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第90話:先生と魔王の悪党退治


 国防騎士団に、建物を包囲されていた。


「ほらね。だから言ったんです。結局、人は変わらない。話してわかる事なんて、人は結局わかりあえないという事だけ。だから、先生の邪魔をする奴は、わたしがぜぇんぶ殺してあげる……」


 きみはそうやって、得意げに言うけれど。

 俺は――


「俺は、きみに手を汚させたくない」


「殊勝な口ぶりですね? 理由をお聞かせ願いましょう」


「今のきみは、何者かの手によって在り方を変質させられている。無策で報復すれば、人々はきみの行為だけを抽出し、拡大し、世界に広める。人々は……きみの義憤も、苦痛も、顧みない」


「じゃあずっと、やられるままですか? 殺さないと死ぬ時でも?」


「必要に応じて殺しもする。ただ、殺す相手は選ばせて欲しいし、できれば手を汚すのは俺だけにしたい」


 俺はゆっくりと頷いて、アレットの頭を左手で撫でる。

(右手はミゼールから奪った義手だ。正直、右手をアレットに触れさせたくない)


「……馬鹿な人。今はもう、わたしのほうが強いのに」


「でも、きみはそんな俺の言いつけを、今まで守ってくれている。これからもよろしくね。殺人と強姦以外は、基本的に何をしてもいいからさ」


「こういう時でも、嘘をつかないんだから」


 そうつぶやくアレットは、悲しげで寂しげな笑みを浮かべた。



 外に出る。

 鎧に身を包んだ騎士達が盾と槍を構えていた。


 奥のほうには大きな弩砲もある。

 あんな大きな矢で射抜かれたら、人の身である俺なんかは上半身が吹き飛んでしまうだろうな……。


「いました! あいつらです!」


「ご協力どうも」


 民衆を、騎士団の隊長が下がらせる。

 そして俺達を見据えた。


「自ら倒されに出てくるとはな! よほど腕に自信が――」


 ――“睡眠スリープ付与エンチャント


「な、なんだ、急に……まぶたが、重く……」


 隊長を眠らせた。

 場の空気は、戦いが始まりそうなほどに張り詰めた。

 俺はアレットに問いかける。


「こんな感じでお願いできますか?」


「はぁい……♡ ――静止ステイシス付与エンチャント!」


 今まさに突撃命令を下さんとしていた副官をはじめとして、騎士団の動きがピタリと止まる。


「続いてぇ……睡眠スリープ付与エンチャント!」


 次々と武器を取り落し、騎士達が倒れていく。

 うち何人かはその過程で怪我をする者もいるだろうけど、流石にそこまで面倒見きれない。


 瞬く間に、戦場は沈黙した。

 眠りこける騎士達。こうなればしばらく起きないだろう。



「あーあ。ここ、わたしの故郷だったんだけどなぁ」


「……え?」


「さっきギャベラーがブッ壊しちゃった建物、あそこ孤児院と教会ですよ。中の人達は避難してたみたいだから、人的被害は無さそう。ま、どうでもいいけど」


「……あまり、良い思い出のある場所ではなさそうですね。早々に立ち去りますか?」


「そうしたいところですね。もうちょっとノスタルジーな気分になれるかと思ったけど、意外とそうでもないや……それで? 行くアテあるんですか?」


「魔物の群れを、殲滅しましょう。おそらく各地に出現している筈」


「いいですねぇ! ねぇねぇ、今度はわたし死なないよね!? アッハハハ!」


「二度と死なせるものか」


 気がついた時には、アレットを両腕で強く抱きしめていた。

 ただし、右手では触らない。


「――! 先生……好き……」


 アレットは熱に浮かされたような表情で顔を近づけてくる。

 俺は、さっと離れた。


「キスはお預けです」


「ちぇ。いじわる」


 背が高くなろうと、大人の女性と同等の体格になろうと、きみの実年齢は15歳で、元の種族は人間だ。

 きみが進んで尊厳を捨て去ろうとしたとしても、俺はその誘惑にだけは負けたくない。




 * * *




 宙に浮く巨大なキノコ。

 体内から発火させて黒焦げにする。

 破片は鞄に。


「なんでこんな腐ったドロドロなデザインにしちゃうかなぁ。赤に白の水玉模様のほうが可愛いのに」


「その模様だと毒入りになりますね」



 陸を這う数百匹ものサメ。

 鉄線と電流の罠にかけて一網打尽にした。

 骨と皮膚の一部を瓶詰めに。


「あっ、これおいし~い! 先生も食べますか?」


「流石に全部は食べきれません。匿名で冒険者ギルドに書き置きを」



 銀色に輝く、触手の生えたドクロ。

 触手を全て引きちぎり、ドクロは踏み砕いた。

 触手数本とドクロの破片を瓶詰めに。


「誰が作ったんでしょうね。センス悪すぎ」


「素材を解析すれば、そのナンセンスな誰かが探し当てられるかもしれません」



 タコのような頭を持つ人型の怪物の大群。

 奴の得物のフォークをひん曲げて自滅させた。

 脳の一部を切り取って、崩れないように瓶詰めに。


「インテリ気取ってるくせに付与術エンチャントの妨害でアッサリでしたね」


「言いたいことはたくさんありますが、楽できるに越したことはありません」



 巨大歩行樹トレントに率いられたリザードマンの軍勢。

 アレットの赤黒いマジックミサイルで、もろとも穴だらけになった。


「あっは! ねぇ先生、わたし強いですか!? わたし強いですか!?」


「これだけ使いこなせば、きみの力という事でいいでしょう」


 嘘じゃない。

 魔剣に寄生されて与えられた力であっても、それに振り回されているか或いはそれを制御しているかは見れば解る。


 今回使用したマジックミサイルだって、元々の適性が高いとはいえ魔物だけを上手に撃ち抜いている。

 周囲の建物を破壊していないのだ。

 ペース配分、危害範囲の絞り込み、それらを取っても危なっかしさは感じられない。


 もしも魔王になったばかりの頃だったら、容赦なく焼き尽くしていたかもしれない。

 ……いや、流石にそれは無いか。



「見つけたぞ!!」


 頭上から聞こえる声に、俺は視線を上げる。

 国防騎士団だ。弩砲を懸架した飛竜が数百匹か……魔術師も乗っているから、爆撃なんて喰らったらひとたまりもない。



 ……ん。

 横合いから別の飛竜の大編隊が急接近している。


「待たれよ!」


「なんだ貴様は!?」


「聖堂騎士団第8巡礼隊・隊長、ザナット・ブランキーだ。貴殿らの執行に異議を申し立てる! 証拠に不可解かつ恣意的なこじつけが数点認められた! これをご覧いただこう」


 ザナットだって!?

 でも、なんでこう、都合良く……? シャノンが根回ししてくれたのだろうか。

 ザナットは飛竜を寄せて、釣り竿のようなものから糸で吊るした書簡を渡す。


「紙切れ一枚で踵を返せるものか! 彼奴は、そこの魔王を世に放ったのだぞ!?」


「それがそもそも何者かに仕組まれたものだとしたら!?」


「誰が仕組んだというのか! くだらん言い争いをしている暇があったら一刻も早く魔王リリザレットと冒涜者ルクレシウスの討伐に加われ!」


「圧制はいつか民衆の怒りを招くぞ! 国防騎士団と聖堂騎士団が分かたれた歴史を学ばなかったか!?」


「そいつらに叛逆の徴候が見られたら、貴様もろとも消し炭にしてくれるぞ……!! 総員、撤収せよ!」


「……」


 国防騎士団の飛竜が次々と引いていく。




 安堵するのも束の間、俺はザナットに胸ぐらを掴まれた。


 ――ゴッ


 頬に奔る痛みは、俺の痛覚がまだ機能している事を教えてくれた。


「迷惑料に、頬を差し出してもらった」


 当然、俺が殴られると、アレットは黙っていない。

 翼を広げてハルバードを構え、すっかり臨戦態勢だ。


「わたしの先生を!! 先生の命の恩人だから全身挽き肉は勘弁しといてやるけどぉ~!? 下半身は挽き肉にしちゃいますね! いいですね!?」


 聖堂騎士団が即座に武器を構えた。

 こりゃマズい。


「殺しちゃ駄目です。武器を下ろして」


「チッ……命拾いしましたね!」


「命拾いしたのは僕たちですよ」


「ぐぬぬ……」


「そんな拳を握って歯を食いしばられても、駄目なもんは駄目なんだってば」


「……」


 いや、だからって無言の変顔で凄まれても。

 まぁいいや。かねてよりの疑問を、投げかけてみよう。


「それしても何故、僕たちを何度も助けてくれるのですか?」


「結果的にそうなっただけだ。本件にもドーチック商会が関わっている」


「それはひどい……」


 まだ諦めていなかったなんて。

 あの外道もよくよく、息の長いことだ。


 アレットが、ずずいと身を乗り出す。


「ん、それで具体的にどう関わってきているんですか?」


「“魔王軍”の魔物の製造と、聖遺物アーティファクトの改造に」


「それ国家反逆罪じゃないんですか」


「複数の工程に分割され、巧妙に隠蔽されている。大本が王立魔術学院だろうというところだけは説明できるが……ただ、物的証拠が足りない」


「彼女の魔剣というかハルバードというか……そういうのを解析したら出てきますか?」


「……分離できるのか? 一心同体ではないのか?」


「魔王さん、お願いできますか?」


「しょーがないにゃぁ♡ はぁい、どうぞ」



 ――カランッ


「……」


 ザナットはトングのような器具で魔剣を拾いつつ、何かいたたまれないというか遣る瀬無いというか、そういう視線を俺に寄越してきた。


「いや、そんな目で見ないでくれませんか」


「貴殿はご存じないだろうが、聖堂騎士団の会議は大いに紛糾して殴り合いの大喧嘩に発展した。もう少し抵抗するか、或いは何かしらの障害があるかと思えば……これだ。素直に喜んでいいのか? もしかして聖堂騎士団が魔王軍と裏取引をしていると誤認させる為の罠だったりするのか?」


 疑うのも無理はない。


「もしかしたら今この瞬間にも、そうしようと考えている大悪党がいるかもしれない。でもこれだけは言わせてください」


 俺は鞄から魔物の素材を取り出し、次々と手渡していく。


「僕はアレットさんの無実を証明して、真犯人を追い詰めるためなら、手段を選ばない」


 ちゃんとお縄に付けやすいよう、両手も差し出した。

 アレットにも目配せして、同じようにやるよう促す。


「ご協力感謝する。あとは鑑識が仕事をしてくれるよう祈るばかりだな……」


「もしも僕達の身柄を拘束する場合、ふたりセットでお願いします。そのほうが、彼女も協力的になってくれる筈」


「はぁい♡ 先生の頼みなら♡」


 アレットは身体をしならせ、俺に頬ずりしてくる。

 その様子にザナットは「以前にましてやりづらいな」とこぼし、露骨に顔をしかめた。

 本当に申し訳ない。



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