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第85話:先生の心を折らないで


 まもなく、夜が明けようとしている。

 天候は……この時期には珍しく、大雨だ。


 俺は昨晩デモ行進を目にして、まだ希望は潰えていないと思っていた。

 その矢先に、デモ隊は散り散りになっていた。


 俺は軟禁から解放された安堵も束の間に、デモ行進に希望の光を見出すいとまも無いまま、デモ隊の撤退を援護する事になった。



 介入して、説得を試みた。

 何度も、何度も。


 国防騎士団は話に応じて穏便に対応してくれたけど、魔術学院の生徒は……憎悪や嘲笑を露わに、武力をかざしてきた。


 王都中心部から少し外れた空き地まで逃げ延びる事はできたけど……。

 もう、これ以上は何もできないだろう。安全に、家に帰ってもらうしかない。



 ――パチンッ、パキッ

 焚き火の薪が、火に弾ける。


「アレット……きみは、どこに?」


 アレットを夜通し探してもなお、見つけられなかった。

 俺を救出してくれたエミールに、はぐれた他のデモ隊を探してもらうよう頼んだが、見つけた中にアレットの姿は無かった。



 それ以外は……特に逼迫した状況ではない。

 負傷者の中に、重傷者はいない。

 それに、ピーチプレート卿が主導で治療に当たってくれているから、午前中には全員分の治療が終わるだろう。


 とはいえ、精神的な痛手が大きい。

 デモ参加者のうちかなりの人数が逮捕されている。


「せっかく付き合っていただいたのに、こんな結果になって申し訳ありません……」


 負傷者の人達に一人ずつ頭を下げていると、黒騎士の一人が肩を軽く叩いて励ましてくれた。

 チョコレート色の肌に巻かれた包帯には僅かに血が滲んでいた。


「気にすんな。国のために死ねと言われりゃ唾の一つでも吐き掛けてやったが、自由のための向こう傷なら願ったり叶ったりさ」


 鎧には、自由騎士連合を示すエンブレムがあった。

 もうひとりの連合メンバーが身を乗り出す。


「だが国防騎士団が掌返すとは思わなかった。衛兵ではなく、だ。ありゃあ計算外だったな、兄弟」


「ああ。あちらさんにゃあ友人もそれなりにいた。正直、ショックだ……」


 衛兵ではなく国防騎士団を出してくるという事は、つまりそれだけ俺達が脅威だと思われているという事だ。

 ただ、抵抗をやめた瞬間に逮捕されなくなった事は、少し気がかりだ。

 裏があるのか、それとも“ここまでは見逃してやる”という単なる線引きの妥協なのか。



「ピーチプレート卿。引き続き皆さんの治療をお願いします」


「引き受けましたぞッッッ!!! ルクレシウス殿は……アレット殿を探しに行かれるのですな」


「お願いばかりして、すみません」


「構いませぬ。ルクレシウス殿は、間違ってはおられませんぞ」


 ……だと、いいんだけどね。


「そう言っていただけると助かります」


 俺がそのように返すと、ピーチプレート卿はニッコリ笑ってくれた。

 素敵な笑顔だ。徳の高さが滲み出ている。



 ……さて、行かないと。



 と思った、その矢先だった。



 見覚えのない男女二人組が、空き地を出ようとした俺を遮った。

 敵意と困惑が、僅かに感じられる。


「……どういったご用件ですか?」


 俺が尋ねると、その二人をかき分けて、少年が出てくる。

 ダン・ファルスレイ。

 まっすぐ、俺を睨みつけてきた。


「お前がアレットを騙したせいで!」


 振りかぶった拳が、俺の頬を捉える。

 もう同じ手は喰らわないぞ。

 拳を受け止め、問いかける。


 ついでに、何か間違いがあってはならないから、魔術回路に……

 ――“静止ステイシス付与エンチャント”!


「落ち着いてくださいよ! そこのお二人も、何か言ってあげてくれませんか!」


「わんぱくな息子で、本当に申し訳ない。あなたに会いたいと言って聞かなくて……」


「子供のすることだと思って、どうか大目に見て――」


「――見れるかッ!! そういうのは加害者側が言う事じゃないでしょう!?」


 どうなってんだよ、おたくの教育方針は!?

 ただでさえダンは親の教育だけでどうにかできる奴じゃあないだろうけど、お前らがそういう態度じゃ余計に増長するだろうがよ!


 さて、渦中のダン君は。


「アレットは、俺の妹だったんだ!」


 ……アレットが、お前の妹だって?

 なるほど、当人が聞いたらどう思うだろう……俺がアレットの立場だったら、吐き気がする話だ。


「……何が言いたいのですか」


「あいつを幸せにしてやれるのは、お前なんかじゃない。本当の家族は、俺だ!」


 うるせぇ馬鹿野郎。

 血の繋がりが、人を幸せにできるとでも?

 無邪気な盲信だ。泣けてくるよ。

 くそっ、落ち着け、俺……。


「アレットさんの幸せは、彼女自身が定義する事です」


「黙れ。よくも、こんな新興宗教めいた真似にアレットを巻き込んでくれたよな、教祖様!? 信者を率いて革命ごっこ! 楽しかったか!?」


「楽しさを求めたわけではありません」


「あ!? じゃあ何なんだよ!? 何が不満なんだよ!? お前のせいで、どんどん窮屈になっていくんだよ! 嫌ならお前が学院から出ていけば良かったんだ!」


「チッ……馬鹿野郎……」


 まったく、勘弁してくれ……。

 こいつの視野狭窄な狂犬ぶりには、本当にうんざりだ。


「ルクレシウス! 目を逸らすな! お前の信者どもの住所も、こっちで調べは付いてる! 引き籠もったって無駄だぞ! 学院は、お前達の不当な圧力には屈しな――」


 ――ガシッ

 俺は、ダンの胸ぐらを掴んだ。


「いいかい、ダン・ファルスレイ。きみがどんな事を言ったのか、周りを見て、もう一度よく考えろ」


 俺は周囲に目配せする。

 周りに集まってきた人達は多少の怪我こそあるが、まだ動ける。

 そして、ダンに対して強い敵意を見せていた。


 一触即発……まさに、そういった空気だ。

 しかし、ダンはなおも挑発的な態度を改めない。


「あ? 束になって掛かってくるつもりか? 上等だ、かかってこいよ。俺一人で全員分返り討ちにして、国防騎士団のもとに突きつけてやる!」


 これ以上、ここに長居させるのは危険だ。

 俺はダンの胸ぐらを掴んだまま、こいつの両親に視線を向けた。


「……失礼ですが、お子さんはあなた方の手に負えるような性格ではないようです」


「ダンが、精神異常者だとでも言うのですか!?」


「この子は正常です!」


「その話は、後日にでも」


 全部が親の教育のせいではないよ。

 それだけじゃどうにも変えられない事だって山ほどあるって事、たくさんの親を見てきた俺は知っているよ。


 ……ただ、それを差っ引いても、こいつらは。



「ひとつ聞かせてくれ。きみは、自分の責任を、自分で負わない奴をどう思う?」


「ああ、お前みたいな奴の事だろ? ぶっ殺してやりたいね!」


「……奇遇だね。俺もそう思うよ」


「だったら離せよ。お前は俺が直々に――あれ? 魔術が、発動しない……?」


 対象をダン・ファルスレイに設定。

 ――“睡眠スリープ付与エンチャント”!


「あ、え、眠……く……」


 倒れ込むダンを、両親が両脇から支える。

 まずは頭を冷やせ。


「ダン!?」「大丈夫なの!?」


 呆気に取られるご両親にも、警告しておこう。


「デモ行進はあくまでも暴力に頼らない方針を貫きたいと、僕は考えています。必要とあらばあなた方にも、息子さんと同様の措置を取ります。嫌なら今すぐ息子さんをご自宅まで運び、説得に当たる事! よろしいか」


「「は、はいっ!」」


 ご両親とも、学院の方面へと逃げ去っていった。

 それでいい。


 俺は周囲を手で制す。

 これで手打ちだ。




 * * *




 結論から言えば、アレットはすぐに見つけられた。

 でも……こんな再会は、俺は望んじゃいなかったよ。


「――アレット、さん」



 俺は、逃げ惑う人々を掻き分けて、近づいた。

 果たして数時間ぶりに再会したアレットは、笑っていた。




「あっ! 先生見つけた! おーい、先生!」


 右手に禍々しい大剣を持ちながら。


 アレットは首から下が黒とも紫ともつかないツヤツヤした半透明の膜に覆われていて、その上から下着のような白い鎧を纏っている。

 胸の中心には真っ赤な目玉のような宝玉が埋まっていて、その周囲に血管のようなものが脈打っていた。


 何より、彼女の瞳は赤くふち取られた金色に変色し、夜明けの薄暗い中でなお光を放っていた。

 その瞳孔は縦に長く、獣を思い起こさせた。



 ――アレットは、魔物に成り果てていた。



 夕方にももう1話、上げられたらと思います。

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