第88話:先生、ダンの秘密を知る
この研究施設は、打ち捨てられてから大体20年くらい経っているだろうか?
あまり詳しくないが、手入れされていない設備の劣化具合から、おおよそ想像できる。
施設の外には出られないが、窓やバルコニーから見る限りでは多分、ここはそれなりに大きい島に建てられたらしい。
その中でも塔の書庫はアレットに頼んで復旧してもらった設備のひとつで、俺のお気に入りの場所だ。
昼間は天窓から差す光があるし、夜は魔導シャンデリアの灯りがある。
膨大な量の書物から探すのは手間だが、手掛かりになりそうなものを見つけた。
ストームドラゴンの巣を探索した時の記録だ。
島、ストームドラゴン……確か、課外授業でストームドラゴン狩りをしたとかいう話があったような。
ちなみに、中身は抜き取られていた。
意味深な……もしかしたら、これが重要なヒントになるかもしれない。
一応、持っておこう。
ここ数日間は毎日が平穏だった。
施設の探索をして、書庫で調べ物をして、アレットが調達してきた食料を調理して、アレットの性欲をあの手この手で上手く睡眠欲に変換させて寝かしつけて……
(絵本を読んであげたり、子守唄を歌ってあげたり、果ては難しい政治の話をするなど)
機嫌を損ねないよう、これまでの経験から最適解を時間内に導き出して、そして上手くやり過ごす。
それさえ心がけていれば、あの小さな魔王様は『世界に喧嘩を売らないで』という俺の要求を守ってくれるのだ。
でも、あっという間に終わりは訪れた。
書庫の扉が叩き切られ、よく知る顔ぶれが現れた。
「見つけたぞ!! ここにいたか!」
ダン・ファルスレイの鋭い声が、静寂を打ち破る。
ローディ、エルフの射手とドワーフの戦士。いつもの顔ぶれだな……他に誰も来ていないのは気がかりだが。
「アレット! 俺にとって、お前は大切な家族だ。待ってろよ……俺が取り戻す!」
「わたしは魔王リリザレット。元よりわたしはお前のものではない」
「……ルクレシウス! お前がキーを手に入れ、アレットに魔王の因子を植え付けたそうだな! アレットを魔王に仕立て上げ、裏から操っているのは解っているんだぞ!」
こいつをまともに相手するのは疲れる。
こちらがどう返事をしようとも、どうせ一方的に言いたいことだけを言う。
「証拠を教えていただいても?」
「聖堂騎士団の調書だ! 読んでみろ!」
投げて寄越されたそれを、広げる。
どれどれ……。
「読んだら返せよ。写しとはいえ、燃やされたら困る」
「先生。わたしが代わりに燃やします?」
横から覗き込んでいるアレットは、胡乱げな表情を隠しもしない。
そりゃそうだ。よほどの事が無い限り、聖堂騎士団は調書を外部に貸与する事は無い。
仮にそうするとしても、この場に聖堂騎士団の人達がいないのは、本来あってはならない事態だ。
だが、ダンはそんな事など知ったことではないらしい。
「アレット! そんな奴の言いなりになるな!」
単なる世間知らず、常識知らずなら別にその場で指摘して教えればいい。
だけど、少なくとも仲間が3人いるのに誰からも教えてもらっていないようだ。
アレットも呆れ果てたのか、ダンのほうを見ようともしない。
「そもそも、どうやって戻すつもりで? 一応きいときますけど」
「教会でお告げを聞いた。それによると、まずはルクレシウスを殺す。次に、お前と、その……して、生まれる赤子に魔王の因子が転移した状態で排出されるらしい。赤子は、俺が責任を取るから……」
……。
…………。
「……うわ。きもちわる。やっぱ訊くんじゃなかった」
正直、アレットと同意見だ。
どう考えても、間違っても、ダンが顔を赤らめながら言うセリフじゃない。
他に方法を考えたか? 排出されるらしいとあるが、根拠はそのお告げだけか?
だが、ローディは食い下がる。
「どうしてそういう事言うの!? ダンは頑張って覚悟したのよ!?」
勇ましい口ぶりだが、ダンの背中に隠れているんじゃなぁ。
「だからわたしも覚悟して、黙って実の兄相手に股開けって? くたばれ理性崩壊ザコちんぽ」
「ちょっ、女の子がそういう汚い言葉を使うものじゃないわよ!」
「だいたい責任取るって、どうやるんですか? 魔王の因子を受け継いだ赤ちゃん、殺すの?」
「放っておいたら呪いを振りまくし、人の形にならない肉の塊として生まれるそうだ」
「――ぷはははははっ! あっははははは!!」
その場で笑い転げる。
「生ゴミでも喰って腹を下す代わりに脳ミソ耳から出しちゃいました? その汚い口を閉じるか、今すぐ墓の中に戻ってくれませんか、このゾンビ野郎」
「そんな……!」
「はぁ……テキトーにボコって動けなくなったタイミングで教えてやろうと思いましたが、勿体ぶるのは疲れますね。ジャジャーン♪」
アレットは畳んだ翼の間から、分厚い本を取り出す。
ダンは戦慄していた。
「アレット、お前、文字が読めたのか……!?」
「魔王として目覚めたおかげで読めるようになったんです」
ダン、そこで俺を睨むな。
俺だって、アレットをこんな姿にした奴が憎い。
「これ。何だと思います?」
――ドサッ
手に持っていた分厚い本を、床に投げ捨てる。
表紙には“ファルスレイ計画”と記されていた。
「先生も、せっかくだからどうぞご覧になってください。わたしと、そこにいる間抜けの忌々し~ぃ出自がバッチリ載ってますよ~」
勇者を再現する計画……? 開始されたのは40年も前か……。
研究施設にて数世代にわたって、人工的に赤子を作り出し、育てる……
――……なるほど。
これによると、ダン・ファルスレイの両親も、その上の世代も、皆この“ファルスレイ計画”で人工的に作られたものだと。
数世代の赤子全てに、聖骸から抽出した勇者の遺伝子を繰り返し組み込むことで、勇者を再現するというのが計画の骨子だったようだ。
誕生した時点で、専用の石版で各種能力をスキャン。
基準値を満たすものだけが“ファルスレイ家”へと加えられ、失敗作は捨て子として孤児院に送りつけると。
随所に、コスト削減の為に格安な外注先がリストアップされている。
更には教会から献金も受けていた。
読み進めるうちに、ダンの顔色はどんどん青ざめていった。
「わたしとお前は確かに兄妹だったようですね?」
「う、嘘だ……俺の、家族は……」
「温かい家庭それ自体が偽物、作り物だった。気分はどうですか?」
ダンは、本を取り落とす。
トドメになったページは、多分……これだ。
ダンの名前が記載されたリスト。
だが、両親ではなく引き取り手とある。血縁関係ではないようだ。
血の繋がりがそんなに大切なのか?
「いい加減にしなさいよ! アレット、あなたダンの妹なのよね!? こんなデタラメでっち上げて恥ずかしくないの!?」
「でっち上げ! でっち上げと来ましたかぁ! 作り話だったらもっとマシな内容にしますよ! こんな身の毛もよだつ……ちなみにぃ! そのクソみたいな計画のトップはどなたでしょう? 答えは、ここに記載が! ほら。見て? 目ェかっぽじって、よォく見て……?」
膝を折るダンの目の前に掲げられた、一枚のサイン。
「計画統括責任者……セプテミリウス・ウィン・ガルデンリープ……」
「正解ぁい! こんなにたくさんのお仲間を連れて、ゲキヤバなスキャンダルをゲットとは、いやぁ羨ましい幸運ですねぇ! ほら、後ろのお仲間さんも何か言ってみては? もしや自分の意見をお持ちでない? それとも言うのが惜しいくらい高尚な考えをお持ちで? っはははは!!」
エルフもドワーフも、たじろぐばかりで何も言わない。
無理もない。きみ達の境遇には、同情するよ。
ダンもローディも、とても説得できるような相手じゃないもんな。
でも……俺にはどうしようもない。
俺自身の力に限界があるし、アレットを助けるだけで手一杯だ。
せめて、良い相手を無事に見つけ出せるよう祈るくらいだ。
「じゃあそういう事なんで。それあげるからさっさと帰って。ああそうそう、燃やそうとしても無駄ですよ。プロテクトの魔術が掛かっていて、燃やせませんでした」
「こんな本なんて、いらない! 俺は、お前を、助けるんだ!」
計画書を放り投げ、必死に身体を起こそうとする。
ダンの仲間が肩を支えたり腕を引っ張ったりして助けているが、ダン本人の腰が抜けているようだ。
「馬鹿だなぁ」
――パチンッ
「静止付与」
「な、あ、動かない……!」
頭上に赤黒い光の渦が幾つも作られる。
「――ッ!?」
「信じたいものを信じて、噛みつきたいものに噛み付く。ある意味、人間らしさの極限ですね。やっぱり人間やめて良かったぁ~……ああそうそう、これアドバイスね。足手まといをたくさん連れてきても、怪我人が増えるだけだから」
光の渦から、マジックミサイルが放たれる。
いつかにアレットが使っていたものとは違って、赤黒く光る粒子。
「「「ぐあああ!」」」
雨のように降り注ぎ、ダン達の手足は貫かれ、周囲におびただしい量の血が飛び散った。
……でも、皆はまだ生きているようだ。
「帰るの大変だねぇ~。この拠点ごとあげるから、自分でなんとかしてね。施設の探索はどうぞご自由に。それじゃあ今度こそ、さようなら」
俺は両脇に手を突っ込まれる形で持ち上げられた。
その状態で、アレットは翼を展開し、飛んだ。
天窓がマジックミサイルで粉々になる。
だがガラス片はアレットのかけた方向付与で取り除かれ、俺にはかからない。
眼下では、静止付与の拘束から解き放たれたダン・ファルスレイが叫んでいた。
「うぅ……俺は、何のために生まれて……うああああああああああ!!!」
悲しいだろうけど……それでも乗り越えるしかない。
踊らされた事に気付けたなら、誰がきみを踊らせているかに目を付けろ。
きみが傷つけてきた分だけ、償っていけ。
たとえ罪を清算しきれなくても、償いを諦めるな。
きみに願うのは、それだけだよ……ダン・ファルスレイ。
研究施設の姿が遠ざかっていく。
茫洋とそれを眺めていると、書庫の辺りが爆発、炎上した。