第18話:先生、怒りの閉会式
ルクレシウスは激怒した。
彼には政治が解らぬ。
けれどもヘイトやハラスメントに対しては、人一倍に敏感であった。
(全文パロるのは、ほら……なので一部だけ)
闘技場での試合は、順調だ。
ウスティナは早くも1人を倒し、もう1人に手を付けている。
アレットは途中、触手に両手足を縛られて法衣の下に着ていたスパッツをひん剥かれそうになったが、俺が咄嗟に“閃光付与”を行使。
下着が見えそうになった瞬間に光らせて、目が眩んでいる間に背後から股間を蹴り上げるなどして倒した。
ブーイングが酷かったが、知ったことか。
射手のディスランもよそ見をしている間に倒したし、これでウスティナがジョー・ゴードンと戦っている間に、俺がガイローンを倒せば勝てる……。
いや、勝たなきゃいけない。
再び、剣を交える。
正確に言えば、俺は両腕に“反発付与”と“無痛付与”を施す事で剣の代わりにしている。
相手の剣がぶつかる瞬間に弾くから、骨にはダメージが行かないという仕組みだ。
「やるじゃねェか、ボウズ。俺を差し置いて、2人もノしちまうとはよ。
正直なところ、腕もないのに粋がってるのかと思っていたんだが、見直した」
褒められても、ちっとも嬉しくない。
なんでそんなに上から目線なんだ?
「ところで、まだ二人とヤッてないのか? そんだけ強けりゃ惚れられてるだろうよ」
「そういう間柄じゃないので」
「せっかくモテてるんだから、さっさとヤッちまえよ。男なんだろ? それともお前、男のほうが好きなのかァ!?」
ガイローンは、大げさに自らの肩を抱くポーズでからかってみせた。
「謝罪して頂きます」
「あん? オメーをからかった事か? 冗談なんだから、さらっと流さなきゃ、やってけねぇぜ」
「二人をモノ扱いした事、それから同性愛の人達を侮辱した事だ!」
「なんでだよ? そういう振る舞いをするから誤解されるんだろうがよ? 男なんだから、もっとしゃきっとしろ」
……この野郎。
短縮術式呼び出し……対象を自身に設定。
――“俊足付与”!
“筋力付与”!
――続いて、対象を右手に設定。
“推力付与”!
「……後悔しろよ、老害」
「なッ!?」
一気に距離を詰めて、勢いを込めて掌底。
推力付与によって、相手はかなりの距離を吹っ飛んだ。
「が、っぐぅ……!?」
あとはガイローンのもとへ歩いて行く。
奴は尻餅をついた姿勢のまま、剣から何度も光波を出してきたが、俺はそれをひとつずつ掴んでは捨てた。
「ば、馬鹿な! デタラメだ!」
「……」
「ひ、ひいいい! 来るなぁああ!」
「お前なんか、この一発で充分だ」
掴み上げるのも惜しいから、足で顔面を蹴飛ばした。
一発で気絶させて、俺は試合を終わらせた。
◆ ◆ ◆
試合が終わって、閉会式だ。
互いの健闘を称え合うのが通例らしいが、俺は納得行かない。
ディスランがウスティナに握手を求める。
「いやぁ、見直したよ。流石はAランク冒険者、ウスティナだ……いい試合だった」
「なるほど。褒められても嬉しくないな」
「……ははは、そうかい?」
たじろぐディスランの肩を、ガイローンが叩く。
「弱すぎたんだ、俺達が。もっと上を目指さないとな。次やり合う時は、楽しみにしていてくれよ?」
爽やかな笑顔を浮かべ、彼らは俺達を口々に称賛した。
それはスポーツマンシップに則った、紳士的な態度でもあるのかもしれない。
――……そんなもので、誤魔化されてたまるか。
なんで謝らないんだ。
なんで、そんなに平然としているんだ。
もう我慢出来ないぞ。
「――まずは二人に“ごめんなさい”だろ? 悪いことしたら謝るのが基本じゃないのか?」
「えッ……いや、もう過ぎたことだろ!? ボウズ、そりゃ神経質すぎるってもんだ!」
は?
「なんで、無かった事にして“いい試合だった”なんて綺麗に終わらせようとしてるんだ?
ウェイトレスのスカートめくりを黙認したのもあんたら。 逆恨みしたギルド職員と結託したのもあんたら。
俺達に説教しに来たのも、馬鹿にしたのも、あんたらじゃないか。その年まで何して生きてきたんだ?」
まずい、口が抑えられない。
「ディスラン! ネクロマンサーの捏造、忘れたとは言わせないぞ。あんたがああいう事をすると、他のハーフエルフの印象も落とすんだ!
あんたは、あんた達全員に対する偏見に確証を与えちまってるんだ!!」
「う……」
「ゲルホーク! うちのアレットさんをショーの見世物にしたな……ルール違反でないにせよ、あれが大人のすることか!!」
「は、はひ……!?」
「ガイローン! アレットさんとウスティナさんをモノ扱いして、同性愛者も侮辱した!」
「ひッ……ふ、不快にさせた事は謝るから!」
「不快にさせた、だと?」
何も解ってない……何も解ってない!!!
「俺が、俺自身の手で、お前らに大人の責任ってもんを教えてやろうか?」
「「「「……ごめんなさーい!!!!」」」」
ふと、腕をギュッと引かれる。
「――先生」
「え? あ、はい。どうかしましたか?」
「これ以上は、もう大丈夫ですよ。この人達は、きっと充分、怖い思いをしたと思います」
見れば、最初はあれだけ説教する気満々だったこいつらは……。
肩を寄せ合って、ガタガタと震えることしかできなくなっていた。
「アレットさん、申し訳ない……あなたにも怖い思いをさせてしまいました」
「大丈夫。怖くないですよ。わたし達の為に怒ってくれているのは、解りますから」
だと、いいんだけど。
「わたしが言おうとしていたこと、代わりに言ってくれてありがとうございます」
汗ばんだ背中をぽんぽんと叩かれて、俺は自分で思っていたより熱くなっていた事をようやく自覚した。
感情が冷静さを取り戻していくにつれて、観客席から聞こえてくる拍手の音が大きく聞こえてきた。
黒騎士達の半分くらいが、顔覆っていた兜を脱いで、立ち上がった。
彼らは皆一様に、黒や褐色の肌の色をしていた。
今この一瞬だけでも素顔を晒せる……いつか、ずっと見せられる日が来てくれたなら。
「なあ、くそオヤジ共……観客席が見えるか? あんたらがあぐらをかいていられる時代は、もう終わりなんだよ……。
デナーシュ・ドーチックとあのギルド職員は、罪の報いを受けるだろう。あんたらも3つの約束、大人としてしっかりと履行して頂くからな」
「「「はい……」」」
少しずつ、課題を片付けないと。
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