幕間:謳われざる種火
今回はウスティナ視点です。
「――ふんっ」
錐揉み回転しながら飛んで行くダガーが、雨のように降り注ぐ矢を弾いていく。
その際に発生する安全地帯で牽制していけばいい。
少しずつ距離を詰めていくとしよう。
このバトルフィールドに張られた力場は、致命傷を無効化する。
王都に程近く、また治安もそんなに悪くないロビンズヤードであればこその設備だ。
矢が頭に刺さっても気絶するだけで死にはしないが、痛いことには変わりあるまい。
であれば、避けるべきだろう。
「天下のAランク冒険者様がブルってんの!? やっぱり女は粋がるもんじゃねェよ! なっさけねぇーなァー! ヒャハハッ!」
この者の名は、ディスランといったか。
矢に魔術的な処理を施す事で射出後に分裂するという仕込みを入れておくという入念な準備については評価に値する。
周辺の被害を顧みない放出ぶりは、闘技場だからこそだと信じたいがね。
今こうして目の前にいる大男、ジョー・ゴードンは重装備の鎧ゆえ貫通しない。
そして射線に他のメンバーもいない。状況が変化した時が怖いな。
避けながら位置関係を確認しておくか。
ルクレシウス ガイローン
私 ジョー ディスラン
アレット ゲルホーク
――こんなところか。
ちなみに身体能力補助系の付与術は、私は遠慮しておいた。
その分の魔力はルクレシウス本人と、アレットを守る為に使って欲しいからだ。
ジョーは大笑いしながらハルバートを振り回す。
「ウハハハハ! どうした、逃げてばかりではないか! 根性が足りんぞぉ!?」
私は宙返りとサイドステップを交えながらダガーを投げて、二人を牽制する。
動きの傾向が掴みきれないうちは、まだ勝負を決めに掛かるわけには行かない。
焦らず、確実に。
弱らせて、じっとりと攻め立てようじゃないか。
「ぬぅん!!」
――ガィィィン
ジョーの一撃で、地面が抉れる。
威力はもはや語るまでもないが、代償として大ぶりで大味。
放って置くか。
ディスランを片付けるほうが先だ。
或いは、魔術師のほうをどうにかしないとな。
奴は絶対、何かをやらかすぞ。
「――わあ!?」
むむ。アレットが、魔法陣から出てきた触手に掴み上げられて、藻掻いている。
思ったそばからこれか。
「さあさあ皆さんご覧あれ! これより始まりますはパンツの色クイズ! お客さん同士で賭けてみてね~!」
「さ、最低ですッ!」
「ほーらほら、降参するかぁ~? しなきゃどんどん脱がせちゃうぞ~?」
「ギャー!! お嫁にいけなくなるぅうううう!!」
触手はスカートを捲りあげ、スパッツを少しずつずり下ろしていく。
そのたびに観客席からは「おお!?」だの「ヒュー! いいぞ!」だのといった、下卑た歓声が響いてきた。
呆れるよ。ここは娼館ではないのだが。
しかしルクレシウスは、彼女が陵辱される様を黙って見過ごすほど、臆病でも愚昧でもない。
私が手を出すまでもなく、彼は真っ先に動くだろう。
感情の凍りついた私とは違って、彼は優しさゆえに烈火の如く怒るのだ。
さて。
あわやアレットの下着の一部が見えそうなところで、その仕込みは機能した。
アレットのスカートの下が、強い光を放ったのだ。
「ぐおぉお!? ま、まぶしい!!」
魔術師ゲルホークが目を眩ませている間に、ルクレシウスは背後から超高速で駆け寄り、回し蹴りを彼の股間に叩き込む。
続いて、膝の裏からローキック、そして奪った杖で後頭部を強打した。
嫌な音を立てて、ゲルホークは顔面から土に転んだ。
触手は魔術的な制御を受けて動く代物だったらしく、ゲルホークの意識が離れた事で触手が灰になった。
私の足元に矢が飛んでくる。
ディスランの仕業だ。
「ほらほらオバサン! いつまでもよそ見してていいのかよ?」
「貴公のほうこそ」
「あ? そんなん騙されれれェエ――」
――暴風のごとき勢いで、ルクレシウスがディスランの襟首を掴んで引きずりながら走る。
「ひゃっ、やめ、うわああああ!!」
更にルクレシウスはゲルホークももう片方の手でつかみ、二人を闘技場と観客席を隔てる壁に投げ飛ばした。
壁面に激突した二人は、それきりピクリとも動かなくなった。
因果応報とはまさにこの事である。
ふむ。拍手喝采、拍手喝采。
残るはリーダー格のガイローンと、私の目の前にいるジョー・ゴードンだけだ。
「ふん! 根性が足りんなッ! 大抵の敵は根性があればどうとでもなるのだァーッ!!」
どうにも、彼らは(普段の仕事ぶりに比べて)我々を侮っているように見える。
「来い、凡骨」
私は剣を下ろし、左肩を相手に向けて、挑発した。
気合と根性ではどうにもならん壁があるという事を、教えてやろうじゃないか。
「後悔するなよ!? ぬおおおおおッ!!」
「――獲った」
私はすぐさま剣を奴の足元に転がし、ジョーのハルバートを横に掴んで抱え、大股に足を開く。
そして、持ち上げた。
「ふんッ」
「ぬお、おおおおぇぇええええ!?」
馬鹿正直に武器を保持し続けるとどうなるかと言えば。
ブォン――ズシィイイン
細身の女に放り投げられて気絶した大男、という構図が出来上がるわけだ。
「貴公らには偏見から脱却せんとする反骨心が足りなかったな」
残すはガイローンだけだが、ルクレシウスに任せたほうがいいだろう。
そうら。
観客席には黒騎士達が少しずつやってきて、我らを見守ってくれているぞ。
たかが野良試合などではないという事を、ようやく嗅ぎ付けたようだ。
……私と同質でありながら、私が今まで目を背け、見捨ててきた者達。
私の諦観の、犠牲者達。
「……」
もはや彼らは私を待ってなどいないか、私がかつて抱いた志など忘れ去られているのだろう。
けれど。
もう一度、やり直せるなら。
己の感情の大部分と共に捨て置いたあの挟持を、再び手に取る事が赦されるなら……。
ルクレシウス・バロウズ。巡り合わせてくれた、アレット。
貴公らならば、この世界に掛けられた呪いを解いてくれる気がしてならないのだ。
貴公らはいわば闇を照らす光の、その種火だ。
寒風の中にあっては容易く吹き消える種火を、私は両手で守り続けてみせる。
遠からぬうちに灯火がやって来よう。
差し当たって、私の我儘に付き合ってもらった点については、当日中に返礼せねばな。
……などと考えている間に、勝負は決まった。
勝者はもちろん――
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