表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

123/141

幕間:岐路に立つ『女』


「――おや。貴公はローディだな」


 冒険者ギルドのカウンターで飲んだくれて突っ伏していた時に、声をかけられた。

 振り向いたら、そこにいたのはダークエルフだった。


 口調と、背の高さ、それから髪の色、ビキニアーマーの似合わない引き締まりすぎた筋肉質な身体。

 生まれる性別を間違えたのかしら?

 そうよ、このオトコオンナは確か、ルクレシウスという大悪党の用心棒だったわね。


「悪いな。邪魔するつもりは無かった。心行くまで呑み続けるがいい」


「……あら、ごめんなさいね。仮面つけてないから一瞬わからなかったわ。オバサンなんてみんな同じに見えるし」


「貴公の物覚えの悪さはさておき、ダン・ファルスレイと何かあったな、貴公」


 こっちの渾身の嫌味にも、少しも堪える様子を見せない。

 ごくごく涼しい顔で、しれっと嫌味を返してくる。

 嫌な女……。


「……あんたに何が解るっていうのよ。仲間を見捨てた冷血ダークエルフのくせに」


「ククッ……存外わからんでもないさ。長年、人間の顔色を窺いながら生きてきた。臆病だからな」


「へんなの」


「よく言われるよ」


 ああ、まただ。

 またそうやって穏やかに微笑んで見せる。

 ホントに変なやつ。

 一体何考えてるのかしら?


 しまいには、黙々と食事しはじめた。

 まるで、私が立ち去るか、或いは彼女の望む話をしなければ進まないのであろう。


 でも、そうね。

 こいつはルクレシウス一味の中では比較的、話のわかる女だと思うわ。


 アレットは魔王になっちゃったし。

 シャノンは学院で取調べ中だし。

 ヒルダは捏造か嫌味しか言わない糞女。

 クゥトは臆病な白痴。

 ピーチプレート卿とエミールは、男のくせに男が好きな異常者。


 その中じゃ一番マシなのがこのウスティナ。



 ウスティナは、戦う事にしか興味がない。

 そこらの、他人を陥れるようなゴシップなんかにはまるで興味を持たない。

 力さえ奮っていれば、それでいいような奴だ。

 結果的に、それで救われたように錯覚している連中が、こいつを勝手に崇めてるだけ。


 その筈なのよ。

 ああ! せっかくだから試してみればいいじゃない!


「……ねえ」


「何かな」


「ダンが私を助けた時、最初に訊いてきたのは、何だったと思う?」


「ふむ。貴公がそう訊いてくるという事は、通常では有り得ん内容だったのか。たとえば、貴公の無事を確認するのではなく、貴公の持ち物(・・・)とか、ダンにとって有益な何かが損なわれていないかどうか」


 すごい遠回りな表現を何やら饒舌に語り始めた。

 しかも完璧に大正解というわけではないが、割と合ってる……伊達に長生きはしてないって事ね。


「……“あいつらに犯されなかったか?”ですって。“怪我は無いか?”でも“大丈夫か?”でもなくて。酷いでしょ。まあ、あんたは知ったこっちゃないだろうけど」


「私が貴公の立場でも、こういう場所で飲み明かしていただろうさ。一人になりたい時くらいある」


 ……え?

 思っていたのと反応が違う……。


「そういうあなたも、ダークエルフのくせに魔王軍側じゃないのよね。仲間を見捨てたんじゃなければ、アレットが魔王だと信じられないとか?」


「アレットが魔王かどうかは、戦えば解る事だ」


「ええ、怖ッ……何その脳筋理論……根拠は何よ?」


「果たして、どこまで貴公に伝えられるかな。私は口下手でな」


「なにそれ! 私の理解力が低いって事!?」


「他には無いのか。私が尋問したという体なら、奴らも貴公を責めはすまい」


「し、知らないからね……ダンはここ数日間で魔物を300匹討伐したんだから。怒らせたらあなたの命はないわよ」


「ギルドの記録によれば、私は単独で1000匹らしいぞ。眉唾ものだがな」


 ……は!?

 たったひとりで、1000匹!?

 バケモノだわ……。


「はぁ~……あんたが男だったら、私もあんたに付いていったかも」


「私が受け入れるかは別だ。相談には乗るさ」


「じゃあ、そうね……――」




 ――洗いざらい話した。


 ダン・ファルスレイはまるで大昔の勇者のように強くて、何でも知っていて、曲がったことが許せなくて、仲間想いで。

 セルシディアで出会った時、まるでピンチに駆け付けた王子様のように見えた。


 ルクレシウスがアレットを庇って嫌なことを言ってきたのはビックリしたし、庇われていたアレットが冷たい目で私を見ていたのもショックだった。

 私は先輩として、ヒールの使い方や、女としての責任をたくさん教えてきた。


 なのに、あの恩知らずなバカ女!

 アレットがダンの妹だっていうのも最初は信じられなかった。

 でも、ダンのご両親を見た時「何となく似てるかも……」と思い始めた。


 それでもダンがアレットに「妹だから」とか「危険な思想から助けなきゃ」とかで夢中になっているのを見てて、あまりいい気分じゃなかった。

 ダンの女は、フレイヤと私とミサナよ。


 確かにダンは、学院の女子生徒にも鼻の下を伸ばしていたけど。


 ……アレットはさんざん私の心を掻き乱した挙げ句、魔王としての本性を露わにした。


 しかも。

 あいつは「ダンの家族は偽物だ」と。「ダンは作り物だ」と言った。


 資料を貰って、持ち帰った後も何度も読み直したけど、意味がわからなかったわ。


 何もかも、あいつらのせいよ。

 そのせいでダンはおかしくなって、フレイヤにばかり甘えた。


 私とミサナには内緒で、宿屋で行為に及んでいた。

 ミサナは気付いていたらしくて、他の複数人の男子生徒たちと行為に及んだ。



 ミサナを追及しようとしたらその場に居合わせてたエミール達のほうへ逃げられるし、連れ去られるし。

 ダンはすっかり意気消沈してまるきり歩けなくなってしまった。


 かつてダンはいつも、落ち込んでいる他人に対して「生きてりゃいい事あるさ」と慰めていた。

 私もそのようにダンを慰めようとしたけれど「お前に何が解んだよ!?」と突っぱねられてしまった。


 それで私は売り言葉に買い言葉で

 ――『あっそ! じゃあおっぱい大きなお姉さんにでも慰めてもらったら!? 私は私のやりたいようにするから!』

 なんて、独断で追い掛けてエミール達からミサナを取り返そうとした。



 結局、返り討ちにされて、眠らされて、気が付いたらここに。

 フレイヤがダンに肩を貸していたけれど……ふたりも酔っ払っていた。


 ――『エミールやクゥトに犯されなかったか?』


 開口一番にダンが訊いたのが、それだった。


 ――『私も輪星教の巡礼者よ。恥ずべき真似はしないわ』


 ――『トイレで確認したか!?』


 ――『……したわよ』


 ――『なら良かった』


 良かったって、何が……?

 あなたが守りたい人というのは、あなたの理想的な内輪ノリを構成する太鼓持ちだけだったの?



 考えれば考えるほど、モヤモヤしたものが胸から溢れてくるようだった。



 でも、本人には言えない。

 言えないし、言えばその気持ちを認めてしまう事になる。

 私が信じてきたものは何だったの?


 ――『しばらく、一人にさせて』


 私は怖かった。


 私がこんなにしんどい思いをしているのに、アレットはルクレシウスとラブラブだった。

 誰にも向けたことのないような、慈愛の笑みを浮かべていた。

 魔王なのに。

 魔王のくせに。


 もし、私達のほうが間違っていたとしたら?


 いいえ。

 弱気になっているだけよ。


 飲んで忘れて、ダンに会いに行って「ごめんなさい」と謝って。

 それで、もう一度、魔王アレットを元の姿に戻す手伝いをしないと。

 ダンが世界を救う、力添えをしないと。




「……で、今に至るってワケ」


「貴公は岐路に立っているのだろう。お仕着せの価値観を、少しだけ遠くから見てみるといいかもしれん」


「ご親切にどーも」


「何。私も覚えがある。私は悪い男に騙されて死にかけたが、貴公は私のようにはなるなよ」


「何それ。ダンが悪いやつって言いたいワケ?」


「さあな。長年、人間の顔色を窺いながら生きてきたが、私とて未来までは読み通せない」


 ホント意味がわからないわ。

 あんた一体、何を考えているの?

 あんたにとって私達は、憎むべき敵じゃないの?


 どうして、そんなに穏やかな笑みを浮かべてられるの?

 私達を敵と認識してすらいないの?



 酒場のドアが開く。

 何人かの黒騎士が、兜を脱いで入ってきた。


 ちょっと前までは考えられない事だ。黒騎士は自分達の、黒とも茶色ともつかない呪われた肌の色を恥じて、隠しているとされていた筈だったのに。


 世の中がおかしくなった……?

 いいえ、それとも、おかしかった世の中が、まともになりつつある……?

 どっちなの?


「――スレイドリン。討伐軍の編成が終わったそうだ。600人もの荒くれマッチョ共が、お前の演説を待っているぞ」


「物好きばかりだな。私の言葉などで戦況が好転するとも思えんが」


「前大戦でホワイトエルフ達全員のスコアを紙屑同然にしたバケモノ女が、他でもないお前だ。きっと励みになる」


「それは光栄だ。前大戦の魔王軍とは構成員が本質的に異なるという事実も、ついでに理解してくれると助かる」


「お前は英雄だ。昔も、今も。理解するかどうかはさておき、信じるだろうさ。出し抜こうとする馬鹿もいるだろうがな」



 ……このカリスマ性、いくらなんでも異常だわ。

 これじゃあ、こいつこそが勇者みたいじゃない。


「あんた、ホントに何者なの?」


「……前大戦の死に損ないだよ。それを誇りに思える時が来てしまったのは、不本意だが」



 去り際に見せた寂しげな笑みは、あんたの交友関係の中でどれだけの人が知っているの?

 まさか私も、あんたにそんな笑みを浮かべていたというの?


「もうちょっとだけ、ひとりになってようかな」


 私は財布の中身を睨みつけ、酒の注文をした。

 とびきり強い酒。いっそ吐瀉物にまみれてしまったほうが、気が晴れるかもね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ