ!!! もはや辛坊堪りかねるッッッ!!! そこな戦士殿ッッッ!!!」
「私だな。いいぞ、任せろ。大本を殴ればいいのだな」
ウスティナは、カレンを直接狙い始める。殺害しないように、投げナイフは牽制に留めている。
カレンは魔導書を全て失っているが、教鞭からビームを出しながら逃げに徹していた。
その間に、ピーチプレート卿が詠唱を始めた。
「主よ、極天より降り注ぐ光にて恵みを運び給え……――」
そして、アレットは心当たりがあるようだった。
「え、その詠唱は……!」
「我らが飢えぬよう、我らの子が飢えぬよう……――」
ピーチプレート卿の両手が金色の光に包まれ、続いて俺の足元から光の柱が現れる。
「極大治癒ッッッ!!!」
みるみるうちに傷がふさがり、身体が軽くなる。
だがその代償なのか――
――プシュゥウウウウウウ
ピーチプレート卿は、鎧のあちこちから煙を噴いて、膝をついた。
「これで鎧は暫し只の鉄塊となる……だが、後悔はしませんぞッッッ!!!」
にわかに周囲はざわついた。
「オークが何故その加護を使える!?」「呪符でも奪ったのか!?」
「やはり呪いでオークの姿に……」「殺して奪ったんだろう」
「さる高名な巡礼者に教えを請うた故ッッッ!!! 安心めされよ、その御方は今も存命であらせられる!」
「信じられるかよ!」「死ね、冒涜者!!」
――俺は、ピーチプレート卿の前に両腕を広げて立った。
「ありがとうございます。今度は僕が、あなたを守る。あなたが動ける瞬間まで」
恩返しをしよう。
と、ここでアレットが隣に立つ。
「――先生。わたしの提案、聞いてもらってもいいですか?」
「お聞かせ願います」
「わたしのスキルをフル活用して、ピーチプレート卿の潔白を証明します」
もしかして、嘘を見分ける能力が関係しているのだろうか?
確かに、今のままでは泥沼だ。是非とも力を借りたい。
このタイミングでそれを明かすという事は、本当は隠したかったかもしれない。
「……ありがとうございます。でも、無理は禁物ですよ」
俺がアレットの両手をしっかりと握ると、アレットは小さく頷いた。
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