第25話:先生と、教え子の姉
誠に申し訳ございません、直近の幕間(プチ女子会)と時間軸を間違えておりました。
時系列としてはこっちが先に来ます。
「ルクレシウス。貴公が飲み物を取りに行っている間に、例のものの商談を進めておいたぞ」
俺が飲み物を貰って部屋に帰ってくるや、ウスティナはそう言い放った。
「――! 例のものって、僕が試作品を作った、あのあれですか?」
「ああ。貴公が同席していては、話も進めづらかろう」
「申し訳ない。却って気を使わせてしまいましたね」
ちょうど、どう進めたものかと思案していたところだった。
「ふふ。良い。そう縮こまってくれるなよ。本日は元より、そういう手筈だったろう。
それに、こればかりは、まだ如何ともし難いだろうからな。違うか、貴公?」
「――ッ!!」
ハッとしてデイジーを見る。
ちょっと赤らめていた。 俺も変な脂汗が出てきた。
「ご、ごめんなさい、変な意図は決して……その!」
「だ、だだ、大丈夫ですっ! あたしも、それくらいは解りますってば!」
ふぅ……気まずい!
「あ、あつ、あつ、暑くなってきたので! ちょ、ちょっと窓を開けて空気を、い、いい、入れ替えましょうか!」
「そ、そそそそ、そうですねっ!!」
やっぱりウスティナに頼んでおいて正解だった。俺だと嫌な顔をされて終わるだろうから。
――ガチャ。
「すぅー……はぁー……」
さて、外の通りを見よう。
町の外に出れば魔物と出くわす世の中だけど、町の中は平和だ。
「あれ見てくださいよウスティナさん。わたしのアプローチって、もしかして距離が近すぎたのでしょうか……? ああも初々しいと、不安になってきます」
「あやつは、貴公がどのように接したとしても、今と変わらず貴公を見守るだろうさ」
「むぅ……早く大人になりたい」
「貴公の精神は、ちゃんと大人であろうとしているよ。私も、ルクレシウスも、解っているとも」
「背伸びしているって事ですか」
「私は、貴公が巧拙を問わず、自分で物を考えようとしていると言っている。さて――私から、嘘をついている音は聞こえるかな」
「……いえ。真実です」
そんな会話が背後から聞こえてくる。
会ってそんなに時間が経っていないのに、ああも信頼してくれているなんて。
引き続き、雑踏を眺める。
見覚えのある髪の色が、視界の端に留まった。
銀髪、か……エミール・フランジェリクは元気にしているだろうか?
……――。
ふと、雑踏を歩いていたその銀髪の女性と目が合った。
女性はいたずらっぽい笑みを浮かべて、俺に手を振る。
なんだろう。
そのままスルーしちゃいけない気がする。
と思ったときには、既に身体は部屋の出入り口に向かっていた。
窓から飛び降りるのは、流石に行儀が悪すぎるというものだ。
「ちょっと知り合いかもしれない人を見かけたので、会ってきます。しばしご歓談を」
「先生!? ご歓談をって、なんですか!」
アレットは、すっかり痛みが引いて調子を取り戻したらしい。
◆ ◆ ◆
ちょっと急だったから、少しだけ息を切らして通りに出た。
女将さんに何事かと訊かれたが、ろくに返事もできなかったのは少し心残りだ……。
「あら、バロウズ先生。そこまで急がれなくても良かったのに。フフ」
む! 俺の名前を知っている……しかも“先生”と呼んだ。
いや、どこかでアレットが俺をそう呼んでいたのを耳にしただけかもしれないが。
とにかく、急いでここに来た理由くらいは伝えよう。
「失礼いたしました。かつての教え子が、よく似た髪の色をしていたので……」
「エミールの事かしら?」
――!
「やはりご家族で?」
「そうよ。あの子は私の弟。お初にお目にかかります。私はシャノン・フランジェリク。あなたが救った、エミール・フランジェリクの姉です」
なるほど……道理で銀色の髪も、少し儚げな眼差しも似ているわけだ。
「既に学院を追放された僕が気に掛けるのは差し出がましいとは思いますが……エミールさんは息災ですか?」
「バロウズ先生がいなくなって、すっかり荒れてしまいました。勉学には励んでいますけど、手紙の文体の端々に苛立ちが滲んでいるかのようで」
くそ……俺がケアできたら!
学院には積極的に劣等生イビリが横行しているだけでなく、臆病な教師による日和見もままある。
いじめへの反撃を“喧嘩”と断じて、互いに心にもない謝罪をさせ、水に流す……。
いじめを防ぐすべは無い。それが人間の醜悪さだ。
夢見がちな理想主義者達が想像するより何倍も、人間っていうものは醜悪だ。
まだまだ若造の俺ですら、それに屈しそうになったくらいには。
だが、それらを解決に向けて動く、醜悪な人間の本能に抗う事はできる。
問題は、それをしようとした教師が俺の他に誰もいなかった事だ。
あの学院において、誰もが目を背けた。
そして俺がいない今、誰が真っ向から立ち向かうというのか。
――俺がその、最初の一人だったというのに。
「……僕は、己の無力が恥ずかしい」
「バロウズ先生。どうか、悲しまないで下さいませ。お手紙の一つでも出して頂ければ、あの子も少しは気が休まるでしょう」
「検閲は、されないでしょうか?」
「私もあの地獄のような学院の生徒でした。バロウズ先生が赴任される前に卒業してしまったのが残念です」
「――!」
「姉から弟に召喚獣を介して手紙を届ける事については、学院も関知しません。そこにもう一通、バロウズ先生のお手紙を添えるだけ……如何です?」
「すぐに、したためましょう!」
エミールだけじゃない。
その方法なら他の生徒にも、勇気を与えられるぞ。
こんな身近なところにだって希望はあったのだと、俺は胸の奥底にまたひとつ、温もりを見出した。
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