第31話:先生とピーチプレート卿
やつは、とんでもない人を救っていきました。
――ガキィイイイン!! ――ズズゥウウウン……
カレンに飛びかかった数匹のリザードマン達のカギ爪は全て、硬質な音と共に何かに弾かれた。
それは、リザードマン達を貫くには充分すぎる大きさの騎兵槍。
……そして。
「ワハハハハッッッ!!! それがしが来たからにはもう安心ですぞッッッ!!! 助太刀いたすッッッ!!!」
豪放磊落、明朗快活。(というか、うるさい……)
そんな声と共に、2メートルはあろうかという、桃色の鎧に包まれた巨体が迫りくる。
その顔はヘルムに覆われ判然としない。だが――
「立てますかな、勇敢なるお人よ」
手にした大盾で、縄張りを越えてきたリザードマン達を退けながら、気づかわしげにカレンへ声を掛けるその姿は、誰もが憧れる物語の騎士を思い起こさせた。
俺達よりも先に、カレンが問う。
「あ、あなたはっ……どなたっ?」
カレンが上擦った声を絞り出すと、桃色鎧の大男は騎兵槍を一振りして名乗りを上げる。
「それがしのことは、ピーチプレート卿とでもお呼び下されッッッ!!! 素敵な魔導書の君よッッッ!!! でやぁあああああああッッッ!!!」
リザードマンの群れに突撃していくピーチプレート卿。
そんなピーチプレート卿を、カレンは座り込んだまま上気した顔で呆然と眺めている。
「素敵な、お方……」
流石にむかっ腹が立ってきたぞ。恋心に歳は関係ないし、俺だって同じ立場ならピーチプレート卿に惚れていたかもしれない。
だが、あんたはそれまでの行いが悪すぎる。
「呆けていないで、早く生徒を連れて避難して下さい」
我ながら非の打ち所がない正論だと思ったのだが、カレンにとっては違うようだ。
ロングスカートに付いた汚れを手で払いながら、6基の機動魔導書を浮遊させる。
「フフ。何をおっしゃいますの? 頼もしき援軍が来たならば、全員で事に臨み迅速に片付ける! それこそが、できる仕事のやり方でしてよ? 休憩など、後で摂れば良いのです!」
「ええ……」
もう知らん。お前だけ勝手に過労死でもしたらいい。
ただ、こいつ体力お化けなんだよな。
その感覚のまま他人にも同じ働き方を強要するから始末に負えない。
ジジイ共のやり方を真似して、人一倍頑張って取り入ろうとする気持ちは、理解はできても共感は絶対しない。
……よし、俺のほうでどうにかするか。
「お二人は危険ですから、宿屋に戻――」
――ビッ
足元に光線が飛んできて、ジュッと音をたてる。
「――うわっと!?」
「わたくしの生徒に、余計な入れ知恵は無用でしてよ」
「あなたの生徒ですが、あなたの奴隷ではありません」
あ。そっぽ向いた。返答に値しないと思われたらしい。
「あなた達! 意欲を見せろと何度言ったら解るのかしら? わたくしの学科で卒業したければ、今回の失態を反省し、眼前の敵を死ぬ気で観察なさいまし」
「「……はい」」
くそっ……人命軽視は我が国の伝統的な悪癖だぞ。わざわざそこを見習わなくたっていいだろ。
「ルクレシウス・バロウズ。あなたは学院にとって、もはや異物であり部外者ですのよ。わたくし達の教育方針に口出ししないでくだ――」
「――キキィ!!」
「チッ……邪魔ッ!」
やっぱり数が多いな。
「命がかかっているなら部外者もクソもあるか……それでは、アレットさん! ギルドに報告を頼みます!」
「はい、行ってきます!!」
やるべきことは、まず報告だろ。
「なッ――余計な真似をしないでくださる!? わたくし達だけで充分でしてよ!」
――ズビッ。
リザードマンが数匹、カレンの放つビームに顔を貫かれて絶命する。
「伏兵に殺されそうになった奴が何を言うかよ! 自分達だけで完全に片付けられるなんて、傲慢、過信もいいところだ! 全員で事に当たると言ったのはあんただろ!」
俺はエンチャントで強化した筋力を使い、近くのリザードマンを投げ飛ばす。
「クククッ……饒舌な阿呆に絡まれると苦労するよな」
ウスティナは俺と背中合わせに、近づいてきたリザードマンを次々と両断していく。
「ふぅ。撃破数はわたくしがトップ、いいえ、ピーチプレート卿の次に多いですわね……あなた達! 戦況への貢献度が足りなくてよ!」
いや。脅威を排除しているのに、そんな競争感覚で物を言われても困る。
これにしたってカレンに限らず、学院の教師陣にはよくある悪い癖だ。
「ルクレシウスよ。戦を知らぬ者は気楽でいいよな」
ウスティナが鼻で笑いながら、俺に話を振る。
「今のうちにいい気分でいさせてあげましょう」
というわけで、ピーチプレート卿の加勢で一気に戦局は好転し、付近のリザードマンを殲滅できた。
「片付いたなッッッ!!! それがしは此れにて失敬しようッッッ!!! ワハハハハ!」
走り去るピーチプレート卿に、カレンが追い縋る。
「ああ、お待ちになって! わたくしはカレン! カレン・マデュリア! また会えますか?」
「そなたの窮地を目にしたならば、すぐにでも馳せ参じましょうぞッッッ!!!」
一旦足を止めていたピーチプレート卿は、再び走り去っていく。
それを見送るカレンの表情は、恋する乙女そのものだった。
「まあ……! わたくしの窮地にはいつでも駆けつけて下さる、ですって。うふふ……」
「いや、あの発言の真意は“目の前でピンチだったら助けるよ”程度だと思うんだけどな……」
「うふふ……」
あ、聞いてない。こりゃ駄目だ。
「それにしても、ピーチプレート卿か……俺は知らないけど、有名なのかな?」
昔に冒険者やっていた時には、とんと話を聞かなかった。
俺の疑問には、ウスティナが解説してくれた。
「ピーチプレート卿はここ数年で注目され始めた、新進気鋭の冒険者だ。
単独専門で、窮地に陥った冒険者パーティの救援を生業としている。いわば酔狂者だよ」
「――まあ、救援! なんと立派な心掛けなのかしら!」
あのね、カレン。 急に割り込んでこないでくれないかな?
ついでに言うと俺を押しのけるのも、ウスティナの両手を握り込むのも、ご遠慮願いたいところ。
「ねえねえ! 見たところ、あなたはこの界隈に詳しそうではありませんか? 良かったら情報提供などお願いできないかしら、麗しのダークエルフさん?」
「悪いが私はそれ以上の情報を知らんぞ。欲しければ当人にでも訊くか、再び窮地にでも陥ってみたらどうだ。運が悪くても墓参りには来てくれるだろうさ。
解ったら、私に断りもなく握っているその手を離してくれないか。手枷のようで気分が悪い」
「……は、はい」
なかなかキレのある毒舌に、さしものカレンも反論できず離れるしかない。
やっぱり、ウスティナも腹に据えかねていたようだ。
ピーチプレート卿については色々と不明なところはあるけれど、ひとまず信用して良さそうだ。
助太刀すると言った時に、アレットが特に何も言わなかった。
その言葉自体に嘘は無かったと判断していいだろう。
――けれどね……カレン。
ピーチプレート卿の善性が本物である事が、あの筆舌に尽くしがたい事件を以て証明される事までは、俺は望んじゃいなかったんだよ。
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