幕間:ざまあみろクソ野郎!
今回はエミール・フランジェリク視点です。
お師匠様を筆頭とした、あのデモ行進から数日後。
ボクとヒルダとクゥトはボロ布に身を包み、学院から遠く離れたこのフィッツモンドの街に潜伏していた。
ここからすぐ近くの島に、用事があるからだ。
もちろん無断だし、ボクらはそもそもデモ行進の参加者だ。
何より……どこかのダン・ファルスレイとかいうクソ野郎が大演説でボクらデモ参加者を“革命教団”などと呼んで悪者にしやがったせいだ!
ダンは大勢を率いて、さんざっぱらボクらの邪魔をして、コケにしてきた。
ボクらを「クズだ」とハッキリ断じた。
たくさんの国民の前で、ボクらを糾弾する演説をした。
デモ参加者の家にまで押し掛けて、その家族にも酷い仕打ちをした。
こちらが何一つ、暴力的な弾圧をしていないにも関わらず!
ボクらを一方的に、テロリストと断じた!
どうにかして、ボクらは逃げ出してきた。
きっと……学院に見付かれば、すぐさま拘束されるだろう。
事実、姉さん達は今、学院の一室に他のデモ隊もろとも押し込められている。
デモ行進に参加した生徒も自宅で謹慎中であり、幾つかの単位は取り消しだそうだ。
更には……デモ行進をした人達全員に尋問するらしい。
……その報せの手紙を最後に、姉さんからの連絡が途絶えた。
“いい? エミール……私に何かあっても、あなたはあなたのやりたいことを優先しなさい”
姉さんは手紙の末尾に、そう綴っていた。
多分ボクが助けに行けば……助けにはなるかもしれない。
でも、それをしたら姉さんの事だから激怒するだろう。
それはボクの本意じゃない。
だからお師匠様とアレットを助けに行こうとした。
……だが妨害が相次ぎ、ダン・ファルスレイ達の先行を許す形となった。
「そういやさ、アレットちゃんが魔王になったという情報だけは、不自然すぎるくらい早かったね」
「た、たしかに」
ヒルダとクゥトが顔を見合わせる。
実際、アレットが魔王になったという情報は充分に衝撃的だったが……普通は魔王が生まれるという重篤なニュースについて、もっと慎重な議論がなされるべきだ。
なのに、発表があまりにも早すぎるのだ。
なにせデモ行進の翌日――お師匠様があの空き地を出立され、行方をくらませてしまわれたその日だ。
どう考えても学院が噛んでいるだろう。
だが手掛かりになりそうな事が無ければ、どうせ奴らはしらを切る!
ボクは、最初にあのニュースを耳にした時、胸が苦しくて、あと少しで床をのたうち回るところだった。
どうにかボクは深呼吸して落ち着いたが、お師匠様はアレットと仲睦まじい。
さぞかし堪えただろう……お師匠様、お労しい……。
「しかもさ、エミール。オマケに、あのノミみたいな化け物と、ハエ男の大群だよ。あいつらくたばるとき、魔王様バンザイって言ってただろ」
完璧に、ボクらを悪者に仕立て上げようとしているとしか思えない。
証拠を揃えねば。奴らが言い逃れできない程の、確実な証拠を。
「……アレットが魔王“だった”のか、アレットが魔王に“された”のか。それが問題だ」
これが解れば、アプローチもスムーズになりそうな気がする。
「こ、後者に、い、一票」
「私も同意見。ま、どっちにしたって、聖堂騎士団で話のわかる人を探さないとね。あーあ……直接の火種は我らが愛しのクソ野郎オスカー・テラネセムくんが撒いたようなものなのに。オスカーの奴がまたやらかしたんだけど、知ってる?」
「……いや」「し、知らない」
「聞けよ。ブッ飛ぶから」
これ以上まだ他にもブッ飛び話があるというのか。
とりあえずボクとクゥトは、ヒルダの言葉に耳を傾けた。
* * *
――ヒルダ・ラグザーの証言。
それは、ボクが正気を失うのに充分すぎる衝撃があった。
ゆうべ、何があったか、ダン・ファルスレイは悲しみに暮れながら帰ってきたという。
パーティメンバーのエルフ――フレイヤが、泣きじゃくる彼を慰めた。
宿屋に二人で入っていったのを確認。
ローディと、ドワーフのミサナは買い物とか別の用事を済ませて、手持ち無沙汰になったらしく、付近をぶらついていた。
そこに、オスカー・テラネセムがやってきた。
――『あれ? ダンのお友達じゃん! ダンとフレイヤちゃんはどったの?』
――『大切な夜を過ごすそうだわ。そっとしておいてあげて』
――『魔王アレットは倒せた?』
――『……すんでのところで逃げられたわ』
ふむ。
本当は、奴らが逃げたんじゃないか……とも思うが。
そこは不問として、続きを聞く。
オスカーは少し話をして、そのまま去っていったという。
それから程なくして……
――『自分、ちょっとお手洗いへ行ってくるであります』
――『ついて行こうかしら?』
――『そこにいて、隊長が戻ってきたらよろしく伝えて欲しいのであります』
――『……まぁ、いいけど』
そして、オスカーはミサナと宿に入り、行為に及んだらしい。
あいつが己の下半身を律していれば、女子生徒の被害者は0とまでは行かずともかなり減っていただろう。
お師匠様も、そしてお師匠様が将来を誓ったアレットも、今ほど酷い目には遭っていないだろうさ!!
そんな度し難きクズ野郎が、一体なぜここに来ていた?
わざわざ、学院から遠く離れた、ここに!
「――いやぁ~マジね、締め心地マジ最高だったな!」
オスカーの野郎の声が聞こえてくる。他にも友人を連れていた。
あいつは、自分の置かれた立場を全く理解していないようだ。
ボクは積み上げられた木箱の上のほうに隠れた。
「ワルだなお前!」
「触ったかよあの胸!? ちっちゃくて、敏感で……」
「それな~!」
「しかも、あのダン・ファルスレイが連れた女だぜ!? 俺達で寝取っちゃったじゃん!」
「ま、正直いい気味だよ。あんだけ女を囲ってたんだし、ま、ひとりくらいおこぼれをね!」
こいつらは何をゲラゲラと。
気持ち悪い……。
「でもオスカーお前マジどうやって言いくるめたんだよ? ドワーフだから酒に混ぜものしても効かねえだろ?」
「いやあいつら付き合ってないなら、寝取ったカウントしなくて良くないか? あいつらパーティメンバーってだけだろ?」
オスカー・テラネセム。
お前の言う通りだが……そのセリフは、お前が言うべきじゃない。
そしてお前は……ヒルダの証言が事実だと自ら証明した。
「ま、あの子がとんでもねぇビッチなのは確かだな!」
「処女ビッチってマジで実在したんだな。いやぁハッスルしすぎたわ~……股が、ちょっと痛い」
「どんだけ男の欲望を吐き出したんだよ!?」
「股が痛くなるくらい。アイタタタ……」
「だろうな! 俺もだ! ハハハ! いやぁミサナさまさまだねぇ!」
「お陰様で俺の経験人数累計12人目!」
「いいなぁ、俺まだ3人だよ」
……なんと胸糞悪い!
ボクらみたいな不器用な奴らが足蹴にされている一方で!
貴様らみたいな下半身直結野郎がのうのうと生きている……!
ボクは拳を握りしめ、唇を噛む。
いっそ今すぐにでも飛び出してブチ殺してやろうか、そう思った時だった。
……ダンが、目の前を駆け抜けていく。
オスカーの友人達は「うわ、やべぇ!?」とか何とか言って、そそくさと離れていった。
「――お前、それ本当か……? オスカー」
「うっ、いや、その……」
「したんだな?」
「ちょちょちょ!? ちょっと、いや待てって!? 3人いるパーティメンバーのうち……その、ね? 1人をちょっと借りただけで――」
「――あぁ!?」
「いや、だって! だいたい誘ってきたの、ミサナちゃんだし……」
言いよどむオスカー。
ダンは、業を煮やした。
「ミサナ! 来い!」
今度はミサナを呼びつける。
「ひぅ!? じ、自分でありますか……?」
怒声を浴びせられ、おずおずと近寄る。
「ミサナ! 一体なんてことしてくれたんだ! お前は俺のパーティメンバーじゃないか!」
ローディとフレイヤも追及に加わる。
「そうよ、見損なったわ! リーダーを裏切るなんて最低よ!」
「お姉さんは悲しいです……鈍臭いながらも素直で優しい子だと信じていたのよ」
ミサナは俯いて口を固く噤んでいるだけだ。
ダンは業を煮やしたのか、小さく「チッ」と舌打ちすると、オスカーに詰め寄った。
「……オスカー。お前とは絶交だ。何があっても俺はお前を庇わない。ルクレシウスにでも殺されろ」
「――ぎゃッ! ぐえぇ! やめっ、痛ッ、死、あがぁ!」
オスカーの腹に何発も拳が叩き込まれる。
正直、ボクも加わりたい。もろとも消し炭にしてやりたい。
だがそんな軽挙妄動は、お師匠様とアレットを救う道から遠ざかるだけだ。
ボクだって大人にならなきゃいけない。
安心しろ、エミール・フランジェリク。
報復の機会は、まだ幾らでもある。
「次はお前だミサナ! そんなに交尾が好きなら、今からたっぷり種を仕込んでやる……オスカーなんてゲス野郎の事は忘れさせてやる!」
「ひっ!」
ミサナが踵を返して、走る。
そしてやってきた方角が、よりにもよってボク達の隠れている路地だった。
くそ、やらかしたな……
あれ? ヒルダとクゥトは――?
いつの間にか消えてる!? どこいったあいつら!?
くそ、ボクに一声かけてくれよ!!
――ガラン、ガラガラガラガシャア
ボクは轟音のした方角を見た。
ミサナは身の丈ほどもあるハンマーで付近の建物を容赦なく破壊して、ダン達を足止めする。
最終的にハンマーはダンの腹を目掛けて投げつけられ、それが彼ら追手との距離を稼いだとも言える。
そしてミサナはボクを見た。
「たっ、助けてください!」
「……チッ」
手を差し伸べた。
見てられないな、ほんとに。
「――なッ!? やめろエミール! ミサナまで俺から奪わないでくれ! これ以上、失うのは、耐えきれない!」
「知るか! お前が勝手に手放して――うおわっ!?」
振り向いたら目の前を馬車が横切っていた。
なんて馬鹿な運転を! 町中で速度を出しすぎるんじゃないよ!
と思ったら。
「エミール、こっちだよ!」
ヒルダが、荷台から手を伸ばしていた。
ミサナに先行して乗ってもらい、続いてボクも乗った。
さしものダンも、馬車を追いかけるだけの体力は残っちゃいなかったらしい。
もしも付与術で足を速くされていたら危なかっただろう。
だが、やらないな。あいつは、付与術を馬鹿にしていたから。
ダン・ファルスレイの姿が遠ざかっていく。
何か喚いているようだが、いい気味だ。
お前はそうやって、全てを手からこぼすといい。
それだけの事をしてきた。
代償を払う時が来たんだよ!
「ざまあみろクソ野郎!」
「ママに慰めて貰え!」
ボクとヒルダは、奴に中指を立てた。
ここ数日間で間違いなく最高の瞬間だった。




