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第86話:先生VS魔王


「先生、ずっと探してたんですよ!」


 などと、禍々しい大剣を片手に微笑むアレット。

 彼女は首から下が黒とも紫ともつかないツヤツヤした半透明の膜に覆われていて、その上から下着のような白い鎧を纏っている。

 胸の中心には真っ赤な目玉のような宝玉が埋まっていて、その周囲に血管のようなものが脈打っていた。


 何より、彼女の瞳は赤くふち取られた金色に変色し、夜明けの薄暗い中でなお光を放っていた。


 俺は、周りを見回す。

 おびただしい数の、巨大なノミのような魔物の死骸が転がっていた。



「すみません、アレットさん。僕が、あなたを巻き込んだばかりに……」


 まだどういう状況かは上手く飲み込めないが……俺がアレットを安全な場所に避難させていれば、こうはならなかった。


「別にいいんですよ。おかげで、こんなに素敵な力と、身体を手に入れることができたのですから」


 アレットは腰をくねらせて、横目に俺を見てくる。

 それから少しして、くるくると回ってみせた。


「ねぇ。先生どうですか、この格好……気合い入れておめかししたんですよ。ウッフフフ……」


 ……禍々しく扇情的なその装いを、似合っているなんて言えないよ。


「アレットさんがご自身で選んだものではないように思えます」


「えー? この子(・・・)は似合ってるって言ってくれたのに。ねー」


 右手でだらりと持った剣に向かって、語りかけている。

 あれに支配されているのか。



「今度、一緒にドレスを選びましょう。早く着替えておいで」


「っふふ。つれないなぁ……そんなに魅力が足りないんですか? じゃ、こんなのはどうでしょう?」


 足元にある魔物の死体の腹が膨れ上がり、ドス黒いネバネバした柱になった。

 アレットはそれを吸い込み、ゴクゴクと飲み干していく。


「んっ、くっ……んんっ」


 それに伴い、体格が変化していった。

 胸も尻も大きさを増し、髪は真っ白に染まりながら腰まで伸びていく。


「ぷはっ、はぁ……ほぉら……見て……たわわに実ったフルーツ、こんなに大きくなった……先生だけは食べ放題だよ? いいんだよ……来て……ふふ、うふふふ……」


 左手で胸を揉みしだきながら、ゆっくりと近づいてくる。

 舌なめずりをしたその表情は、無神経な奴なら“妖艶”としか表現しないだろう。

 でも、どんなに人間離れしたって、アレットは15歳の女の子なんだ。


「君にそんな事を言わせた奴を、僕は決して許しはしない」


「なんで!? わたし、いっしょうけんめい頑張ったんだもん! こんなにフワフワボインボインなんだよ!? 食べてよ! 据え膳!」


 癇癪混じりに振り下ろされた剣を、俺は横に跳んで避けた。

 ゴキンッと叩きつけられた切っ先が、石畳に大きくヒビを作る。

 地団駄を踏む足元からも、石畳の破片が飛び散った。


 更には、刀身に赤い光を纏って、横薙ぎに振り払う。

 周りの建物がガラガラと音を立てて倒壊した。


 飛び退いて避けた場所を、赤い光の雨が容赦なく穴だらけにしていく。



 まずいな。速度も威力も、桁違いだ。

 こんなの一撃でも貰えば死ぬぞ……。


「っふふ。うふふふ……いいんですよ、先生……ここでわたしと、ずっと一緒でも……もうこれ以上、頑張らなくてもいいじゃないですか……」


「まだ、心休まる状況ではありませんからね」


「キリがないでしょ!! 先生は傷を次から次へと増やして、それでもやめないつもりですか! どうせこれ以上やったって無駄ですよ、無~駄~!」


「――ッ」


 押し倒された!?


「つーかまーえた♪」


 くそっ、させるか!


「もう充分、思い知ったでしょ? 手遅れになる前に、ご自身のケアを優先してはいかがです? 具体的にはそうですね! わたしと小さな別荘で一緒に暮らしましょう。子供は3人くらい欲しいですねぇ? それじゃあさっそく今から子作りしましょうか。すっごいムラムラしてるんですよ! うっふふふふふ!」


 喜色満面に語るが、現在の状況をまるきり無視している。

 理性のタガが外れているとしか思えない。


「たとえきみが人間じゃなくなっても、約束は守る。結婚と性交渉は3年後かつ、きみがその時まだ僕を愛してくれていたらです」


「いやいやいやいやありえないでしょ……わたしが今すぐ都合のいいお嫁さんになってあげるっていうのに、ヒーローごっこなんてしなくていいって言ってあげたのに! だってわたし、もう人間じゃないですし。律儀に約束守るのも馬鹿らしいじゃないですか!」


 投げ飛ばされる。まるで、癇癪起こした子供がぬいぐるみにそうするように。

 とはいえ、これで距離は取れた。


 着地地点で拾った角材に、付与術で剛性を強化してみた。

 武器を持つことで、戦いに選択肢が増えた。

 反射リフレクター付与エンチャントがしっかりと仕事してくれれば、という条件はあるが。


「わたしが、わたしだけが、先生を苦しみから救えるんだもん――あうぅ、ぐ、う、うぅうう!!」


 なんだ、頭を押さえたぞ……!?

 その場にうずくまるアレット――今なら、剣を奪い取れるか……?


「くっ」


 実際に刀身を掴んでみる。が、びくともしない!

 くそ、駄目だ、冷静になれ……冷静にならないと……でも、でもアレットは!


「ぐ、う、うぅぅ……せん、せぇ……にげ、て……!」


「僕が逃げたら、誰がアレットさんを止めるんですか!」


「わたしは、きず、つけたく……うっ、ぐ……――」


 ――背中が脈打っている。

 まだ、何かあるのか!?


「――んっ、んんんぅああああっ」


 突き破るようにして生えてきた、天使のような6枚の翼……でも、羽の色は血のように赤黒い。

 頭にはツノ、耳は尖って、それに肌の色だってこんなに青白く……死体のような色になってしまった。


「アレットさん……そんな……」


「アレット? 違いますよ。わたしの名は――」


 立ち上がり、翼を広げ、彼女は剣を天に掲げた。



「――魔王リリザレット」



 ――。


 あまりの事に、俺は、血の気が引いた。

 めまいがして、その場に倒れそうになるのを、どうにか必死に堪えた。

 かつて70年前に、この国を滅ぼそうと大軍勢を率い、大きな戦争を引き起こしたゾディオストロが名乗っていた、あの称号を……


「……よりにもよって、きみが……魔王を名乗るというのか」


「魔王! そう! 魔王! わたしは今、わたしを再定義したのです! もう手遅れですからねェ!? あっハハはハハはハハハハ!! 好きにやってもいいですよね!? っひひ!」



 ――カシャンッ、ヂャカカカカカッ


 剣だったものが軽快な金属音を立てながらハルバードに変形していく。

 どういう物理法則なのかは知らないが、まともな代物じゃないなら考えても仕方ないだろう。


 もう、覚悟を決めなきゃいけない。

 今、ここで……。


「……わかった。きみがどんな存在に成り果てようとも、俺はきみを愛し続ける。けれど、きみを化け物に変えて、きみの幸せを捻じ曲げようとする奴を俺は、決して許しはしない」


 リーチが伸びるなら、それに合わせて戦い方を変えないと……。

 アレットの正気を取り戻す算段を整えるには、なるべく思考の余裕を確保せねば。


 武器を奪うのは難しい。

 胸の目玉のような宝玉を破壊するという手もあるが……それだと殺してしまうかもしれない。

 とにかく、疲弊させるのが最重要目標だ。


「さぁわたしの側近第1号! わたしをこんな姿にした責任、取ってもらいましょうかぁ! ひとまずこの世界から、あなた以外の男を消し去る事にしましょう!」


 前後の文脈が少しも繋がっていないじゃないか! やっぱり、正気を失っている……。

 過去この国で猛威を奮った魔王ゾディオストロは文献で知る限り、手段こそ虐殺という悪逆非道なものだったが、それでも筋は通していたように思える。

 だから問う。


「一体、どうやって!」


 武器と武器を何度もぶつけ合いながら。


「簡単ですよ。魔王の力があれば、そこらの男を女に変えちゃうなんて造作もない。加えて、最初から女として生まれた人間も併せて、眷属として手中に収めるのです。どうせ甘ちゃんの先生の事だから、殺しはナシなんでしょ?」


「その通りですよ! ですが、何のためにそんな事を!」


「男なら一度は考えませんかぁ? 全人類が女だけになって、残った男があなただけなら、あなたは女を選び放題! ハーレムですよ、ハーレム! もちろん、正妻はこのわたし……魔王リリザレットがその座につくのです! あなた以外はすべからく咎人ゆえに! 女体化という罰を与える!」


「僕はそんな世界を望んじゃいない! 女性である事が罰であってはいけない!」


「なァんてもったいなァい! 眷属はわたしと感覚を共有できる! 眷属があなたと夜を共にするということは、すなわちわたしとも愛の営みをしていることと相違ない! 毎日、様々な女をあなたのもとに向かわせましょう。あなたをコケにしたあいつも、あなたを不要と断じたあいつも、あなたに好意を持ちながらも遠慮していたあの子も! 全部、全部、あなたのコレクションにできる……! わたしに飽きても大丈夫ですよ! 定期的に新しい女の子を見繕ってあげます。見た目だけじゃ駄目なら、性格も先生好みに調教してあげますからねぇ! せーんせ♪ ほーら捕まえちゃうぞー! がおー!☆」


 無邪気にけらけら笑いながら、舞い踊るように攻撃をしてくる。

 あまりの速度に、静止ステイシス付与エンチャントもかけられない。


「ほら! ほぉらぁ! あっははははは!! いひぃヒヒヒ!!」


 ましてデタラメに振り回したハルバードは、軌道が読めない。

 避けるにも防ぐにも、付与術エンチャントで各種防御能力を底上げしている今だからギリギリのラインで成立しているが……!



「――先生、危ない!」


「えっ」


 あっ……足元、何かを踏んづけて……

 横転する視界……右腕を掴まれる感覚……そして――


「――なんちゃってぇ! アッハ!」



 ――グジュウッ


「う、ぐあああああああッ!! あああああ!」


 右腕……くそ、右腕をやられた!!

 付与術が、使えないから、痛みが、もろに……!!


「がぁ、ああああああッ!!」


「あれあれェ!? 利き手だよぉ? 大丈夫ぅ? もう戦えないんじゃないですかぁ? と、いうことはぁ……♡ わたしと和解して、今日から毎日えっちライフですね! あ! えっちの前に精をつけなきゃですね! いただきま~す!」


 アレットは、地面に転がっていた俺の腕を拾って、バリボリと貪り食う。

 それから、血まみれになった自身の指を、一本一本丁寧にしゃぶる。


「ん~っ。おいしかったぁ……♡ それじゃあ、お持ち帰りタイムと相成りましょう」


 俺は、猫か犬みたいに抱えられた。

 ある意味では、チャンスなのかもしれない。


 俺は残った左腕で、必死にアレットの肩を掴む。

 目の前にいる大切な人から、絶対に離れはしないぞ。


「もう、熱烈アプローチですかぁ? 二人で愛の巣を探しに行きましょうね。ダーリン♡」


 アレットの長く伸びた舌が俺の頬を舐める。

 俺はアレットの腕の中で意識を手放した。



 YES!! 悪堕ち!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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