第21話:先生と生理用品・購入編
※作中の世界に、紙ナプキンは存在しません。
店に入ると、あの時のオーナーさんが人懐っこい笑顔で出迎えてくれた。
「おー! あの時のお客さま! いや、闘技場での活躍ぶりは私も耳にしましたよ!
一騎当千! 万夫不当! 指先で薙ぎ払えば、たちまち敵が吹き飛んだとか!」
「それはかなり盛りすぎですね」
「あれ以来、黒騎士のお客さまがたが当店をご利用頂けるようになって、闘技場での件の翌日なんて、王国内でも有数の売上を記録したんですよ!」
「おめでとうございます。スタッフ数は、大丈夫だったんですか?」
ドワーフの職人さんは別として、オーナーさん含めて2人くらいしか売り場には見かけなかったが……。
「販売員は旨い店に連れて行くのを条件に、休みの者を引っ張ってきました」
お互い納得しているなら別にいいのかな。
「あとですね! 採用広告に“黒騎士の皆さんも歓迎いたします、まずは面接から”と書いたら、3倍くらいに増えましたよ!」
あたりを見回すと確かに、肌の色や耳の形が違う人達がいた。
あれ、でも生産は?
「ドワーフの職人さんは仕事増えて大変だったのでは?」
「ああ、それなんですけどね。頂いたアドバイスにちょっとアレンジを加えてみましてね、基礎部分だけを作ってもらって、カスタマイズを別の職人に依頼する事で量と質を確保できました!」
今度、余裕があったら詳しく聞いてみたい。
文通でいいかな。
「ご本人は納得されていましたか?」
「“やっと仕事がしやすくなった”と。ほら、ここの小窓から覗いてみて下さい」
「ほう」
どれどれ。
お、ちゃんといる。
良かった……。
直接訊く事が出来ないのは歯がゆいけど、上手くやれているならそれに越したことはない。
「いや、もう、ルクレシウス・バロウズ先生には頭が上がりません、ほんとに……!
店としてのプレゼントは出来ませんが、個人的に何か贈り物をしたいくらいですよ!」
「いいんです、お気持ちだけで」
よく考えろ、俺。
長話をしている余裕は無い筈だ。
「それより今、ちょっと緊急で欲しいものがありまして……綿瓜って植物なんですけど」
と言った瞬間、オーナーさんの顔が急激に曇った。
「誠に申し訳ございません。実は、おとといから仕入れが途絶えてしまいまして……」
……ぐああああああマジかあああああ!
無い、のか……無念! ただ、無念だ!
「お邪魔いたしました……他を回ります……」
踵を返す俺の背に、オーナーさんの声が。
「その件なのですがね……お問い合わせを頂いた他のお客さまもたいそう気の毒に、何軒も回った末に、当店に足を運ばれたとのことでして。おそらくどこも在庫は空です。
いやはや、代替品が作れるなら、それに越したことは無いのですが、いかんせん用途が解らない事には……」
代替品……そうか、代替品か!
今からあちこち回って在庫のある店舗を探すよりは、すぐに状況を打開する方法を模索するほうが早い。
何故なら俺には付与術があるのだから。
「……巻物用紙はありますか? あと、ガーゼと脱脂綿。それからタオル、できれば赤くて小さいものを」
「かしこまりました。ご案内いたします」
◆ ◆ ◆
全速力で駆け戻ること数分。
ひとまず今晩だけでも宿屋を取るという形で落ち着いた。
「いいですか? 先生。絶対に、絶対に、気に病まないで下さいね!」
「……善処します」
それでも負い目は感じてしまう。
アレットには嘘が通じないから、できるだけ正直に答える事にした。
ウスティナは大量の花束を抱えたまま、マントを足先で軽く揺らす。
「アレット。私に隠れるといい。見ての通り私は両手が塞がっているゆえな。お手数をかけさせるが」
「僕が持ちましょうか?」
「貴公も荷物があるだろう」
そうだった……。
俺は両手の紙袋を見やる。
「ありがとうございます! でわっ……!」
ウスティナのマントの裏にアレットが隠れて、そこでタオルを装着。
どのように付けたのかは、見ていないから解らない。
というわけで、アレットとウスティナにとってはさっきチェックアウトを済ませてきたばかりだが、女将さんの宿屋に戻ってきた。
(女将さんとは二人を泊まらせた時に会っているから、久しぶりってわけでもない)
「あら、どうしたんだい? 忘れ物?」
「 緊 急 事 態 で す 」
「わ! 先生! 大げさに言わないで下さいってば! いわゆる“女の日”ってやつです!」
アレットの“女の日”という言葉で、臨戦態勢だった女将さんの表情が和らぐ。
「――なるほどねぇ」
「しかし、綿瓜が手元になく、またどこも品切れです。これは紛れもなく緊急事態なので、僕が代替品を作ろうかと」
「まずはシャワーを浴びさせておいで。一番近い空き部屋は103号室だよ。
あと代替品を作るくらいなら、ウチのをあげるよ! 世話になったんだ。それくらいはお安い御用さね」
「あ、わ、わたしはどうにか我慢するので、お気になさらずっ!」
「まあまあ、そう言わずに、ひとつだけでも持ってお行きよ。まったく無防備なんだろ?
アタシだってそんな状態のアレットちゃんを見捨てるほど、物に困っちゃいないよ」
「うぅ……ありがとうございます……」
「じゃ、ちょっと浴びさせながら待っててね。持ってくからさ」
そう言い残して女将さんは自室へと引っ込み、それから数分ほどで戻ってきた。
アレットには、その間に103号室に行ってシャワーを浴びてもらっている。
「ほら。あったよ」
俺は、ポンと放り投げて渡されたそれをキャッチした。
これは縦長の、布……?
「ありがとうございます。ただ、その、綿瓜とは違うようですが……」
アレットだったら知ってるのかな?
ウスティナのほうを見ると、彼女は曖昧な笑みを口元に浮かべて首を振るだけだった。
そうかご存じないか……。
くっ……俺が知っていれば買いに行けたのに。
財布の残金は……と、よし、まだ余裕があるぞ。あとで買いに行くか。
「アタシゃ専ら、この“ナプキン”を使ってるんだよ。綿瓜は結局、そのうち捨てなきゃだろう?
使い方は簡単。下着にボタンで留めるだけさね。ちなみに店売りはしていないから、代わりを買いに行っても無駄だよ」
見抜かれた!?
「……なるほど。これ、洗って使うんですよね?」
「そうさ。最低でも日に3回は洗わないと駄目だよ」
血液が付着した植物や、こういった布を繰り返し洗って使う……病の原因にならないだろうか?
資金繰りに難儀する下位の冒険者や、水源に恵まれない場所に赴く冒険者は、洗わずに使ってしまってはいないだろうか?
そこらの泉や湖、湧き水では不衛生な場合が稀にある。
そもそも活動を休止すれば良いという声もあるかもしれないが、独り身の、或いは望んで働いている女性にそれを言うのは酷というものだろう。
それに、時期が安定しているとは限らないから、急にやってくる事だってある筈だ。
その点、紙であれば持ち歩きにも困らないし、使い終わったら焚き火にくべてしまえばいい。
ナプキン……これをヒントに作ってみよう。
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