第29話:先生は気分転換を提案します
前回が前回だったので、今回ちょっと投稿の間隔を短く取りました。
その日の夕暮れ。
俺達は、さっきの宿屋から遠く離れた別の宿屋を選んだ。
森が一望できる部屋が空いていたから、そこを借りた。
食堂が無いからなのか、いい部屋の割に宿代はそこまで高くない。
問題は、さっきのカレンの毒舌によるダメージが糸を引いている事だ。
あれで教育熱心だと自負しているのだから恐ろしい。
なまじ結果を出しているだけに、余計に手に負えない。
男社会に認められたい、その一心が彼女をこのようにさせているのだろうか。
推し量るすべを俺は持たない。彼女も、彼女の決めつけるところの下層民であるらしい俺なんかに、推し量られたいとも思わないだろう。
気分転換に何か無いかな。
ちょっと相談してみよう。
「今からどこかに出掛けませんか?」
「どこにでも付いていきますよ」
「せっかくなので、それぞれの希望を出してみましょう。僕は、中央の大食堂なんかどうかなって。
あとは、森を少し進むと湖があるので、そこで景色を眺めたり釣りをしたりとか。
今日のうちに冒険者ギルドで依頼を受けるのもアリですし、敢えてこの時間から図書館に行くという」
敢えて複数の候補を出しておく。
俺が候補を一つしか出さなかった場合、きっとアレットは「わたしもそこに行きたいです」と言うだろう。
彼女はどうにも、俺に気を使いすぎる。俺に遠慮なんてしないで、好きなところを提案していいんだよ。
「うぅ~……そんなにたくさん提示されるとどれにしようか迷ってしまいます……」
……あのね? 好きなところでいいんだよ?
ちくしょう、俺としたことが! 余計な気を回したせいで、アレットが目を回してしまったか!
「う~ん……」
悩むアレットの肩にウスティナが手を置く。
「では決まりだな。冒険者ギルドで依頼を受け、今すぐにでも魔物の討伐を開始しよう」
「「いや、それはないです」」
俺とアレットでハモった。
トーンから速度まで何もかも完璧すぎた。
「クククッ……冗談だ」
あ、明らかに落胆している……ッ!! どう見ても冗談には見えない!
部屋の隅でしゃがみこんで背中を丸めて、床に何かを書いている……ッ!!
「う、ウスティナさん、元気だしてください!」
「フッ。何を言う、私は冷静だぞ」
アレットがウスティナの腕を引くも、びくともしない。
「んぎぎぎぎ……重たい……」
「クククッ……動いてやるものかよ」
拗ねている……なんて大人げないんだ……!
ついにアレットが根負けした。
「――わかりました、まずは冒険者ギルドに行きましょう! 好きな依頼を何でも受けていいですから! ね!?」
「恩に着るぞ」
「んわぁ!?」
ウスティナが急に立ち上がり、アレットが尻もちをつきそうになった。
――が、ウスティナは見事にアレットの背中を支えてみせた。
「よし、ルクレシウス。そうと決まれば早速、冒険者ギルドに行こう。いや、その前に腹ごしらえだ。先刻に貴公が述べたプラン、全て制覇しようじゃないか」
「す、すべ、て……」
目まぐるしいっていうか忙しいな!
表情に出さないだけで、ウスティナもかなり苛立っていたのだろう……。
仕事仲間として、ケアは必要だ。全力で付き合おう。
「では、大食堂に行きましょう」
「はい!」
「ああ」
◆ ◆ ◆
「先生、先生……本当に、良かったんですよね!?」
「はい。僕も興味がありましたから」
注文したのはゴロント牛のフィレステーキ、チーズがけ……そうなかなかお目にかかれるものでもあるまい。
少しばかり値は張るが、それでも相場よりだいぶ安い。
ウェイターさんに訊いたところ、草原での魔物の発生数が落ち着いているからとか。
「魔物の巣でも潰したのでしょうか?」
切り分けたステーキを頬張りながら、アレットが首をかしげる。
「ふむ、流石に残っていないと思っていたが」
「そっか、ウスティナさんは70年くらいずっと冒険者やってるんでしたっけ?」
「ああ。それでも個人でやっていくと、探索範囲に限界がある。それに、以前は此処も入店拒否されたからな」
「来たことあったんですか?」
「ああ。30年も昔の話だよ。あの頃のボロ布ならともかく、流石に多少は身綺麗にしたAランク冒険者を断る度胸は無いらしい」
皮肉げに鼻で笑うウスティナを、俺は正面から見据える。
「僕は、この時代に会えて良かったと思っています」
ウスティナは虚を突かれたような表情になり、
「……そう、だったな。此処に辿り着けたのはそもそも、貴公と会えたからだった。改めて、ありがとう」
次第に少し照れくさそうな微笑みを浮かべる。
目元は鉄仮面で隠れているから相変わらず解らないけれど、悪い感情ではないと思いたい。
「ところで、追加注文してもいいだろうか」
「わたしも! 先生は何か食べますか?」
……嘘だろ。まだ食うのかよ?
いや、まぁ、それぞれ自分の注文分は自腹って話で落ち着いたけどさ。
よく沢山食べられるね。
◆ ◆ ◆
さて、腹ごしらえをした俺達は、冒険者ギルドに直行した。
受けた依頼は、緑色に光る歩行樹の調査。
(時間が時間だったから、図書館は閉館していた)
ちょうど、森の奥地にある湖のあたりで目撃が確認されたらしい。
安い依頼だが、夜中に出発して一番安全な依頼はそれくらいだろう。
「涼しいですねー」と、アレット。
「ああ。夜が明ける頃には釣りにも丁度良かろう」と、ウスティナ。
「いいですね。帰りにちょっと釣っていきましょうか。その場で捌いて朝ご飯にでも」
「頼んだぞ。貴公の料理は、今までで一番好きだ」
そいつは腕が鳴るね。評価してもらえるのは嬉しいよ。
……そういえば、学院にいた頃もフィールドワークで生徒達に食事を振る舞った事があったっけ。
他の学科に編入されたみたいだけど、無事だろうか。
と、追憶していたその時だった。
「た、助けてくれェえええええ――!」
――若い男の声だ。
「ウスティナさん、正確な方角はわかりますか!?」
俺が問う時には、ウスティナは一目散に駆け出していた。
「判る。付いてこい」
「「はい!」」
何が起きたのかを確かめないと。
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