幕間:凍える胸
わたしも、ウスティナさんも、ピーチプレート卿も、デモ行進をしている。
たいまつを右手に。スローガンを書いた看板を左手に。
シャノンさんとリサさん、バステルグ夫人、デイジーさんもいる。
エミールさんはヒルダさんやクゥトさんと共同で先生に会いに行っているから、ここにはいない。
(ホントは、わたしが行きたかったけれど……学院についてはエミールさん達のほうが詳しいからね……)
他にも参加者がいる。
ウスティナさんを慕う黒騎士の方々の集まり、自由騎士連合。
ロビンズヤードで何度もお世話になった宿屋の女将さんと、その宿泊客の人達。
武器防具店の人達も何人か来てくれた。
他の人達は残念ながら距離がありすぎて当日中には無理だったと、シャノンさんが言っていた。
ただ召喚した使い魔を最大速度で飛ばして手紙を届けてもらっているから、それによって遠くから参加してくれるかもしれない、とも言っていた。
王都でも人通りの多い道を、行進する。
あくまでも、武力に頼らないデモ行進だ。
明確に武器と呼べるものは、持ってない。
武器になりそうなものは、たいまつぐらいだろう。
先頭を歩くシャノンさんがたいまつを掲げて、シュプレヒコールを叫ぶ。
「学院の生徒に公平な扱いを!」
そして、わたし達もそれに倣う。
「「「「「学院の生徒に公平な扱いを!」」」」」
「勉学の権利を邪魔するな!」
「「「「「勉学の権利を邪魔するな!」」」」」
「生徒達も人間だ!」
「「「「「生徒達も人間だ!」」」」」
「ルクレシウス・バロウズを解放しろ!」
「「「「「ルクレシウス・バロウズを解放しろ!」」」」」
「王女殿下は正気だ!」
「「「「「王女殿下は正気だ!」」」」」
近隣住民が、何事かと窓を開けて覗いてくる。
まだ寝る時間じゃないけど、お夕飯の時間ではあるもんね。
仕事を終えたお父さん達が家族達と食事を共にする。
つまり、家族が一番集まっている時間帯だ。
翌日の朝にやるよりずっと、グッドタイミングかもしれない。
……でも。
「――障壁展開! 粘性カーペット召喚プロトコルを開始せよ! 奴らをこれ以上、前に進ませるな!」
――!!
建物の上から声が響く。
「しまった、足元が!」「散開して! 今すぐ!」
「路地裏だ!」「駄目だ、進めない!」「高台に登れ!」
次々と、編み縄が投げられる。身動きが取れないところへ、ローブ姿の人達が殺到する。
……この人達、王立魔術学院の生徒だ。
「攻撃! かかれェ!!」
「来やがったか……! 自由騎士連合、防御陣形に出るぞ! 防げ、防げ!」
揉み合いになる自由騎士連合と生徒達。
生徒達のほうは当然、粘性カーペットの対策をしていた。
自由騎士連合の合間を縫ってやってきた生徒達のうちひとりが、シャノンに掴みかかる。
シャノンもミノタウロスを召喚して、生徒達を抑え込んでいた。
「あなた達の学院なのよ!? そして、私の弟の学院でもあるの!」
「余計なことをするな! 首を突っ込むな! 気色悪い集まりをやめろ!」
「――!」
「ぶん殴れ! あわよくば殺しちまえ!」
「あ! 国防騎士団!」
誰かが指差すその先には、たしかに国防騎士団の人達がいた。
けど、編み縄がある。縄はわたし達を狙って投げられた。
「捜査を中止した挙げ句、俺達を捕まえるだと!? 手のひら返しやがって!」
自由騎士連合の黒騎士さんの悲痛な叫びが聞こえた、その時だった。
「ぐおぉ!?」
フライパンや植木鉢が国防騎士団の兜を打ち据えた。
食事の用意をしていた奥さん達が、加勢してくれていた。
「クソッタレ騎士団が! 女のケツを追いかけるのが名誉に繋がるとでも言うのかい!」
「……あ、ありがとうございます!」
「ほら、お行きよ!」
「貴様ら!? まとめて牢獄に叩き込んでやる!」
憤慨する国防騎士団。
間髪入れずシャノンさんからの、
「防壁を壊したわ! 各自、散開して!!」
という声に応じて、わたし達は無我夢中で走って逃げた。
路地裏から路地裏へ。時には積み上げられた木箱やタルを伝って屋根に登ったり、橋の下をくぐったりもした。
もうすぐ、学院だ。
校舎が見えてきた。
……なのに、誰かに腕を掴まれた。
「アレット! やっと追いついた……」
ダン・ファルスレイ。
感情論を振りかざすくせに、自分は論理的で広く物を見ていると思い込んでいる。
「また、邪魔しに来たんですか?」
「こんな馬鹿げたことはやめろ! お前は俺の、たった一人の妹なんだ!」
「え……」
「――アレット・ファルスレイ。それがお前の、本当の名前だ!」
…………?
………………?
「……は?」
妹?
わたしが、ダン・ファルスレイの……?
わたしの名前が、アレット・ファルスレイ……?
「俺の母さんがお前を見て、お前の名前を聞いて確信したって言ってた」
嘘、いや……嘘じゃない。
スキルが反応しない。ダンは、嘘を言っていない。
「そんな……」
事態を飲み込めず固まっている所に、妙齢の夫婦らしき二人組が物陰から出てきた。
「……いつものお仲間の代わりに、ご両親でも連れてきたんですか?」
わたしが言えたのは、それが精一杯。
「アレット、今までごめんなさい……悪かったと思ってるわ……」
「母さんに同じく……」
夫婦は屈んで、わたしをゆっくり抱きしめた。
わたしのスキルが反応しない。少なくとも『申し訳なく思っている』事については本音らしい。
でも、わたしは言うよ。
「……何も、こんな時に出てこなくたって」
「お前の事は、産まれたての頃ならよく知っている! 右肩にほくろが4つある!」
「――っ」
確かに、あるよ。
でも……孤児院から情報を仕入れれば、幾らでも知り得る情報じゃないか。
「今更、何を求めているんですか」
問いかける。口々に、彼らは答える。
「もう一度、やり直しましょう。私達は家族よ! 話せばきっと、あなたもわかるわ!」
「そうだ! さすが俺の嫁だ、いい事言うなぁ……! ほら、母さんもこう言ってるんだ。アレット。年頃なのはわかるが、素直になりなさい」
「そうだよ。兄として、俺がお前をイカれた過激派集団の思想から守ってみせる」
……。
白々しい。
「話せばわかる? わかるのは、話してもわかりあえないという事実だけ」
「孤児院育ちだから、親の愛情がわからないだけよ。温かみに触れ続ければ、きっと……」
「素直になれ? 支配したい人達は、いつだってそう言います」
「なんてことを言うんだ! 母さんも俺も、ダンも、お前の事を思って……!」
「過激派? 犯罪行為を黙認させないように抗議する事が、そんなに過激ですか?」
「あいつらはどんなに綺麗事を並べ立てても所詮、貧乏人のふりをして次から次へと駄々こねて、わがままを押し通そうとする! そうやって国を食い尽くそうとする、寄生虫だ! だが、俺達は違う。ファルスレイ家は、勇者の血を引いている。この、血の繋がりが、俺達家族の絆が、お前を守る!」
なんで、こうも薄っぺらい事を幾つも幾つも並べ立てられるの?
鼓膜が痛くなるだけで、何一つ心に響かないよ。
「……うるさい」
「え?」
ダン、いや――それを、わたしは指さした。
もはや名前を認識すらしたくない。呼びたくない。
「わたしの大好きな人の言う事を何一つ信じず、初対面で顔を殴ったり、復興活動を邪魔しようとして魔術で隕石降らせて大量破壊したり、相手の実の親を差し向けてコントロールしようとしたじゃないですか。そんな奴が、言うに事欠いて“絆”ですって? 綺麗事で誤魔化しているのは、あなたのほうじゃないですか」
「いやそれは違くて! 元々ルクレシウスは悪人だから、殴っても問題ないだろ!? あいつの復興活動とやらに攻撃したのだって、武装蜂起を計画していたのを見つけたからだ。学院だけが、その真実を見つけていた! 信じてくれよ!」
「毎日あそこで作業をしていたわたしより、たった数回、ちらっと見に来たあなたのほうが真実を見抜けたと」
「ああ。距離が近すぎれば情が移る。情が移ると眼差しは曇る……それが、人間なんだ」
見当違いな空振りを毎日のように続けた挙げ句、訳知り顔で、さも教養深そうな言い回しをしないでよ……気持ち悪い。
「さあ。俺たちの家に帰ろうぜ? 温かいメシを食えば、こんな下らない宗教ごっこも忘れられるさ」
肩に手を置かれて、全身の毛が逆立つ。
わたし、やっぱり駄目だ。
こいつを兄だと、家族だとどうしても認識できない。
たとえ実際にそうだったとしても、今更取ってつけたように言われて、はいそうですかと認められるわけが無い。
――ゴッ
吐き気をこらえながらも、こいつの顔面に拳を叩き込んだ。
「……二度と、顔を見せないでください」
「くそっ……やっぱり、あの男に怪しげな付与術で洗脳されて……」
「違いますけど」
「違うと思い込んでるだけだ。こうなったら、無理やりでも連れて行くぞ」
いやだ、いやだ、いやだ!
腕を掴むな! 手を握るな!
どうしてお前なんかが! いやだ、やめろ!
「離してください! なんでわかってくれないんですか!?」
「大切な家族であるお前を救うためだ!」
どうして、ここまで決定的に話が噛み合わないの!?
どうして、みんな自分にとっての正解しか会話として認めてくれないの!?
それともわたしが、見たいものしか見ていなくて、信じたいものしか信じていないとでも言うの!?
ほっといてよ!!
「静止……付与!!」
「あっ……」
両親を名乗るふたり組も、あっけにとられて動けないようだった。
わたしは、それらを押しのけて路地裏を走った。
吐き気がする。吐き気がする!
気持ち悪い。気持ち悪い!
どうして、あんなのが家族だと思わなきゃいけないの!?
わたしは、先生と――ルクレシウス・バロウズ先生と家族になりたいのに!
* * *
「はぁ……はぁ……っ」
痛む心臓を押さえながら、立ち止まる。
しばらくは、もう走れそうにない。
気がつけば、随分と遠くまで走ってきたようだった。
周りを見回しても、人の気配がまったく感じられない……静謐というよりも、沈黙に支配されたような、寂れた裏通り。
当然、灯りなんて気の利いたものはない。
星空と月明かりだけが辺りを照らしている。
よく見れば周りの建物は幾らか朽ちていて、わたしはそれを認識して思わず身を縮こまらせた。
……まずい所に来ちゃったかもしれない。
どうやって、戻ろう……。
怖いよ……。
少しだけ歩くと、高い屋根の建物へと辿り着いた。
よく目を凝らすと、輪星教のシンボルマークがある。
使われていない、古い教会だろうか。
王都にも、こんな場所があったなんて。
錆びついた門の前で、野良猫が寝ていた。
「……きみも、一人なんだね。おいで」
かがみ込んで、手招きする。
猫はゆっくりと歩み寄ってきて……
――ドスッ
なんだか鋭い衝撃を、胸に感じた。
「……え?」
見下ろす。
わたしの胸を、真っ黒な刃が貫いていた。
「……なに、これ?」
猫、どこ? 猫、どこ?
どこいっちゃったの?
悪夢?
胸を押さえた手を、見る。
手が、黒いヌメヌメに覆われて包まれて侵されていく。
これは、血……? 血じゃない……なに、これ……
胸、いたい……
「ごほっ、かはっ……ひゅっ、ぐぅう……」
膝から崩れ落ちるようにして、わたしは倒れた。
手が震える。
からだ、さむい。
どくんどくん、むねが、脈打つ……
みみ、キーンて、おと、なった。
めのまえ、暗く、暗く、暗く……
いやだ、いやだ、死にたく、死にたくない……
こんな夜に、あなたに会えないというの……?
ああ、さいご、くらい、そばにいたかったなぁ。
せんせ……ぇ――