第2話:先生、馬車に乗ります
本日はこれに加え、更にもう1話投稿予定です。
心残りはある……けれど。
「もう行かないと」
自分自身に言い聞かせて、俺は旅に出た。
教師になった時にギルドの登録を解除しなきゃいけなかったから、今は初期のFランクからやり直しだ。
けれどギルドカードの裏にあるスキル配分診断結果には【付与術士:Sクラス】の文字が刻まれている。
なんとも、いびつじゃないか。
異端者の烙印を押された俺にはよくお似合いなのかもね。
山の付近で暴れている魔物を討伐するという依頼を受けた。
俺は目的地に向かうため、大人が20人くらい乗れる大きな乗合馬車を幾つか乗り継いで移動する。
なぜかって、この馬車なら運賃が安いからだ。
終始ずっと徒歩だと時間が掛かりすぎるし、迅脚付与は30秒ほどしか持たないから魔力がもったいない。
それに、馬車の乗客の話を盗み聞きするのは、最も手軽な情報収集の一つだ。
今のところ、有益な情報は何一つ無いけれど。
「オギャア! オギャア!」
赤ちゃんの泣き声が響く。
馬車に乗り合わせている女性は、この赤ちゃんを抱えている人の他には数人。後は男性だ。
けれど老若男女様々な人達が、顔をしかめて「うるさいなあ」とか「早く泣き止ませろよ」「魔物が来るだろ」とか身勝手な陰口を叩いている。
あまつさえ「子連れ女が一人かよ。未亡人か?」「口説いてこいよ」「やだよ、あんなババア」だのと下衆の勘繰りをしだす輩まで現れた。
御者とその護衛も、どう対処していいか解らないようだ。
魔物の大発生が収束してからもう70年も経とうとしている。
にもかかわらず少子高齢化が進んでいるのは、こういった人達への教育がまともに行われてこなかったせいだ。
……観察することおよそ8秒。
誰も動かないのは知ってたよ。
だから、俺が行く。
俺は周りの下衆共を睨んでから、ママさんのところに近付く。
まずは赤子に挨拶だ。
「あらあら、大丈夫ですよ~」
「ほぎゃあ! ほぎゃあ!」
駄目か……でも糸口はつかめた。
「ああ、ごめんなさい。この子ったら、ちっとも泣き止まなくて……!
おっぱいあげたばかりだし、おしめも変えたのに、どうしちゃったのかしらねぇ」
「この辺りの気候は、どうしても寒くなりがちですよね。ちょっと暖かくなるおまじないをしてみましょう……」
対象を設定……――
温熱効果発生範囲を設定……――
必要魔力量、算出完了……――
「温暖付与」
あと赤ちゃんの目の前で変顔もしてみる。
「キャッキャ!」
「よし、これでしばらくは大丈夫でしょう。すぐにお力になれず、申し訳ありません。心細かったでしょう」
「いえいえ! ありがとうございます! 世の中が、みんなアンタのような優しい人だったら良かったんですけどねぇ。
まったく、ウチの亭主も見習って欲しいよ……」
「ハハハ……旦那様についてはノーコメントで。面識がありませんからね」
ところで亭主――つまり夫がいるって事だね。
下衆の勘繰りは、ものの見事に外れたわけだ。
俺が周囲に視線で訴えると、さっきまで陰口を叩いていた連中は恥ずかしそうに顔を背けた。
何やってんだ、悪いことしたなら謝れよ。
「――みんな、掴まれェ!」
けれど謝罪の機会は、まだ先になりそうだった。
馬車が急停車した。
俺は窓から外を見る。
あれは、大角鬼熊だ……。
大角鬼熊に押し倒された少女が一人、木の盾と中型のクロスボウで応戦している。
が、王国の国教――“輪星教”の法衣である紺色のワンピーススカートはあちこちが破け、血が滲んでいた。
このままでは確実に死ぬ。
短縮術式呼び出し……対象を自身と、仮称:巡礼者に設定。
――“俊足付与”!
続いて“障壁付与”!
“漸復付与”!
“筋力付与”!
そして、俺は大角鬼熊の顔面目掛けて跳躍。
ドロップキックを食らわせる。
「――!! GUAAAAAAHHHH!!」
吹き飛んだ大角鬼熊は、何度もきりもみしながら転がっていき、大木にめり込んだ。
間一髪だ。
「ふぅ……」
だが、油断はしない!
振り向いて声を掛ける。
「大丈夫ですか、そこのきみ! 今すぐ馬車の中に逃げてください!!」
「う、うぅ……」
立ち上がるのもままならないくらいに消耗しているのか……!
まずいな。
「御者の護衛さん、今すぐその子を連れて、馬車へ!」
「ああ!」
「GURRRRRR……」
起き上がった大角鬼熊は対象を俺に変えたらしい。
奴はへし折れた自慢の角を放り捨て、口元から煙のような息を吐いている。
それでいい。
俺がお前のターゲットであると同時に、お前は俺のターゲットでもあるんだ。
何故なら討伐依頼の対象は、お前なのだから。
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