第27話:先生と魔道具工房
量産体制を整える前に、まず仕様書通りに作れるかどうかを確認しなきゃいけないやーつーですね。
俺達は馬車を何台か乗り継いで、数日かけてナジャーダに辿り着いた。
別名で“巨人の階段”とも呼ばれるこの街は、大きな斜面に建物が幾つも建ち並んでいる景色が特徴だ。
道中では何度か野生化した魔猪に襲われたが、このメンツにおいては難なく撃退している。
「確か、魔道具工房は此処の通りですね。久々の来訪のため、少し道を忘れているかもしれません」
「ああ、貴公のペースで構わんさ」
「わたしも同じくです」
「そう言って頂けると助かります」
元気にしているかな、ジュドー・ハプセンスキ君は。
研究に熱が入ると、文字通り寝食を惜しんでまで没頭するからな、あいつは……。
結果として、法人向けの大容量な“魔術発動回路印刷装置”の開発に成功しちゃう辺りは、彼の凄いところだ。
(なんと、簡単な初級魔術の札くらいなら30分で5000枚は刷れてしまう。熟練者による手作りの、なんと1000倍の速さ)
それを流用した魔導ナプキンの生産ライン確保が最終目的だから強く言えないけど、自分の身体を大切にしてほしいのが正直な意見だ。
それと重要な事は、彼も彼自身が決めたルーチンの通りに行動する事を頑として譲らないタイプだという事だ。
午後の3時、彼は必ずそこから1時間だけ予備の時間を設けている。
その間に投函箱の書類に目を通したり、来客に対応したりする。
時間になったらきっちりと、元の作業に戻るというわけだ。
かつて彼にリストアップしてもらった。
内容は“みんなに絶対に守ってほしいこと”だ。
かなりの量が書かれていたが、無理難題ではなかった。
その中のひとつが、その予備の時間の約束事だ。
アレットとウスティナにも、その辺りは把握してもらわないといけない。
だから事前に伝えておくことにした。
「――ちなみに、もし内容が理解できなくても、抵触しそうになったら僕が合図します」
「わかりました」
よし、到着。
――コンコンッ。
「ジュドー・ハプセンスキさん。どうも、ルクレシウス・バロウズです」
「……」
――ガチャリ。
無言でドアが開かれる。
普通のドアよりも幾らか音が小さいのは、ジュドーがそのように改良を加えたからだ。
在学中に周囲から笑いものにされたトラウマのせいか、ジュドーはあまり自分から発言しない。
「……」
それにしても沈黙が長い、ような……。
「あの……ジュドーさん……?」
「名前は知ってます。でも証拠が無い」
証拠……ああ!
そうだった……半年以上も顔を合わせないでいると、忘れられちゃうんだっけ。
対象を設定、自身の指……
魔力供給量を調節……光量、月明かり程度……――
――“光源付与”
ジュドーのいる寮に行ったときは、俺が毎日のように自分の指を光らせて関連付けて記憶してもらった。
指先だけ光らせるのは、なかなか真似できる人がいないから。
そしてどうやら、ジュドーは思い出してくれたようだ。
「もういいですよ」
と一言だけ発した。
「相談したいことがあるので、お家に入ってもいいですか?」
「どうぞ」
相変わらず無表情だが、人には得意不得意というものがあるのだ。
だから『久しぶり』の挨拶とか、つもる話とかは、一切しない。
彼にそれをすると決まって「不要な情報が増えるとワケが解らなくなる」と機嫌を損ねてしまうからだ。
「ありがとうございます。ジュドーさん。ところで“約束事リスト”はありますか?」
「入り口の壁に」
ジュドーは振り向きもせず、壁にかかっている約束事リスト(ジュドーに箇条書きで列記してもらった“これだけは守ってほしい”というリストだ)を指し示す。
「ありがとうございます。アレットさん、ウスティナさん。申し訳ないのですが、これを動かさずにその場で読んでもらってもいいですか?」
「心得た」
すぐに何かを察したらしいウスティナは、静かにうなずいた。
「え、あ、はい……」
アレットは……たじろいでいるな。
やっぱり俺のほうで合図を出すのが一番良さそうだ。
といっても、長居しても迷惑を掛けるだけだし、手短に済ませるのが一番いい。
魔導ナプキンの設計図と、アンケート結果を簡潔にまとめた書類を、ジュドーに渡す。
「ジュドーさん。まずこれを読んでもらえますか?」
「……ん」
彼は集中力に優れている。
読む速度にしたって、俺とは比べ物にならない。
ちゃんとその内容を一言一句逃さず覚えていてくれる。
他の教師達はジュドーを難物だと敬遠し、彼の少しぎこちない(と周囲が評価している)言動が嘲笑されているのを、事もあろうに『修正する意思がないなら報いを受けて当然』などと突き放していた。
奴らは明らかに、ジュドーとのコミュニケーションが不足していたのだ。
「……読み終わりました」
「ジュドーさん、ありがとうございます。それで……この設計図にあるものを作って、こちらの書類にある機能を加えてほしいのですが、お願いしてもいいですか?」
「書類には……個数は1つだけで、期限は90日後までにとありますが、この通りで間違いないですか?」
曖昧な表現を避け、具体的に伝えること。
それが彼と接する上で重要な事のひとつだ。
書面に記しておく事で、なるべく混乱を防ぎたい。
――と、条件の確認だったね。
「はい。その時までに出来上がるか、90日が経過したら冒険者ギルドに、僕宛ての手紙を」
「引き受けます」
「報酬の1/10を前金にてお渡ししますね」
何せ、それ以上の金額は手元にないからな……。
期日までには、その倍額は稼いでおかないと。
印刷装置を借りるなら、使用料も払わないといけないからね。
「では、ありがとうございました。僕は帰ります」
俺が席を立った瞬間、
「……やめたんですよね」
その一言で俺の足は止まった。
「……僕が、教師をやめたって事ですか?」
「ん。新聞に載ってました」
「はい。やめました……というより、クビにされちゃいました」
思い返しても苦笑いしか出てこない。
まだ何もかも、途中だったのに。
たった9ヶ月で追い出されるなんて、想像できなかった。
「――」
ジュドーが背伸びして、俺の頭に手を置いてきた。
不慣れで、ぎこちないながらも、頭を撫でてくれた。
「俺がひどい目に遭った時、先生が俺に、こうしてくれたの、覚えてますよ」
「――……。……ありがとう」
工房を後にする。
外はまだ明るいが、この近辺で早めに宿を取ろう。
アレットが肩を落とし、
「どはぁ~緊張した~……」
ひときわ大きな溜息をつく。
「お二人とも、ありがとうございました。どうしても、ひと目だけでも彼の人となりを見てほしかったので」
「なに。私よりは気難しい奴でもなかろうさ。既に知っての通り、沈黙は得意だ」
ウスティナはどこ吹く風だ。
「こちらこそすみません。ヘマしたらどうなっちゃうんだろうって思ったら、自然と口が重くなっちゃいました……」
あれだけの量の約束事を前にしたら、最初はびっくりするだろうね。
けれども俺は、こう考えている。
ジュドー・ハプセンスキ少年に限らず、本当はどんな人であっても約束事リストにたくさんの項目があるんじゃないか、って。
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