第11話:先生、慰霊の切腹
切腹描写、軽くですがあります。
苦手な方はごめんなさい。
地下墓地の最奥部に辿り着いて解った事。
それは、異教の石碑に、俺らが住んでいる王国の宗教の儀礼用短剣が刺さっていたという事だ。
アレットは石碑から短剣を全て抜き取る。
「アレットさん、短剣がいつ刺さったかは解りますか?」
「昨日とか、おとといとかじゃない事は確かです。先週、ですかね……」
つまり。
短剣を使った奴が真犯人と。
依頼主の情報――
『鉱山を掘り進んでいたら偶然地下墓地を掘り当て、スケルトンの大群が湧いて出た』
現状からの推測――
『鉱山最奥部の祭壇に手を出した結果、地下墓地の白骨死体が野良スケルトンとして動き出した?』
意味合いや対応がまるっきり変わってしまうじゃないか。
これは重大なルール違反だ。
アレットは、まだ途方に暮れている。
「どう、しましょう。輪星教においては、全ての異教徒は、いずれ自分達の系譜に組み込まれると教えられています。
異教の墓地にちょっかい出してアンデッドが発生したなんて、教会に報告してもほぼ確実に握り潰されますよ……発覚したら大問題ですもん」
「然るべき対応を行い、ありのままを報告しましょう。初期対応に問題があったことを受け止めた上で対応マニュアルを更新して頂かねば」
俺のいた学院と同じような体質だったら握り潰されるだろう……が、何もしないよりは幾らか正当性が主張できるというものだ。
「ほう。さては殴り込みだな」
なんでウスティナはそんなにワクワクしてるんだ。
「あくまで上申と陳情ですからね?」
「冗談だ」
そんなあからさまにガッカリするなよ。
「アレットさん」
「――は、はいっ」
「輪星教の経典に、こちらが謝罪する形での鎮魂や除霊のマニュアルは無い、という事ですね?」
「……残念ながら、ありませんでした。施しを与えない、助けを求める声を無視する、など、消極的にイビる方向性での対応が望ましいとあります」
神様公認のイジメとは。
知らなかったよ……母国の国教が、ここまで陰湿だったなんて。
「参ったな……ウスティナさんはご存知ありませんか? なんでもいいです」
「ふむ……」
ウスティナは顎に手を当てて考え込む。
正直、呪術のたぐいは殆ど触れたことがない。彼女も知らなければ、一度撤退するしか無いだろう。
「一応、思い当たるものは一つだけある。お勧めしかねる内容だが」
「構いません。教えて下さい」
「口伝てでしか知らないが、300年前に小さな宗教戦争があった。
当時の風習として、落ち度のあった側が己の内臓の血を相手の石碑に捧げたというものがあったらしい。何度も言うがお勧めはしないぞ。
あくまで伝聞だから確実性に欠けるし、何より、強い痛みが伴う」
放り出して、真摯に話を聞いてくれる専門家を探しに戻るよりは、今ここで試してみるほうがマシだ。
駄目でも俺の動きが鈍るだけで、戦えなくなるわけじゃない。
「……やりましょう」
「ちょっ!? あの!? 先生、まさか本当にやるつもりですか!?」
「スケルトンを殲滅するくらいなら、そうします」
たとえスケルトンに思考能力が一切無かったとしてもね。
何せ、元は死体だ。彼らからしたら、俺達は墓荒らしでしかない。
なら多少なりとも敬意と節度というものを示すべきだ。
石碑に傷をつけた真犯人は、厳密に言えば俺達の身内ではない。
が、そこは後でしっかりと落とし前をつけてもらうとして、今この場を丸く収めるやり方というものは必要になるだろう。
「アレットさん。その短剣を。大丈夫、ちゃんと生きてこの手でお返ししますから」
「うぅ……当然です……どーせ止めても無駄なんでしょ……はい、どーぞ」
そんな泣きそうな顔をしないで。
死なないように段取りはしっかりやるから。
ウスティナさんから詳しく内容を確認して、さあ実行だ。
それぞれの教義における禊とか聖別とかを済ませた武器を、内臓に刺す。
それによって出てきた血を、石碑に塗るというものだ。
武器については、石碑に刺さっていた儀礼用短剣でいい。
対象を設定……――
限定術式を適用……――
効果範囲を集中化……――
“漸復付与”!
“鎮痛付与”!
これでよし。
明日には治るだろう。
「ウスティナさん、スケルトン軍団の様子は?」
「まずまずといったところだ。投げて捌けない量でもない」
「ありがとうございます」
さあ、受け取ってくれ。
これが俺の……――詫び入れだ!
「ふんっ!!」
ドスッ!
――……ドクンッ、ドクン……
出てきた血を手にとって、石碑に塗る。
特に、短剣の刺さっていた箇所には念入りに。
「充分だ」
ウスティナの声に振り返れば、最奥部まで追い掛けてきた野良スケルトン達は元の白骨死体へと戻っていた。
「ふぅ……」
のっけからトラブルか。
依頼主を探さないといけないな。
「先生ぇえええええ!」
「ぬはッ!?」
やめて。
傷が開く。
「切腹なんてそんな前時代的な詫びの入れ方、初めて見たからすごく心配でしたぁああ!」
そんな大声で泣くなよ……モンスターにやられるのと違って、自分でやるんだから調整できるよ。
よしよし。その腕の角度だと首が絞まるからその辺で勘弁な。
そんなニュアンスも込めて、アレットの頭を軽く撫でる。
「依頼主に確認を取らないといけませんね」
「ええ。ガツンと言ってやりましょうッ」
「おうさ。殴り込みだ。心が躍るな」
血の気の多い人達だなぁ……。
そいつは最終手段にしておくよ。
帰り道は静かだった。
あれだけ大量にいたスケルトンが全て動かなくなったのだから、そりゃあそうだろう。
「……先生」
「アレットさん、どうぞ」
「この短剣の持ち主を見つけられると言ったら、信じてくれますか……?」
「方法は気になりますが、お願いしてもいいですか?」
「付着した指紋に魔力を通して、名簿と照らし合わせればすぐに解ります」
「解りました。では、依頼主に報告する前に、会っておきましょうか」
聞いたことのない効果だけど、俺だって世界中の全てのスキルを把握しているわけじゃない。
アレットを信じようと思う。
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