第96話:先生、こんな形で謁見したくはなかったな……
王城の城門は、何故か開け放たれていた。
それどころか門番の姿も見えない。一体、何が起きている?
「嫌な予感がします。急ぎましょう」
「そんじゃ、ペアを作って運びますか! わたしは先生を」
「ああんっ、魔王様っ、ご無体な! 私だって運びたいですぅ!」
「私も!」
……どうでもいい事で時間を浪費するのも、彼女達の責任なんかでは断じてない。
グレンとフランの相互で完結しているべき愛情が、何故か俺へと向けられているのも、彼女達が悪いわけじゃない。
「僕ならあとで幾らでも協力しますから、今は事態を収拾する方向に集中していただいてもいいですか?」
「本当に? 嬉しいわ!」「ええ、とっても!」
クソ、クソ、くそったれだ。
あまりにも卑劣すぎる。
こんなふうにアレット達を巻き込んで、俺が罪悪感を抱くように仕向けたつもりか?
そうだとしたら目論見は大成功だ。
負い目で今にも潰れそうだよ。おめでとう。
それでも、ここで折れてしまえば単なる泣き寝入りでしかない。
在り方を歪められてしまった彼女達が、まったく報われないじゃないか。
兵舎。
修練場。
渡り廊下。
噴水のある中庭。
王城に侵入していた魔物達を片付けながら、謁見の間へ。
「開けるぞ」
王女が手のひらをかざすと、扉は左右に分かれてスライドする――ような構造みたいだ。
けれど、動かなかった。
「妾の……登録が外されている」
王女が見捨てられていると言っていたあの騎士の言葉は、あながちデタラメでもないようだ……胸が苦しい。
王女自身は「さもありなん」と苦笑いで済ませているが、その胸中はどうだろうか。
腸の煮えくり返るような怒りが、無いとは言えないだろう。
俺には心が読めないから、真意は計れないけど。
「しょうがないなぁ~。開けたげますよ。ほぉーらどいたどいた」
アレットの回し蹴り!
扉は粉々に砕け散った。
まったく無茶苦茶だ……でもまぁ、それが一番手っ取り早い。
全員で突き進む。
そして俺は目配せして、全員で手はず通りの動きをする。
すなわち、王女を除いて全員で片膝立ちをするというものだ。
「父上! 顛末を聞きたい!」
玉座に腰掛ける国王。
見開かれた双眸に宿る感情は、恐怖か、それとも驚愕か。
いずれにせよ少ししてその目は冷たく細められた。
そして、王の前に青年達がずらりと立ち塞がった。
なんか知らんけどみんな顔がいいな……。
「出ていけ、裏切り者の魔女めが」
「秩序を乱す悪法は許さん」
「後ろのみすぼらしい連中は誰だ?」
声を荒げて王女を糾弾する。
「……兄上、文句をつける以外にすることがないならば、どうか道をお譲り頂きたい。父上に話があるのだ」
「文句だと? その分不相応な口を閉じて今すぐ消え失せろ! 王宮に魔物を招き入れた売女が!」
「父上、兄上、聞いてくれ! 国の存亡がかかっているのだ!」
「聞いてやるものか! 死ね!!」
だが王子達がやるのではない。
やるのは、近くに控えていた近衛騎士達だ。彼らは槍の穂先を王女に向けた。
だが。
――ギャリッ
槍をアレットが弾き飛ばす。Uの字にひん曲がった槍は、使い物になりそうにない。
そしてアレットは近衛騎士達へ、目にも留まらぬ速度で肉薄していた。
「いきなり殺しに行くのは感心しないなぁ?」
「フンッ、魔物のくせに人質の命を心配するのか?」
「王女様を殺されると、先生が悲しむんだぁ」
うーん、いい笑顔だ。
王城に蔓延った魔物達を片付けたのはアレットなのに、まるでそう感じさせない凶悪な笑み……あれじゃあ理解してもらう事なんて無理だ。
あらゆる事が歪んで伝えられる現状で、俺はどれだけ事実を的確に捉えているのだろう?
「王様ぁ? おたくの息子さん、特に政策の不一致とかではないのにくだらない因縁ふっかけて来たんですけど? 仮にも王家の血筋のお人が、どクズのチンピラみたいなことをなさるなんてねぇ?」
アレットの挑発に、近衛騎士達が血相を変える。
「無礼者! 陛下の御前であるぞ!」「礼節を知らん辺り、所詮は魔物でしかないか!?」
「国の存亡にまで形式にこだわるつもりです? 外っツラを整えようとして中身がスカスカになったカス国家が、このクレイスバルド王国の実情ではありませんか」
正直すぎる物言いに、こんな緊急事態でもずっと冷静だった王女が初めて表情を崩した。
「妾もそれは思ったがもう少し手心を加えた言い回しをだな……」
「いやわたし魔王ですし」
魔王。ここ玉座の間においては、まだ一言も口にしていなかった単語だった。
……ここで案の定、王様が腰を抜かした。
「……――何!? 魔王!? この女が!? では、王城にいる魔物は貴様の仕業か!? 王城を陥落せしめたのは……」
「あー、ややこしい話になるんだけど、わたし関係ないんだよ。あいつらが勝手に動いたの」
「信じられるか!」「終わった……」「勇者は死んだのか!?」「ああああああお父様あああああお母様あああああああ!!! ああああああああああ!!!」
「うるさいよ」
喚き散らす王子達の頭を、アレットが容赦なく平手ではたいていく。
「……実を言うと、あいつらが勝手に動いた事です。いいですか? 魔王軍と、魔王であるこのわたしは別々に動いています」
少し足りないかもしれない。
ので、俺も付け加える。
「補足すると、今の彼女は“自分は魔王である”と在り方を魔剣の呪いによって決められているため、そう名乗らざるを得ないようです。魔王軍として現れた魔物は、魔王あるいは魔剣に忠誠を誓うように作られている――というのが現時点で最も有力な説です。確定ではありませんが」
「……それらを信じろと?」
国王は、警戒心を露わにしている。
そんな国王に、アレットは鼻で笑った。
「じゃあわたし達をどこかに縛り付けた上で、ご自身の目で確認されてはいかがです? もし配下に見させたとしても、そんときゃそんときで、きっと幻惑術を疑っておいででしょうから。ていうか御大層な肩書きを抜きにすればあなただってただの運動不足のオッサンでしょ? たまには散歩でもすりゃいいじゃないですか? 健康のために」
「魔王様、あんまし煽っちゃ駄目だよ」
「はぁーい」
そして、国王は王子や配下達と内緒話をしはじめた。
王女は……その輪の中には入れてもらえない。王女はずっと、俺達の側へと配置されていた。
しばらくして、結論が出たようだ。
俺達はアレットの提案通り、どこか――柱へと縛り付けられ、それを囲うようにして封印の魔法陣が描かれた。
国王は王子達と近衛騎士数名を連れて、少しずつ少しずつ進んでいく。
やがて姿が見えなくなり、それから数十分が経過しただろうか。
「――見た」
国王は、先程よりかは幾らか冷静さを取り戻しているようだった。
が、アレットは退屈そうに口を尖らせる。
「おかえりなさぁい。お散歩どうでしたぁ?」
そんな皮肉げな問いかけに、国王は呆然と口を開くしかない。
「……一体、どうなっているのか」
「わたしからは……魔剣の制御がだいぶ薄れていても無理です。先生、いけます?」
「もちろん。全部説明しますよ」
縛られながらでもできる事だ。
証拠品もあるし、証人だっていっぱいいる。
あとは魔物の数だけが懸念事項だ。
(ちなみに、魔物達に“殺し合え”と命じるよう提案して実際にやってみてもらったが、魔物側が聞き入れてくれなかった。というよりまるで伝言ゲームか何かのように、ひどく曲解された形でしか伝わらなかった)
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