第98話:先生一行、学院に到着す
前回からどえらく期間が空いてしまい申し訳ございません。
スランプが極まってしまい、なかなか筆が進まずにいました……!
戦乱にあえぐ無辜の民、その中で狼藉を働く無法者達……俺の心は容易くこそげていった。
俺のせいで、こんな事に……俺が、おとなしくしてさえいれば……――とは、ならなかった。
ここまでやって、すべて俺のせいにして、あとから「おとなしくしていればこんな事にはならなかったんだぞ」なんて後ろ指をさそうとする意図が透けて見えて、そんな浅ましさが許せなかった。
きっと奴らはそんな俺の胸中を「被害者ぶっているのか?」と嘲笑うのだろう。
俺は付与術で聴覚を強化して、周囲の物音を探った。
「バロウズ……あの男のせいで……」「魔王を覚醒させるとは……」
「なんだあの魔物の女どもは……」「この国をめちゃくちゃにしやがって……」
「魔物だけじゃなくておかしな奴らまで出てきた」「この国はおしまいだ……」
言いたい放題だけれど、俺の事を悪く言う分には別にいい。
だがアレット達を悪く言うなら、密やかに反撃する事も辞さない覚悟だ。
「こんな時に勇者様は何をしているんだ」「女遊びで火傷して、身動きが取れないらしいぜ」
「ドワーフの女が、浮気の証拠隠滅のために間男を毒殺して回ったと聞くが」「いいや、キンタマを腐らせる毒だ。死には至っていない」
「男としては死んだようなもんだろう」「ひでぇ女だな」「さらし首にしてやろうぜ」
……。
真相を明らかにするまでは、そっとしておこう。
遠くのほうに見える学院の門は、固く閉ざされていた。
その入口では、ウスティナとエミールが臨戦態勢で睨み合っている。
ウスティナは、鉄仮面を顔につけておらず、マントの留め具に使っていた。
エミールの後ろには、ヒルダやクゥト、それにドワーフの女の子も控えている。
(本音としては毒をバラ撒いた事について詳しく知りたいが、あのドワーフの女の子と話をしたことが全く無いからな……)
ここから一体、何が始まるというのか。
俺は皆をこの場に待機させ、門へと急ぐ。
「ボク達は味方同士ではなかったんですか!?」
「状況が変わった。貴公を学院に入れれば、混乱が拡大する。ダンに訊きたいことがあれば、私が経由するぞ。理解してくれ」
「あなただって、奴には思うところがあるでしょう!? あいつは一度ぶっ飛ばさないと駄目だ!!!」
「断る」
「くッ……オスカーを搬送したのはボク達だぞ!? 非合法な報復手段に訴えず、理性で考えた!」
「だが奴を最終的に収容したのは私と学院であり、オスカーを病床に伏させた原因はそこのドワーフの女だ」
「元はと言えばオスカーとダンがしっかりしていたら――」
――ガチンッ
エミールの言葉を遮るようにして石畳に大剣の切っ先が叩きつけられる。
重量のある金属が火花を散らす様子は、
「水掛け論はここまでにしよう。不服ならば力でまかり通るが良いさ。非常事態ゆえ、咎め立てする者はいない」
「そんなに戦いたければ……黒焦げにしてやる!!! お師匠様の仲間とて、容赦などするものか!!!」
「その意気だ。お仲間の手を借りてもいいぞ」
ウスティナは、エミールの背後に控えるヒルダとクゥト、それからドワーフの少女を手で指し示した。
対するエミールは一瞬だけ悩むような仕草を見せたが……すぐに臨戦態勢の構えを取る。
「これはボクのエゴだ。巻き込むわけにはいかない」
「ほう。後悔するぞ!」
双方とも発想が脳筋すぎる。
これはちょっと、止めなきゃ駄目だ。
「はい、そこまで!」
ちゃんと、俺の声は届いた。
「お師匠様!?」「ようやくお出ましか、ルクレシウス」
良かった。ひとまずは矛を収めてくれたようだ。
自分の価値を軽視するつもりは無いけれど、状況の混乱は当人たちの自己認識以上に視野を狭める。
俺一人じゃどうにもできない事だって充分にありえた。
「お師匠様、ああ、お師匠様……よくご無事で……!」
「かろうじて」
俺は、アレットに目配せしてから、エミールを抱擁する。
涙を流すほど喜んでくれたのは、混乱した時勢で先行きが全く見えない事への不安も大いにあったからだろう。
「よしよし。よく頑張りましたね……ヒルダさんも、クゥトさんも」
視線をよこすと、ヒルダは照れくさそうに耳の裏を掻きながら目をそらした。
クゥトは小さく会釈するだけだ。
「それと、ドワーフの……きみのお名前を伺っても?」
「……自分は、ミサナと申す者であります」
ドワーフの少女もといミサナは、渋々といった様子で名乗っている。
たぶん、警戒されているな……俺の後ろからぞろぞろやってくる仲間達のうち何人かは魔物化させられているから仕方ないけど。
ウスティナも立場上、そんな人達を近寄らせる事ができないらしい。
「つもる話は後にしよう。こんなご時世だ。理解してくれるよな」
そう言ってウスティナは再び武器を構える。
その横から、グレンがしなだれかかる。背中から開いたコウモリのような翼が、包み込むようにウスティナへ触れた。
「あら、あら。いいのよ……無理をなさらなくても。私に武器の手ほどきをして下さった、優しいウスティナさん」
「顔のみならず、在り方まで作り変えられたか」
「施術を受けた際に埋め込まれた何らかの“鍵”が私を高みへと導き、奉仕の喜びを思い出させてくれたのです。あなたも、いらっしゃい……」
「遠慮しておくよ」
ウスティナの返答にグレンは頬をふくらませるが、フランがシャノンを連れてきたところを見てすぐに機嫌を良くした。
「こちらのシャノンお嬢さんも、私達の同胞になりましたのよ、ウフフ……心を一つにして、魔王様のお婿様に身体を捧げましょう? ナメクジのように絡み合って……」
「ちょ、ちょ、ちょっと、ほんっとマジでいい加減に目を覚ましなさいってば!? 私にはリサっていう恋人がいるんだから!」
そのやり取りを横から聞いた、エミールの心中たるや穏やかではないだろう。
何せ実の姉が魔物にされているのだから。
「姉さん!? なんで、姉さんまで……」
「拷問を受けた時に、色々されたのよ。そのあとしばらく記憶が曖昧だけど……リサ達が、まだ中にいる筈。ねえウスティナ、通してくれない?」
俺も、シャノンをグレンから引き剥がしつつウスティナを見る。
「僕も、訊きたいことが山ほどあります。あなたではなく、ダン・ファルスレイに」
「あの少年か。ご両親と随分揉めていたようだが」
「出生の秘密を知ったからでしょう。彼はホムンクルスのように作られて生まれた子供でした」
「なるほど。それで勇者は気力が失せて何もできないと。いや、それどころか痴話喧嘩で被害が増えたと。乳飲み子よりずっと性質が悪いな」
ウスティナが肩をすくめると、アレットが腹を抱えて笑う。
「情けない兄を持ちましたよ、アッハハハハハ!! 本当のことを知って堪えきれなかったのかな?」
「いずれにせよ、そのおかげで私も、黒騎士連中も、飯の種には事欠かないで済んでいる。感謝するよ」
「見返りに何をくれるんですかぁ?」
「そうだな。酒でも奢ってやろうか」
「いりませえぇえええええん!!! ここを開けて下さああああああい!!!」
「かの誉れ高き理事長殿は、誰であろうと通すなとの仰せでな」
あー……取っ組み合いが始まってしまった。
止めなきゃ。
「国王でも通れぬというか?」
あ。
いやあ……その、確かに国王直々の命令なら逆らえないよな……。
「ほう……! クククッ……陛下がお見えとあらば、私とて跪くほかあるまいよ。どうした、ルクレシウス」
「バロウズよ。これで良いのだろう?」
王様……そこは少しくらい自信を持って欲しい。
とはいえ、自分の代で魔王が現れたら弱気にもなるか。
隣に立つ王女は努めて平静を装っているが、眉間にシワが寄っている。
「お手を煩わせてしまい、恥じ入るばかりです」
自分自身でも驚くくらい抑揚がない。