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幕間:灯火の帰りを待ち侘びて


 私は、貴公らの帰還をずっと待っていた。



 魔王が現れたなどと巷で騒ぎになった時、我々のような肌の色をした者達はまたたく間に偏見の目で見られた。

 王都でも、僻地でも。富める者も、貧しき者も。


 ――かつても、今回も。


 人間達の中でもとびきり心無い輩どもが、呪いの言葉を吐きながら我々を迫害していく。

 棒で打ち据え、逃げる者達を縄で縛る。


 グルツェルの見開いた双眸は恐怖で涙が溢れそうになっていた。

 私はまるで、胸に大槍が穿たれたかのような痛みを受けた。


 こんな光景を見たくはなかったから、私は今までずっと頑張ってきたのに。

 今度こそ、と一縷の望みを抱いていたのに。


 名も知らぬ粗暴な男がグルツェルの前髪を引っ掴んだところで、私はその男を殴り倒した。


 ――『いいだろう。私が魔物を倒して回る。王都には毎日のように魔物の死体を届けよう。それを以て、人類へ敵意が無い事を証明する』


 私の発言で、たちどころに混乱は収束した。

 そうだろうさ。誰だって、魔物モンスターは怖いよな。

 いつ尽きるとも判らぬ備蓄を細々とやりくりして、いつまでも尽きぬ魔物と延々戦い続ける毎日など、できることなら誰かに押し付けてやりたいよな。


 私が引き受けよう。

 だから――


 ――『だから、これ以上、私達を迫害しないで欲しい』


 もはや、単なる懇願だった。

 数多の魔物を屠ってきた百戦錬磨の戦士とやらが、こんな情けない言い回しで頼み込むのだ。

 迫害する側からしたら、こんなに滑稽な事も無かろうさ。



 その場は収めて、私は正門前へと移動する。

 道中、グルツェルが駆け寄ってきた。


 ――『スレイドリンさん! あんな奴ら、守る価値なんてありませんよ!』


 ――『彼奴らが貴公らに狼藉を働いた事を、水に流してやるつもりはないよ。だが然るべき着地点が見つかるまでは、一時休戦だ』


 それでも、グルツェルを始めとする黒エルフ達は複雑な胸中のようだった。

 皆一様に、深刻な面持ちをしている。


 ――『ここで争えば、要らぬ犠牲を強いる事になろう。すまないが今この場でだけは、報復は棚上げさせてくれ』


 言外に“つまりはいつか報復する”という旨を含ませる。

 私とて、こんな非常事態に乗じて排外主義を取ろうとする輩を許すつもりはなかった。



 他に頼れる人は、いない。


 ルクレシウスは、魔王と化したアレットに連れ去られたという。

 ピーチプレート卿とエミール、ヒルダ、クゥトは、行方が判っていない。

 シャノンは捕らえられ、拷問を受けている。


 私がシャノンのような処遇を受けていないのは、おそらく私の掴んでいる情報量が彼奴らの期待するほどではないからだろう。

 加えて、拷問で消耗させるよりも表向き「私達は友誼を結んでいる」と周囲に示しておいたほうが、その事実が魔王軍による混乱が収束したあと有利に働く。


 単なる、使い道の差ではなかろうか。


 私は自分の意志で、あの場では人間達に物理的な報復を行わないと告げた。

 ただ……もしかしたら結局、それもまた彼奴らの思うつぼだったのかもしれない。


 だが、これ以上、どうしようというのか。

 私には、もう何も思い浮かばなかった。


 耐える、耐える、耐える。

 石を投げられても、脛の裏側を蹴られても、泥水を掛けられても。


 私は、種火ルクレシウスの帰還を待ち侘びた。



 その間も、黒騎士達は続々と私に合流してくれた。


 ――『あんただけに苦労はさせられない』


 ――『おこぼれにあやかりたいだけじゃねぇか?』


 ――『痛いところを突かれちまったな! ハハハ!』


 時には命を落とす者もいた。

 的はずれな言い掛かりを付けてきた輩も、いないわけではなかった。


 ああ、わかりきっていた事さ。

 セルシディアの街で会ったヴェラリスも「親切とは賭けだ」と言っていたが、その通りだ。

 私はとてつもない額を、当たるかどうかもわからない番号に賭けている。

 結果が出るまでに随分と掛かる賭けだが……一生に一度くらい、そういう事をしてもいいだろう。




 そうして、どれくらいが経っただろうか。

 王都に湧き出た魔物達を、探しては狩り、探しては狩りを繰り返してきた。


 魔物の発生源が何処なのかが、ここからだと特定できない。

 数日かけて殲滅できたかと思えば、あっという間に元通りの数がやってくる。


 討伐軍も細分化・少数精鋭化して、当初よりずっと細かい人数単位で動くようになった。

 もはや私が演説などして率いるまでもなかった。



 王女が王都に帰還する、王国全土で魔物の出現数が著しく減っている、などといった明るい報せが増えた。


 一方でダン・ファルスレイのパーティからは綻びが見えた。

 ローディという少女が孤立していたのだ。


 ある日には、エミールが王立魔術学院の生徒達を荷車に乗せて来た。

 連れられてきた生徒達は男子ばかりで、誰もが股から血と腐臭を流していた。

 その原因を作ったのは、ダンのパーティメンバーであるドワーフの少女だという。




 そして、その日は来た。

 私は、エミール・フランジェリクを門前払いしようとしていた。

 対するエミールは、何が何でも学院の敷地内に戻るつもりだった。


 気持ちはわかる。

 かつてのよしみも、学院の生徒を保護した功績も。

 だがそれでも入れるわけには行かなかったのは、彼が学内の者達に害をなしかねない以上、それをみすみす通しては学院側との約定を反故にしてしまうと思ったためだ。


 ただし。

 私が全力で戦った末に敗れるなら、それでいい。



 ……が。思っていた展開には、ならなかった。


「はい、そこまで!」


 そう放たれた言葉の、声の主。


 謳われざる種火が、ようやく戻ってきた。

 炎獄の記憶が、ようやく報われる日を迎えたのだ。


「ようやくお出ましか、ルクレシウス」


 しかも、国王や王女まで連れてだ。

 他にも仲間がたくさんいる。

 聖堂騎士団。

 王室近衛騎士団。


 うち何人かの見知った顔ぶれ――シャノン、グレン、フラン――までもがアレットに続いて魔物へと変生させられているものの、引き返せる(・・・・・)程度に留まっているのは不幸中の幸いといったところか。




 ひと悶着ある再会は、傍目には感動とは程遠いのだろう。

 それでも、私にとっては……


「ルクレシウス・バロウズ」


「はい」


 世界を照らす灯火よ。

 私は、貴公らの帰還をずっと待っていた。


 今度こそ成し遂げてくれ

 私にも成し遂げさせてくれ。

 もう二度と、あんな思いをしたくはない。


 ……こっ恥ずかしくて言えないな。こんな、歯の浮くような台詞は。


「今後も頼んだ」


「こちらこそ。急にいなくなってしまい、申し訳ありませんでした」


「良い、構わんさ」


 少しバツの悪いといった様子で距離をとっているピーチプレート卿を、私は抱き寄せた。


「成し遂げよう。皆で」


 欺瞞の自家中毒を起こしている連中を、根こそぎ治療してやろう。

 呪われた世の中も、それでずっとマシになる。



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