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第101話:先生VSダン・ファルスレイ(決着)


 ホールは基部だけを残している以外は、殆ど原型を留めないほどに崩落していた。

 ダン・ファルスレイの、制御不能な力が招いた事だった。


 殆どの攻撃は俺を狙って撃ち込まれたものだが、ダンは怒りで我を忘れており、塵や瓦礫に付与術エンチャントを使用して簡易の防護膜にしていた事にも気付いていないようだった。


 ただ、この戦いの中でダンは星覇斬ゼノ・スレイブを無詠唱で出せるようになっていて、王立魔術学院周辺の被害はもはや計り知れないレベルに到達していた。

 それでもアレットが飛び回ってマジックミサイルでの相殺、また着弾地点には“静止ステイシス付与エンチャント”で延焼を止めている。


「はぁ……ッ……はぁ……ッ」


 立っている敵は、ダンだけだ。

 他の生徒達や教師達は、既に鎮圧・確保を完了している。

 エミール達はもちろん最初から協力してくれたし、途中から国防騎士団も来てくれた。


 ウスティナはその怪力で大暴れをしたし、ピーチプレート卿は怪我人の救助と治療に専念してくれた。

 いつも通りのことを、いつものようにやる。

 それを徹底してくれたから、まだ誰も死んでいない。



「やああ!! ふんっ! ちぇえああああッ!! ッらああああ!」


 ――ヒュン、パキッ、キンッ、カキンッ


 ダンの振り回される刀を、俺は裏拳で次々と弾く。

 そして……


 ――パキンッ……シュルシュルシュルシュル、カラランッ


 根本から折れた刀が、ホールの壁にぶつかった。

 ダンの脅威度は大きく下がったが、まだ油断はできない。


「……まだ、やるか?」


「まだだ……! 俺は、あああっ――がはッ、あッ……!」


 ダンは咳き込んで血を吐いてもなお、憎悪のこもった両目を向けてくる。

 無茶するなよ。俺は、お前を殺さない。

 たとえ斃れるまでやりあっても、止めは刺さないよ。


「アレットを、返せ……! 王国を、これ以上……!! うぅ……」


 ダンは俯せに崩れ落ちる。


「はぁ……はぁ……ッ、なん、で……嘘だろ、こんな……! 動け、動け……」


 両手に魔力を込めはしているが、光が僅かに集まって霧散したきり、何も起こらなくなった。

 ダンは、俺を見上げ、それから両手を見下ろした。

 見開いた両目は、冷静さを微塵も感じさせない。

 喉から漏れ出た吐息は「ひゅっ、ひゅっ」と短く途切れていて、これ以上は動けない事は明白だった。


「お前だけは、お前だけは……――」


「――頭を冷やせよ。ダン・ファルスレイ」


 くそっ……俺も俺で、思った以上に消耗が大きいようだ。

 額から伝わる汗は頬を滑り落ちて、雨の降り始めのように床を濡らした。


 ダンをゆっくり起こす。


「ダン……この国は好きか?」


「――ッ、悪いかよ」


「俺も好きだよ。好きだから、誇りある故郷であって欲しいから、駄目なところは変えていかなきゃ」


「……差別、なんて……他所じゃもっとひどいだろ」


「“これでいい”とか“他所はそんなに頑張っていない”とかで立ち止まったりして、目の前で苦しんでいる人達を見捨ててしまう理由にはならない」


「殺せよ……もう、生きている理由なんて、俺には無い」


 ここまでやって、責任の取り方がそれか? まだ痛みも恥も足りないのか?

 上手く行かないから、やけを起こして「もういい」と放り投げているようなものじゃないか。


「……覚悟が決まっているなら、もう一度やってみろ」


 ダンを抱きしめ、背を手のひらで撫でる。


「お前が誰にも許されなかったとしても、俺は……お前の償いを見守ってみせるよ」



 ……。

 …………。



 しばらく、沈黙が続いた。

 葛藤しているのか、理解に時間がかかっているのか。

 それとも或いは、精神が限界まで疲れて、何も考えられなくなっているか。


 けれど、やがて俺の手を通して、ダンの嗚咽が振動として伝わってきた。


「くっ、うぅ……」


 啜り泣く声と、そんなダンを見る周囲の視線に、俺は何も行動をしない。

 この後の流れを静観したかった。


「俺、なんで間違えちゃったのかな……どうすりゃ、良かったのかな……」


「……一緒に、考えような」


 嗚咽、しゃくりあげる声、鼻をすする音が、静かになったホールで響き渡る。

 ダン・ファルスレイはこの瞬間から、偽りの勇者でも、手に負えない怪物でもなくなった。

 ようやく、ただの少年になれたという事だ。



 アレットやエミールを含めた何名かは釈然としない表情をしていた。

 おそらく思うところは“もっと痛めつけても良かったのに”だろう。


 わかる。当然、わかっているよ。

 みんなが散々な目に遭わされた事は、俺だって承知している。


 心配しなくても、これから存分に罪を償わせる。

 ただし……あくまでもその範囲は、踊らされた結果として誰かを踏みつけた分だけだ。

 それ以上の範囲を求めるのは、筋が通らないと俺は思う。



「尋問室として使われていた講堂を発見、捕虜を全員保護しました」


 聖堂騎士団の一人が報告に来てくれた。


「シャノンさんは、リサと再会できましたか?」


「ええ、かなり衰弱してはいますが、命に別条はありません」


 そう言って指し示してくれた方角には、救出された人々と、慌ただしく駆け回る治療師達の姿があった。



 事前の作戦会議では、数日間ここで拷問を受けていたシャノンが救出作戦へ優先的に参加する事になっていて、実際にこうして積極的に動いてくれた。

 シャノンは拷問部屋の位置を知っていたし、何よりシャノンはリサをずっと心配していた。



 それと――


「――オスカー。当然、お前にも責任をとってもらうぞ。違法薬物について研究したという嫌疑が掛かっている」


「……」


 何か言えよ。この騒動の一端を担った……いや、もとただせば殆どその発端だったという自覚は無いのか?

 股間を失っただけじゃ足りないか?

 まだ両腕と口もあるぞ。お前に残しておくと、女性を傷付けるリスクがある。


「す、すすすす、すみ、すみませんでしたあああああああ!!!」


 絶叫そのものと言える謝罪と、全身全霊の土下座だった。

 あと、微かに小水の香りも漂ってきた。失禁したのか……


「あ、っぐ、はぅ、ぐ……い、痛い、痛い痛い痛い……!!」


 うずくまり、脂汗を流している。腐れ落ちた患部がしみているらしい。

 よく見ると、尿には血まで混じっている。


「うぅうう、痛いよ、痛いよぉぉ……助けて……」


 う~ん。その痛みを想像するだけで、背筋が凍る思いだ。

 とはいえ……それは、こいつが今まで手出しして泣かせてきた女子生徒の事を鑑みれば、むしろまだ足りないくらいだ。


「誰か、手当てしてあげてください」


 俺は、投げやりに助力を請う。

 国防騎士団の衛生兵たちが、おずおずと近づいて手当てを開始する。

 蛇咬石じゃこうせきの毒性は、粘膜接触した男性器をピンポイントで腐敗させるという凶悪さを誇るが、非常にマイナーな毒薬で、詳しい事はあまり知られていない。


「ヒルダさん」


「やーだよ。恩を売っておいて逆らえなくするって話でしょ? 衛生兵さんには手順を書いたノートを渡しといたし。ほっときゃいいよ」


「それなら大丈夫ですね……さて」


 ホールでは見かけなかった、あいつら(・・・・)を探さないと。


 ……ホプキンス。

 それと、理事長。


 ケリを付けなきゃならない。

 お前達が何のために……こんな事をしたのか。

 何もかも暴いて、白日の下に晒してやる。



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