幕間:ミゼール・ギャベラーの鬱積
サブタイトルの通り、今回はギャベ公もといミゼール・ギャベラー先生の視点です。
「ミゼール・ギャベラー先生? 本日の会議資料をお持ちしましたわよ」
医務室で、俺の名を呼ぶ女の声が聞こえてくる。
俺は、まだ痛む右腕をさすりながら、ベッドから身を起こした。
何せ右腕が、壁に二の腕までめり込んで、その辺りの骨が粉々になった。
あの野郎の挑発にさえ乗っていなけりゃ、今頃、俺は――!
「うっぐ……ああ。い、今、行くよ。マデュリア先生……」
カレン・マデュリア。
魔道具学科を担当する女教師だ。
女でありながら、32歳にして学科の主任教師に上り詰めた。
だが、俺はこんなプライドが高いだけの、子宮を腐らせた年増女なんぞ御免こうむる。
俺は【魔道士:Aクラス】だが、この女はせいぜいB止まり。しかも即効性の無い、魔道具製作者なんて職業だ。
そのくせ訳知り顔で「物を知らない女と思われるのは癪ですわ」などと嘯いたりなんかして。
賢しげに振る舞ってはいるが所詮、女は女。
好き嫌いと優劣の区別が曖昧で、感情論にそれらしい口実を付けているだけだ。
まぁいい……こんな奴を差し向けた決定には疑問が残るが、それはそうとして会議資料を受け取ろうじゃないか。
「ご苦労」
「いえいえ。早くお戻りになってくださいね? 生徒一同、そして教師一同、心配しておりますのよ」
「ああ」
「それと、あなたさまの講師代行をされている魔術基礎学科のワイアッツ先生が、たいそうお嘆きでしたわよ。おたくの生徒さんは手に余るって」
「ちッ……」
「プライドばかりが高くて、少しも言うことを聞いてくれないのですって。誰に似てしまわれたのでしょうねぇ……くすくす」
ちくしょう!
この馬鹿女……相変わらず厭味ったらしい事を抜かしやがる!!
こっちがまともに動けないのをいい事に!
反撃だ。
「そんなだから嫁の貰い手に困るんじゃないか? マデュリア先生」
ピシッ……。
そんな音がして。
空気が冷え固まり。
「ギャ・ベ・ラー・先・生?」
口元は笑っているが、目は本気だ。
「わたくしの考えた拷問椅子の実験台になって頂けてもよろしくてよ?」
「悪いが御免こうむる。俺はさっさと右手を治して、やつの……ルクレシウス・バロウズの尻尾を掴んでやるんだ」
「あらぁ……そっちの“ケ”がお有りで? 理事長の耳に届いたら、どうお思いになられるかしら! っふふふ……」
「――!? きっ、気色悪いことを言うな!」
「冗談ですわよ。ここ数日は、今まで報告の無かったいじめが、何故か生徒主導で署名運動騒ぎにまで発展していますのよ。
ストレスばかり溜まって嫌になってしまうでしょぉう? だからぁ、たまにはこうして発散しないと……」
よりにもよって、そのサンドバッグを俺に選びやがるとは!!
サンドバッグ役はビロウズ君、テメーの専売特許だっただろうがよ!!
くそったれ……こんな事になるんだったら、罷免決済書にサインなんてするんじゃなかったぜ……。
あいつは生徒のことになると喧しいが、テメーのことには鈍感だった。
だからサンドバッグ役には丁度良かった。
さて“後釜のビロウズ君”は探すのが難しいぞ……。
召喚術学科のオニールなんかはどうだ? すっとろい性格だし、こっちが強く出りゃ丸め込める。
だが近接魔術学科のホプキンスとつるんでやがる……あいつは駄目だ。報復が怖い。
……くそ、悩ましいな。
ちょうどいいタイミングで教師側にサンドバッグが入ってこないかな。
替えの利く、わざわざやる必要のない、付与術士みたいな奴が!
「そういえば、聞きまして?」
「何だ?」
「あなたがお熱のバロウズ先生ですけれども、3日前に逮捕されたそうですよ。何でもネクロマンサーと良からぬ事をしたとか……はい、号外」
「どれどれ」
手渡された新聞を見れば、おお、確かにそこにはルクレシウス・バロウズの名が。
よりにもよってダークエルフのネクロマンサーを拾ったとは!!
「……ぶはッ、ハーッハハハハハ! あいつ間抜けにも程があるだろー!!
悪巧みをして国家転覆を企んでいたのか知らないが、バレないようにやらないからこうなる!」
「ええ! 学院で上手くいかないのですから、国を相手取って上手く行くはずがありませんわ! オーッホッホッホッホ!!」
正直、笑いが止まらない。
こんなにアッサリと自爆してくれるなんて、愉快なやつ!
お前に心酔してこの学院に楯突いたらしいというエミール・フランジェリクがこのニュースを見たらどんな顔をするのやら!
さぞかしいい顔で絶望してくれるんだろう。幻滅してお前のファンやめるかもな!!
――だが。
この時の俺は……いや、俺達全員が甘く見ていた。
ルクレシウス・バロウズの布石と、それによる逆転劇を。
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