第103話:これが、先生の決着です
「――まかり通るぞ!!」
そう宣言して先頭を切る王様と、その後ろから家臣や近衛騎士団がぞろぞろとやってきた。
「陛下、自重してください! 一体何を!?」
「余は、確かめねばならぬ!」
グイグイ来るなぁ。一応、議会制とはいえ国を象徴する立場なのだからもう少し、こう、命を大切にして欲しいのだけどな。
「――セプテミリウス!」
「これは国王陛下。わざわざ学院にご足労いただいた挙げ句、下の騒乱を御自らご覧じて、ようやく今になって挨拶とは」
この理事長、元気だな。
まだ悪態をつく余裕があるのか。
「下で捕縛した生徒達から聞いたぞ。此度の騒乱、お前が仕組んだのだな!」
「それを誰が証明するというのだ? 傍目に見れば、気に食わぬ事を暴れているだけではないか。そんな輩の為に法を曲げるのか? いつかの集会とて、こやつらが勝手にやった事だろう」
「あいや、どうだったかな……どうだったかな、大臣?」
「執務室で書類を確認しないことには」
「ハハハ! 儂が正しかったろう! それ見た事か! まずはそやつらの首に縄をかけろ!」
この野郎……。
届け出は出していたけれど、そんな細かい事まで王様が把握している筈がないだろう。
本題からずらすんじゃない。
「まずこやつらの道理が通っておらぬのだ。儂の是非を証明できる筈もあるまい」
証明、ね……。
まぁ、方法が無いわけじゃないよ。
本人が乗り気かどうかによるけれど。
俺がアレットに目配せすると、アレットはそっぽを向く。
ほどなくして、ちらりと横目で俺を見てくる。
「……わたしで良ければ審問官スキルがありますけど」
「良いのか?」
「魔王じゃない事が解ったんですし、別にいいでしょう?」
「……すまなかった。埋め合わせは必ずする」
「陛下! 陛下が頭を下げるまでもありません!」
王様が頭を下げるのを、家臣たちが止めようとしている。
そこは頭を下げさせておけよ。間違いである事が明白ならそれを謝罪する機会くらい与えておけよ。じゃなきゃ組織として示しがつかないだろ。
それは、ともかく……
「アレットさん。良かったのですか?」
「愚問でしょ。理事長を追い詰めるなら、王様だろうが何だろうが利用しますよ」
「ははは……言えていますね」
ノリが宜しくて何よりだ。
「天秤の星の御使いよ、我が右目に神眼を授け、今ここに調停の場を与えたもう……我らの流血が炎に呑まれぬよう、我らの落涙が草木を枯らさぬよう……」
アレットが詠唱するとと共に、右目が青白く光りだす。
「――審問公開!!」
「むッ」
アレットの右目がひときわ強く発光し、ガルデンリープ理事長の足元に同じ青白い光の魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣の内周に並んでいる、神を称える文章はそのまま……こういうのって信仰心とか術者の種族には左右されないものなのだろうか?
「おさらいしてみましょうか。この審問官スキルについて説明します。この魔法陣の中に立つ者の発言が本当の事なら光は金色に。嘘であれば赤色に変わります」
「ふん、魔王に堕ちた貴様が審問官を騙るなどと、片腹痛――」
「――そんなにお腹が痛いなら抉ってさしあげましょうかぁ? 物理的にぃ?」
「ほう。やるか? 良いぞ? 魔王だものなぁ?」
「「黙れよ、クソジジイ」」
おっと。
アレットと声がかぶった。
思わず顔を見合わせて、微笑んでしまう。
「……続けても良いか?」
「ああ、すみません陛下」
王様は、ゴホンと咳払いを挟む。
「……セプテミリウス! これは、王としてではなく、かつての友として問う! 此度の騒乱、そなたが――お前が仕組んだのか?」
「儂だとしたら何だというのだ?」
魔法陣が反応しない。
質問に質問で返したからだ。
アレットは、白磁のような血の気のない肌をやや紅潮させて怒りを露わにする。
「オイ~理事長さぁ~ん? 質問に質問で返さず、ハイかイイエで答えてくれますぅ!? オメーが黒幕かどうか訊いてるんですけどぉ~!? ずばり、お前、黒幕?」
「……」
「答えろよ!」
アレット、渾身のローキック!!
腰に重たい一撃を受けて、理事長はしばらく悶絶していた。
「うぐぐ……腰は、やめんか、腰は……」
「お前が騒ぎを裏から仕切ってたのか、って訊いてるんですけど?」
やがて立ち上がると、一言。
「……ああ、儂だ」
魔法陣は金色に光る。
つまり、理事長が嘘偽りなく黒幕だという事だ。
今まで一緒に戦ってきた仲間は、誰も驚かない。
「何故なのだ……不死の力でも求めていたのか……?」
「笑わせるな。不死の力など、俗人の嗜好よ。人は老いて、死ぬ。何人たりともその理を抜け出すべきではないのだよ」
これも金色……不死に興味が無いのも真実、と。
「では何故!?」
「魔王ゾディオストロ率いる旧魔王軍との大戦から、このクレイスバルド王国は目覚ましい発展を遂げてきた筈だった。だが昨今は、力を失いつつある。男は弱音をすぐに吐く軟弱者が増え、女は分を弁えず要求ばかりを連ねる。こんな軟弱な国に成り果てた……」
やれやれ。物は言いようだよな。
国力が低下し続けている中で、旧来の“殴る蹴る怒鳴る”を繰り返しても一向に折返しが見られないという話は各地でずっと言われていた事だった。
明日の食事すらどうなるかもわからないのに罵声に堪え続け、心を病んだ者達の大半がどのような末路を辿ったか。
敢えて粗末な装備でダンジョンに潜る“片道冒険者”が、それだ。
「力を取り戻すには、伝説が必要だった。力強い英雄の伝説が……万人が憧れ手本とすべき英雄の存在がな」
魔法陣は……赤く染まった。
「ふぐ、う、おおおぉ!」
嘘、と。
「元々はそのために作ったのではないのでしょう? わたしも、ダンも」
「……」
「いかなる理由であろうと英雄は必要だ」
魔法陣は、またしても反応しない。
質問に対する答えではないから、だろうか。
だったら俺にも考えがある。ストレスを与えてやればいい。
「どうせくだらないプライドを満たす為だ。それ以外の理由なんてついででしかない。違うか?」
「後世に残る伝説を残したいと考える事は、男なら当然であろう」
今度は魔法陣が反応した。金色の光……つまり、理事長は本当のことを言った。
伝説を残したい、そしてそれが男として当然の感情だと、本気で思っているという事だ。
そんな理事長の返答に、王様は驚嘆したらしく、素っ頓狂な声を上げる。
「年端も行かぬ娘を魔王に仕立て上げておきながら、何が伝説だというのか! 紛い物ではないか!」
「真実さえ明かされなければ、伝説は伝説のままで在り続けた。蒙昧な大衆は、心動かされるものさえあれば容易く有難がる。そういう風に出来ておるではないか」
「人の叡智を否定するのか!?」
「叡智などあるものか。貴様をこの場で殺して、そこの大悪党にでも殺されたと伝えてやれば、疑われもせぬ。儂が斯様な有様では、それも叶わぬがな」
「大悪党はお前だ、セプテミリウス!! 余は、友人だと思っていたのに!!」
「ああ友人だとも。今でもな」
これも金色だと。
友人と思っていてなお、そんな事が言える神経がよく解らない。
それとも理事長にとっての友人の定義が、俺とは大きく異なっているのだろうか?
王様は肩を落として、大きくため息を付いた。
息を吐き出すまでにどれだけの感情が渦巻いていたのかが伺い知れるが、その詳細まではわからない。
「……連れ出せ」
やがて小さくつぶやくように言うと、近衛騎士団が元理事長を縄で縛って運ぶ準備をし始めた。
元理事長は、俺を横目で見て目を細める。
「まだ、何か?」
「国に仇をなした身でありながら、結局は公僕を頼る。情けない奴だ。儂が若い頃は一人で片を付けたものよ」
すかさず、アレットが割って入る。
「――いや先生は王国大好きですから。あなたこそ牢屋の中でたっぷりと国家権力のお世話になりながら、この国の行く末を見届けてくださいよ。処刑よりしんどいんじゃないですか?」
だが元理事長は少しも意に介していないようだった。
「ルクレシウス。貴様の不甲斐なさに失望して抜けていった者達には報復せんのか?」
自分が話したい相手にしか、絶対に言葉を返さない。
そういうところが教育者としては三流だっていうのに。
「ついて行けなくなった人達を責めはしないし、また一緒にやっていきたいと思ってくれた人は歓迎するつもりだよ。お前とは違う」
「寛容と軟弱を履き違えておるな」
「厳格と狭量を履き違えるよりはずっといい」
「貴様らの世直しごっこに果ては無いぞ。解っているのか?」
……皆と顔を見合わせる。
まったく、このクソジジイはとんだ負け惜しみを吐き出してくれる。
「……伝説ごっこはお前がしてきた事じゃないか」
「だいたい社会が前に進むって事に果てが無くちゃいけないんですか?」
「ガルデンリープ元理事長のような輩共を引退せしめるのが私達の仕事の一つだろうな」
「古い価値観に押し潰されている誰かを助けねばなりませぬ」
と、まぁ……気が合う人達で集まっているから反論のベクトルもだいたい同じようなベクトルになるというワケだ。
悪いけど、絡む相手を間違えたな。ガルデンリープ元理事長。
今度こそ彼は、文字通りお縄に付いた。
これでようやく、決着がつく。
と、思っていたその矢先だった。
――ドサッ
俺のすぐ横で倒れる音。
「……アレットさん? アレットさん!?」
立膝で肩を上下させるアレットは、俺の呼びかけに応じてくれない。
そんな……一体どうしたっていうんだ……!?