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第3話:先生、宿屋に泊まります


 付与術エンチャントを己に一通り掛けた俺は、大角鬼熊デーモンベアーの突進を待った。

 背後からは「戻ってこい! そいつはAランクパーティでも苦戦する相手だぞ!」などという声が聞こえてくるが、知ったことじゃない。


「GAAAAAAAAHH!!」


「ふんッ!!」


 ――ドヂュウッ


 全体重を乗せて、奴の心臓に右手を突き刺す。


 ――ズズゥウウウン



「進んでください。もう安全ですよ」


 大角鬼熊は他の生物どころか上位の魔物にすら恐れられて誰も近づかない上に、単体でしか発生しない。

 つまり群れを作らない。


「ありがとう……まさかあんな、山奥に生息している魔物が出て来るなんて……本当に助かったよ」


「皆さまが無事で良かったです」


「運賃は全額、返却するよ」


 御者の言葉を皮切りに、周りも次々と銀貨を差し出してくる。


「アタシからも、この子を守ってくれてありがとうね」


「俺も払う!」


「俺も俺も!」


「我が商会の用心棒に是非!」


 こぞって小銭をくれるけど、どうせ慣習だ。


 “馬車をまるごと守れる実力者にはとりあえずカネで媚びておく。さもなくば敵に回してしまうかもしれない“


 そんな馬鹿げた慣習が今でも根強く残っている。

 だから、俺は手で制した。


「……皆さまからは、受け取れません。それより、こちらのお母さんに取った言動を改めて下さい。

 赤子が泣いたら手を差し伸べ“大丈夫ですよ”って言える大人になって下さい」


 是非とも悔い改めてくれよ……じゃなきゃ、俺の親父と同じだ。



「それとこれとは話が別さね。改心をカネで買うべきじゃないし、働きには対価が支払われるべきだ」


「ですが……」


「自分を奴隷にしてはいけないよ」


「――!」


 そう、か……。


「どうしてもカネが惜しくないなら、アタシの宿屋で泊まってお行きよ。今渡す分を、そこで使ってくれたらいい。どのみち、その子も休ませなきゃだろう?」


 手で指し示した先には、さっきの巡礼者。


 この女将さん、存外したたかじゃないか。

 けれど、そうさせてもらおうかな。


 巡礼者さんを店に届けたら、大角鬼熊の首をギルドに届ける……そういう段取りで行こう。




 ◆ ◆ ◆




「すみません、命を助けていただいた上にご飯まで」


 先刻助けた巡礼者の少女――アレットが頭を下げる。


「大丈夫ですよ。生還の祝いとしてどうぞ」


 殆どが軽傷だったのは奇跡に近い。

 お祝いしてもいいだろう。


「ありがとうございます! ではっ」


 アレットが、料理を口に掻き込む。


「んまァ~い♪ ――あっ、お、美味しいですっ!!」


 そして俺と女将さんの視線に気付き、慌てて口元にハンカチを当てた。


 変にかしこまられても、困るよ。

 少なくとも俺の前では“らしさ”に囚われる必要は無い。

 それが俺の授業内容だったから。


「大丈夫。おしとやかな食べ方を心掛けなくても、それを咎める者はいませんよ。いたら僕がそいつに説教してやります」


「み、見抜かれちゃってましたか……お恥ずかしい……あ、そうだ、お酒もいただいていいですか? 代金はわたしが払います」


「それくらい、僕が出しますよ」


 王国の法では15から飲めるとされているからね。

 ギルドカードによれば、アレットはちょうど15だ。

 巡礼者にしては若いけど、今はそういう時代なのだろう。


 ちなみに宿屋の旦那さんは、酒の飲み過ぎで内臓を痛めて近所の教会で療養中らしい。

 従業員を雇うほどではないと女将さんは言っていたけど……なんだかなあ。



「それで、先生!」


「……もう教職は剥奪された身ですが」


「用心棒的なニュアンスですよ! だから、先生って呼んでいいですか?」


 もう呼んでるじゃないか。


「いいですよ」


「先生は他に、どんな事をしていたんですか!?」


 身を乗り出して、エール酒を呷りながらアレットが訊いてくる。

 なるほど笑い上戸のたぐいかな。

 巡礼の旅に出てから殆どずっと彼女一人ソロだというし、少し心配だ。

(実力不相応な大角鬼熊と一人で戦っていた事は深く詮索しないでおこう。巻き込まれた可能性が高い)


「えっと……」


「あ! わたしのことは訊かなくていいですからね。先生の話を聞かせて下さい!」


 ……念を押されてしまった。

 というわけで、学院内でやっていた事について話した。

 例えば――


 絵描きが趣味の生徒をいじめる奴がいた。

 だから俺は、そいつが被害者の絵や画材を壊すたびに、手の平に激痛の奔る銀の筋が刻まれるようにした。


 不登校になって寮から出なくなった生徒には、教材を纏めて貸し出し、研究の機会を与えた。

 その生徒は卒業までに立派な論文を出して、学院に認められ、故郷で魔道具工房を開いている。


 ブサイク顔と詰られる生徒には仮面を付けての授業参加を提案した。

 加害者の主犯格は貴族だったが、だからこそ言って聞かせた。

『他者を虐げるのがノブレス・オブリージュだと言うのなら、山賊でも貴族になれる。人の上に立つならば規範を示せ』

 ――と。


 あとは、年に一度開催される降誕祭……その出し物への変更の打診だ。

 あんなの……弱者を笑いものにするだけだ。オーディションも無しに役柄を決めるなんて。


 だいたいそんな感じのことを話した。


 すると。


「学院の人達、解ってないですよぅ!! どうしてこんな優しい人を追い出すかな! ひどすぎますっ!」


 俺よりもよっぽど怒った様子だ。

 赤ら顔を更に赤らめて、アレットは力説した。


「色々ありますからね……それに、僕が嘘を言っていたらどうしますか?」


「嘘なもんですか! 嘘つきは、命をかけて飛び出したりなんてしません!」


「えぇ……なんですか、そのスピリチュアルな根拠は」


「ていうか、先生も怒っていいですよ! 復讐しましょう、復讐!」


 俺だって怒っているよ。

 けれど、物事にはやり方ってものがある。


「……僕は世の中のあらゆる理不尽に“NO”を突き付けたい。強いて言うなら、それが復讐です」


 さて、あまり夜更かししても明日に差し支える。

 何せアレットは、拳を掲げたままうつらうつらとしている。


「ふくしゅ……むにゃ……」


「もう寝ましょうか。おやすみなさい」


 部屋は二つ取ってある。

 ひとつは俺が。もうひとつはアレットくんの部屋だ。


「おやすみなさ~い……襲わないで下さいね? 先生?」


 だが、俺は知らなかった。

 上目遣いにそう伝えてくる彼女が、予想以上にこじらせていたという事を。



 皆さまの応援が作者の励みになります。

 感想、ツッコミ、心よりお待ちしております。


 たくさん感想が増えても必ずお返事いたします。

 よろしくお願い申し上げます。

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