第93話:先生、王都へ
緊急事態とは、ピーチプレート卿が魔物の襲撃を受けている状況の事だった。
「今、助けに行きます!!」
「ルクレシウス殿ッッッ!!!???」
この驚きように対して俺は、特に不自然とは思わない。
疑問は、ただひとつ。
何に驚いたのだろう?
仕入れている情報の種類によっては、意味合いが大きく変わってくる。
「魔王様は僕と右半分を!」
「しょうがないなぁ♡」
「グレンとフランさんは左半分を殲滅して下さい!」
「はい♡」「ご命令とあらば♡」
……。
たとえ彼女らが元通りになれなかったとしても受け入れるつもりではいるけれど……。
彼女らをこんな風に変えた奴は、バラバラに切り刻んで魔物の餌にでもしてやろう。
ピーチプレート卿の状況は、一言で表すなら“孤立無援”だ。
何があったかは知らない。
解っているのは、彼を助けなきゃいけない事だけだ。
魔物達は……トレント、マリオネット、大ナメクジ、マドハンド、触手付き肉塊、鉄塊牛、針山亀……どれも空を飛ばないタイプだが、耐久性に優れるし厄介な奴ばかりだ。
橋が落ちていて、崖の下は急流。
向こう岸の遠くの方で馬車が走っている。
ひとまず半分は殲滅した。
会話する余裕はできた。ピーチプレート卿に近づく。
「やはりアレット殿は、魔王などではなかったのですな!?」
「わたしはもうアレットではなく魔王リリザレットです!」
「?????????????」
あっ、固まった!
情報量が多すぎたかな。
「魔王になったのは外的要因ですし、実は魔王軍を名乗る魔物達は指揮系統が別です!」
「ふむ、なるほどッッッ!!! つまり、それがしは引き続き、貴殿らを信じて良いという事ですなッッッ!!!」
「そうです!」
アレットとグレンとフランは飛びながら光の雨や火の玉を魔物達に浴びせかけている。
俺は魔物の心臓を一匹ずつ貫いて殺していく。聖堂騎士団も、馬車の周囲に集まってきた魔物をサクサクと片付けている。
「アレット殿は……人間の戦い方を棄ててしまわれたのですな」
兜で表情は読めないが、声音から寂しさは充分伝わってくる。
「それでも、僕にとっては大切な人です」
「信じておりましたぞ……!」
「ありがとうございます」
背中合わせになって、周囲を警戒する。
敵の魔物達はかなり数を減らしていた。
「やはりというか何というか……栽培、ないしは作成できるものばかりですね」
「おお!? 確かにッッッ!!!」
「そちらの状況を、教えてもらっても?」
「要人を護衛しておりましたが、敵勢あまりに膨大であったゆえ……それがしだけが犠牲になれば、最小限で抑えられると」
「……誰がそれを?」
「それがしが。嘘ではありませんぞ」
「わかりました。一気に片付けます。僕を封殺するためにここまで大掛かりな真似をしてくれた大馬鹿者に、たっぷりと返礼して差し上げないと」
「信じても、宜しいのですな?」
信じて欲しい。
きみを陥れようとする奴は必ず駆逐してみせると。
「……どうやら、片付きましたね」
「そのようですな」
疲労困憊だ。
対するアレットは余裕綽々といった様子で、魔物の死骸を一箇所に集めては手で千切ってバラバラに解体している。
「ふんふんふ~ん♪ んっふふっふふふふふ……♡」
しかも鼻歌交じりに。
グレンとフランも連携を取りながら片付けていた。
「魔王様、いつもありがとうございます」
「いいんですよ。ダーリン♡」
ダーリンて。
まぁ、とやかくは言わないけれど。
「この集めた魔物はあとで討伐報告しますか?」
「いいえ。こうします。先生はゆっくり休んでてね♡」
なんとアレットは、山積していた魔物の残骸を次々と放り投げ始めた。
それが崩れた橋の辺りでピタリと止まって動かなくなる。
付与術を複雑に組み合わせた技術だろうか。
何にせよ、面妖な使い方をする……興味深いと言えば確かにそうなのかもだけど……。
「……おい、あいつの面妖極まる術式は一体どうやっているんだ!?」
ザナットは血の気が引いて真っ青になっていた。
確かに、理屈をまったく知らないととんでもなく奇妙なものに見えるよな……。
「さて。ピーチプレート卿。もちろんご同行いただけますね」
「承知ッッッ!!! まったく、格好付きませんな、それがしは! ワハハハッ」
「……大丈夫です。いつだって格好いいですよ」
「ルクレシウス殿……」
こんなところで、死なれてたまるか。
魔王となったアレットの力をもってすれば、自分を犠牲にする必要なんてなにもない。
悲しいことに、それを今この瞬間に証明してしまっている。
再び馬車に揺られて運ばれる。
アレットが魔物をくっつけて作った即席の橋は、しっかりと役目を果たしたあと、赤黒い炎に包まれて灰になった。
「魔王軍が発生してからも、人々の護衛を?」
「然様。たとえ数多の人々から石を投げられようと、それがしは……人とは戦えぬ。リリザレット殿は、下らないと笑ってしまわれますかな」
「……そうですね。諦めたら楽になれるのに、とか言うと先生が悲しそうな顔をするから、二度と言わないでおいてあげますよ」
「もう言っちゃったじゃないですか」
「わたしは魔王なので。その辺りのスタンスは明確にしておかないと」
「もはや呪いですね……」
「違いますよぅ、アハハ! 呪われているのは、この世界です」
確かに、そうかもしれない。
王都へと戻ってきた俺達を待ち受けていたのは、広場の中央で膝立ちさせられていた王女と、それを取り囲む多数の兵士達だった。




