第97話:先生の受難は続く
アレットが魔剣に寄生されて操られているという事。
ドーチック商会の運営する矯正施設に入れられ整形の施術を受けたグレンやフランも、魔剣が起動した影響で魔物化している事。
またシャノンは学院で尋問を受けている最中に魔物化したが、それまでは普通の人間であるのは間違いないという事。
魔王軍を名乗る魔物達は、アレットの意思とは無関係に各地で解き放たれ、アレット(おそらくは、魔剣)を統率者として動いている事。
勇者とされているダン・ファルスレイは学院の理事長ガルデンリープの手によって作られたホムンクルスという事。
ある程度の有力な証拠と解決策が集まったために王城へと上申しに来た事。
その道中で王女が襲われていたのを助けた事。
すべて、すべて、説明した。
順を追って……なるべく、私見を交えず正確に……。
これで伝わらないなら、それこそ魔王にでも支配されたほうがマシだろう。
できれば王女が王権を継いでくれるのが一番だが。
「そう、か……こんな事が……数週間前に会った、あの勇者ダン・ファルスレイが……ホムンクルスだと……にわかには信じがたいが、しかし……証拠としては充分すぎる」
製法、詳細な経過報告まで書類として残っている。
大昔ならともかく現代の王国においては「それでも余は認めぬ」と言ったところで通らない。
「ガルデンリープは、余の友人だ。奴に限って、そんな暴挙には出ないと思うが……いや、しかし奴の技術でなければああまで精巧なホムンクルスは作れまい……」
それきり、国王は言葉を失う。
眉間を揉んで考え込んでしまった。
俺だって、こんな展開を望んでいたわけじゃあないよ。
でも、これが事実だった。
秘密にしてやる義理もないし、隠し通せるものでもない。
それにね。事実に打ちのめされるなら、まだいいほうだ。
虚構に追い詰められる俺達を、つぶさに見ようともしないだろう?
と、ここで頭に手を置かれる。
「うんうん♪ 操られてて口を割ることができないわたしの代わりを、完璧にこなしてくれましたね! よーしよしよし」
「っふふ。流石は魔王様の側近第一号……」「いずれ私達の身体を捧げるに相応しい御方……」
……グレンとフランはせめて正気に戻さないと。
「捧げなくていいですからね?」
ふたりの手を払い除ける。残ったアレットの手が、俺の首を優しくなぞる。
「わ・た・し――は、貰ってくれるんですよね?」
「3年後の話ですからね?」
ほら国王達全員が、何とも言えない視線を寄越しているじゃないか。
それは魔物化した者を妻に娶る事への忌避感?
王族や貴族とか、または実力のある冒険者に見えないのにハーレムを気取るように見えて生意気?
……どれでもさしたる違いはない。
俺は、3年後に、アレットと婚姻の契約をする。
この事実に反している内容はすべからく訂正させてもらう。
「あー、コホン。とにかく、ご理解いただけた以上は、無駄な争いは避けましょう。差し当たっては、理事長に出頭してもらうよう要請を出していただきたいのです」
「ふむ。処断を望むのではないのか?」
「この王国が法治国家である以上、釈明の機会は必要です――たとえ僕にはそれが公的に与えられていなかったとしても」
当てつけがましい言い方だったかな。
俺自身、大人げないという自覚はある。けれど、そっちでは何もしてくれなかったじゃないか。
少し棘がある言い方をしたとて、それが何だというのか。
アレットが何度も殺されかけた。人間のままなら即死だった事だってあった。
助けに来てくれた人は、数えるくらいしかいなかっただろ?
魔王リリザレットが、アレットが魔剣の依代となった事で変質させられた存在であるという事を釈明させてなどくれなかった。
魔王は勇者が倒すものであると、淘汰されるべき悪の枢軸であると、信じて疑わず刃を向けてきた。
俺とアレットで眠らせて無力化しなかったら、今頃どれほどの犠牲が出ていただろうか?
魔剣に従うよう作られた魔王軍の魔物も、少なくない数を俺達が討伐してきた。ザナット達の他には、誰も疑問に思わなかったか?
もっといたはずだ。だが集まれなかった。勇者対魔王という空気感が蔓延していて、それに従わなければ魔王の手先のように扱われるらしいじゃないか。
「陛下に人の心が残っておいでならば、ご令嬢……ミルディロズネさんを殺めるような真似は撤回されるべきです。彼女の無実は既に証明されている」
「……」
「彼女について、僕からはそれ以上求めません」
ここで王女の地位剥奪を撤回しろなどというような政治的な要求をすると、後で口うるさく追及されるだろう。
だから人道的観点での提案のみに留めておく。それが、この場における適切な振る舞いというものだ。
それに……きっと俺の助力など無くとも、このあと王女は自力で地位を取り戻す。
俺は、俺の進むべき道をしっかりと見据えよう。
「……他に要求は?」
「学院へ、行かせて下さい。決着を、付けねばなりません」
俺の言葉に、国王は静かにうなずいた。
もう、誰も口を挟む奴はいなかった。