第30話:先生の人助け
ルクレシウス「(カレンは教師として正直三流だが、その生徒まで憎いわけではない……)」
叫び声の起点に辿り着くと、誰もいない。
――いや、上だ!
木の上で、男女ふたりが一枚のローブに身を包んで震えていた。
だとすると、木の根のほうに何かいるのか。
短縮術式呼び出し――対象を自身、アレット、ウスティナ、枝の上の2人に設定――、
“暗視付与”!
そして……!
対象を設定、草むら……
魔力供給量を調節……光量、月明かり程度……――
――“光源付与”!
「出てこい。ついでに、どっかに消え失せろ!」
「「「キィイ!」」」
――光らせた草むらから飛び出してきたのは、頭がトカゲの形をした、全身を鱗に覆われた人型の生命体だった。
思わず俺は、我が目を疑った。
「リザードマン……!? 大昔に滅びた筈じゃないのか……!」
「ああ、40年も前に最後の1匹とされる奴とやりあった事があったぞ」
太古の昔、魔王と呼ばれた賢者によって、幾つもの尖兵が生み出されたという。
そのうちのひとつが、このリザードマン……彼らは戦闘に特化しており、同族以外は目につく全てを破壊して喰らい尽くす。
雌雄同体で、魔力をある程度蓄えたら産卵するという生態が確認されている。
3匹のうち1匹が天を仰ぎ、
「キェェエエエエエエエエッッッ!!」
と叫ぶ。
「ギャギャ!」「クケェエエエエ!!」「キィイイイ!」
辺りから、おびただしい数のリザードマンの声が共鳴する。
詳しい数は判らないが……ざっと100匹はいるだろう。
「ルクレシウス」
「はい」
「奴らは壁までは登れない。だが、あのカギ爪で木を切り倒されたら、上のふたりは無事では済まされん」
短縮術式呼び出し……対象をパーティメンバー全員に設定。
――“障壁付与”
“筋力付与”
“俊足付与”!
「彼らを連れての撤退を提案します」
「心得た――よ!」
ウスティナはリザードマンの頭を踏み台にして跳び、木の幹を駆け上って、あっという間にふたりを救出する。
「しんがりは私が引き受ける」
ウスティナの、ダガーを投げての牽制――ああ、一定の効果は望めそうだ!
「頼みました! さあ、ふたりとも、こっちへ!」
「はい!」「ああ」
「アレットさんも、離れないように!」
「はい!」
◆ ◆ ◆
……そして、森を抜けた。後ろを振り向く。
リザードマンにも縄張りがあるらしく、もう追いかけてこないようだった。
「よし、何とか撒いた……ギルドに報告しないと」
ふと助けたふたりを見ると、ローブには王立魔術学院のバッヂが付いていた。
夕方に見かけた取り巻きの中には確か、いなかったな。
まずは何故あそこにいたのか訊いてみよう。
「お二人は、マデュリアさんから何かを頼まれて、あの場所に?」
「あ、あんたに言ったところで理解できないだろ!」
男子生徒が怒鳴ってきた。
警戒されているようだ。
そこに、アレットが割り込む。
男子生徒のほうが身長が高いから、自然と上目遣いに睨むような形だ。
「恩人に対してそういう口の利き方、どうなんでしょうね? いいんですよ。あの女教師さんには先ほど世話になったばかりですから、置き去りにしてプライドを守らせてあげましょうか?」
「はい、ありがとう! もう結構ですよっ!」
詰め寄ったアレットの口を塞いで、引き剥がした。
「む゛~!!」
喧嘩しちゃうと話がややこしくなるからね。
さてどうしたものか……などと思案している間に、ウスティナが女子生徒に話しかける。
「獲物であれば、私が獲ってきてやろう。言ってみろ」
「魔道具の潤滑剤の材料となるイチヤソウを調達しなくちゃならなくなりまして。湖の先にある森を越えて、川を遡って行ったところに……えっと」
遥か遠くの、月に照らされた丘を指さす。
「あのへんです」
「ふむ。貴公らには些か荷が勝ちすぎる。帰る頃には夜が明けてしまうぞ」
「睡眠なんて4時間程度で充分だとか言われました」
なんという無茶振り! 充分な睡眠が取れなければ、成長の妨げになる上に、事故の元だってのに!
……それにしても、イチヤソウか。
「確か、夜の間でないと光らないから、昼間では判別できないのでしたね」
「はい……えっと、バロウズさんはよくご存知ですね?」
女子生徒がおずおずと訊いてきた。
ああ、よく知ってるよ。
「ジュドー・ハプセンスキさんの手伝いをした事があるんです。その時に、イチヤソウを一緒に探しに行きました」
「「――!」」
「彼がそうして頑張って発表した論文は王宮に認められ、工房が与えられるに至ったのは既にご存知ですね」
「……ああ」「……ええ」
「自分達に適したやり方を探すのは決して間違っていないと、彼は証明してくれました。辛ければ、辛いと言っていいんです」
――お。
二人とも、表情が幾らか柔らかくなったな。
とはいえ、いつまでもしんみりしていられなかった。
「……まったく、やけに帰りが早いかと思ったら。ふん」
カレンが来ていた。
彼女は、縄張りの境界線をうろつくリザードマンの群れを一瞥し、ため息を付いた。
「案の定、魔物の巣をつついてオオゴトに? わたくし、無能は嫌いでしてよ」
生徒をこき使っておいて、その言い草は気に入らないな。
「お迎えどうも。後始末はするので、早く帰って下さい」
「何のためにわたくしが、機動魔導書を6基すべてフル装備にして赴いたのか理解できまして?
この程度、わたくしだけで充分。余計な手出しは万死に値しましてよ?」
はい! 話を一切聞いてくれません!
どころか、魔導書を空中に展開して、ビームで周辺を焼き払った。
「太古に滅びし下郎共、疾く往ねッ!!!」
確かに威力は高いが……環境への悪影響が深刻だ。
カレン。木々に引火させておいて、そのドヤ顔はどうかと思う。
「どうかしら? どうかしら!? ねぇ、あなた達では尻尾を巻いて逃げるしかなかった魔物でも、わたくしの機動魔導書であれば此れこの通り! 藁でサンダルを編むよりも容易くてよ! オーッホッホッホッホッホ!!」
などと高笑いするカレンだが……――
「オ゛ッ――」
草むらからリザードマンの伏兵が、カレンにタックルしてきた。
尻餅をついたカレンに、数匹のリザードマンが飛びかかる。
「グカカカッ!」
「ひっ……――!?」
そして俺達が助ける間もなく、そのカギ爪は無慈悲に振り下ろされ――
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