幕間:そういえば一緒にお風呂って初めてかも???
今回はアレット視点です。
海水浴と露天風呂はラノベの定番のような気がするので、まずは片方だけでもノルマを達成してみようかと思いました。
ここは宿屋の露天風呂。四方を木の壁で囲っただけだから、朝焼けの空がよく見える。
わたし――アレットとウスティナさんだけの実質貸し切り状態だ。
ちなみに先生は冒険者ギルドで調書を作らされていて、わたし達だけ先に帰らされた。
バスタオルOKだから、わたしは身体に巻いてエントリー。
ウスティナさんは潔く素っ裸……目元を覆う仮面はそのままなので、なんかシュールすぎて直視しづらい。
コラー! お風呂の時くらい仮面を取りなさーい!!
見られたくないならそっぽ向いとくから!
「私の身体の傷が気になるのか」
ウスティナさんは肩越しにそう言って、シャワーの並ぶ洗い場の、木製の丸椅子に座る。
わたしもそれに倣って、隣に座った。
「その……よく鍛えられた身体だなぁって思いまして。それに、ブーツで隠れている箇所のムダ毛の処理も完璧……」
咄嗟に誤魔化してしまった。いや実際、傷も格好良く見えるくらい素敵に引き締まっているんだけれども。
「種族特性としてムダ毛が無いっていうのもあるんですかね? 羨ましいなぁ~……」
「フッ。面白い事を言うのだな、貴公」
あ、ちょっと笑った。
「貴公とて。指通りの良い髪も、きめ細やかな肌も、若さだけで得られるものでもあるまいよ。さぞかし手入れに苦労しただろう」
お世辞だよねって一瞬疑ったけど“嘘の音”が聞こえてこない。
このひと、もしかして天然の人たらしなのでは……?
「えへへ……好きな人の前では特に、綺麗でいたいですし。惚れたからには全力なアレットさんなのでした! ぶいっ!」
……なーんてね。
それくらいやらないと、みんな平気で『ブス』とか言ってくるんだよね。
ムダ毛処理だって、いちいちカミソリでやると肌が荒れるし面倒だから、アホみたいに高い脱毛ポーションにした。
やめよう、思い返すだけで惨めな気分になってきた……。
と、ここでウスティナさんが口を開く。
「すまないが、こちらをしばらく見ないでもらえるだろうか」
「仮面、外すんですね?」
「ああ」
わたしも髪を洗うから、丁度いい。背を向ける。
「そういえば、先生って、普段はどうやって性欲を発散しているんでしょうね?」
「さあな」
「謎じゃないですか? ウスティナさんのようなおっぱいボイーンで“せくすぃー”なお姉さんがいながら、未だに手出ししていないのって」
「クククッ……そう詮索してやるなよ。誰でも秘密のひとつやふたつは抱えているものだ。貴公とてそれは同じだろう」
「それは、そうですけど……」
例えば、わたしが教典以外の文字を読めなくなってしまった理由とか、現時点ではまだ話す気になれない。
先生とウスティナさんはきっと聞いても馬鹿にしないでくれるとは思うんだけど、でも、やっぱり、個人的にはすごく恥ずかしいから。
なんというか……先生の前では綺麗な女の子で在りたい。
仮に先生が、ありのままのわたしを望んでくれていたとしても。
そう。誰だって、秘密のひとつやふたつは抱えている。
他人にとってそれがどんなにくだらないものに見えたとしても、当人にとっては深刻なものなのだ。
ウスティナさんの仮面も、わたしはさっき、取ればいいのにと思ってしまった。
けれど本人は“此処まで”という線引きをしているのだ。
あのボロ布を脱ぎ捨てた事だって、並々ならぬ勇気が必要だっただろう。
王国で、肌の色が違うという事がどれだけ異質なものだと思われているかは、社会から排除されて冒険者をやっている黒騎士の人達を見ればすぐに解る。
肌を出した結果として、ダークエルフだのネクロマンサーだのと、あらぬ疑いをかけられるのだから……。
誰も、ありのままに生きる事を許されない。
わたしは、ありのままを覗き見られて、いろんな物を失った。
きっとウスティナさんも、何かを失った結果、ボロ布に身を包んでいたに違いない。
駄目だ。考えると考えるほど、気分が暗くなっていく。話題変更!!
「あのカレンって人、酷くないですか? 最初はあんなに敵意むき出しだったのに、ウスティナさんがピーチプレート卿の事を話しているときだけ露骨に手のひら返しましたよね?」
陰口かよ、と我ながら呆れるが、そもそも先に仕掛けてきたのはカレンのほうだ。
文句は言わせない。だって実際クソだもん。
「存外、あの女は飢えているのだろう。四方八方出てくる言葉が否定ばかりで育てば、ああもなる。出会い頭に噛み付いてきたのは頂けないがな」
ウスティナさんの誠実なところは、ここで単純に『そーだよねー!』とならない事だ。
これが親密度の低い女性同士だと、お互いに気を使わなきゃいけなくなる。
何故ならそれが“常識”だからだ。わたしは最初にそれを失敗して、コミュニティから孤立した。
……失敗の記憶は何度でもわたしを責め立てる。だから、意識して忘れようとしなくては。
だーかーらー! 事あるごとに自分の黒歴史を自分で掘り起こすのやめろ!!
「何か不味いことを言ってしまっただろうか」
「――へっ!? な、なんで!?」
「黙らせてしまった。不手際があれば、遠慮なく指摘して欲しい」
「いや、だ、大丈夫だと思いますよ!」
「ならいいのだが。ああ、もう見ていいぞ」
「はい」
全身を洗い終えたウスティナさんが、立ち上がる。
わたしも終わったので、湯船へ。
「ん゛はぁあぁああ~……生き返るぅ~……」
ヤバい、つい口をついて出た言葉がこれかよ。おっさんじゃないんだからさ。
「――こほんっ。い、いい湯ですねっ」
「だが長風呂はしたくない」
「あはは……ぶっちゃけましたね」
「嘘も隠し事も、どうにも慣れなくてな。口をつぐむ事で蓋をしていたら、今度は何を言えばいいのか判らなくなってしまった。
とはいえ、貴公には初めから誤魔化しが通じないから、却って開き直れるというものか」
通じないって言うと……ああ、あれか。
「話しましたっけ? わたしの数ある秘密のうちのひとつ」
「会話で察した。審問官のスキルとは、難儀な授かりものをしてしまったな」
バレてたかー……いや、先生やウスティナさんと一緒にいると、隠さなくても別にいいかなって思えちゃうんだよね。
「先生がこのスキルを頼ってくれるのは嬉しいんですけどね。ただ“審問公開”――つまり全員に見えるようにしないと、嘘発見器の役目たるわたしがいくらでも嘘を言えてしまうのが何とも」
「だが、ルクレシウスは貴公に全幅の信頼を寄せているようだぞ」
「……あ、だから事あるごとに目配せを!?」
「だろうな」
う、嬉しい……! だけどすっっっっっっごい複雑な気持ちでもある。
今のままだと単なる、歩く嘘発見器でしかないじゃないか。
こうなったら、わたしが能動的に動いて、悪意ある嘘から守り通してみせねば!
でも今後、審問公開なんて使うのかな……?
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