第83話:先生の反撃/叛逆
俺は、かつて受け持った生徒達を助けたい。
まずは、ミゼールやオスカーがしてきた事を明るみに出す。
会議で釘を差されてから、数日が経過した。
証拠は充分に揃ったし、現状は充分に把握した。
エミール・フランジェリクと、その姉シャノン・フランジェリク、および非常勤講師として活躍中のウスティナの協力により、何名かの教師と生徒の悪行は白日のもとに晒されようとしている。
思うに、学び舎という場では、万人に知識を深める機会が保障されるべきだ。
だが他人の機会を奪う輩まで、そうしてやる必要はない。
……もう容赦はしない。
一部のクソ野郎の為に、大多数の善良な生徒達の安寧が脅かされていい筈がない。
ましてや、綺麗事や日和見主義的なお為ごかしのせいでそういった危機的状況をなかったことになんて、絶対にさせない。
許されていいことじゃない。
だから終わらせるんだ。
情報は、誰も言い逃れできないほどたくさん集まった。
証拠隠滅を図った形跡は幾つも見られたが、詰めが甘い。
あいつらにとって専門外の分野からアプローチすれば、証拠はすぐに見つかった。
オスカーからは余罪がたっぷり出てきた。
彼のみならず、彼の友人達にも“縁結び”と称して女子生徒を充てがっていたようだ。
オスカーは友人達に、かつて自身が試していた手口を伝えていた。
すなわち部屋に呼び込んで薬物を飲み物に入れ、昏睡状態にした後に既成事実を作るという卑劣な行為だ。
しかも行為が終わったら中和剤を使用する事により、証拠隠滅を図ったようだ。
……情報によれば、中和剤はここ最近作られた新薬が使われている。
わざわざ、こんな酷い真似をする為だけに?
それだけじゃない。
男子生徒から女子生徒への、身体に触れる、卑猥な言葉を投げ掛ける、更衣室やシャワールームを覗き見する……といった行為が横行していたとの証拠も突き止めた。
証言だけではない。確固たる物的証拠だ。
すなわち、映像を記録する石版だ……。
それから、男子同士での性的な嫌がらせも件数は少ないものの報告がある。
童貞だからどうの、性的魅力が無いから女子にモテないからどうの、そういった内容でからかうといった内容が主だ。
更に悪いことに、これらの被害を訴える生徒達は“ごく少数であるため緊急性は無い”とされ、学院側は見向きもしない。
これに対し、以前エミール・フランジェリクは署名運動で対応を求めたという。
だが、ダン・ファルスレイによって“自己解決”“自己防衛”“自己責任”に基づいた、生徒だけで対応する理論が提唱されたため、署名運動は結局、棄却された。
多くは「考えすぎ」とか「自意識過剰」とか「単なるわがまま」などと一笑に付されたという。
(演劇での改訂した台本も、おそらく口実の一つにされているだろう)
被害者の中でも容姿や能力ともに優れないと見做された生徒は、特に悲惨だ。
やり返すだけの力がないから“自己防衛”できない。
撃退できないから“自己解決”できず、すなわち“自己責任”のもとに耐え続けるしかない。
周囲からは“反撃の意思が無い”とされ、見捨てられる。
こうして野放しになっている。
これら様々な原因により、多数の生徒達が学習意欲を大きく削がれている。
あまりにも重大な機会損失だ。
底が抜けた樽に、酒は満たされないというのに!
だから俺は徹底抗戦する。
まずは教師陣の中でも比較的ニュートラルな立ち位置の者達だけを厳選、個別に呼び出してアプローチする。
それぞれに対して“くれぐれも内密に”と前置きした上で助力を請う。
どうせ明るみに出る。
誰の告げ口か、それとも嗅ぎつけられたか。どちらにせよ、だ。
そしてやっぱり、誰からも色好い返事は貰えなかった。
皆、決まって取り繕ったような事を言って、その場を濁す。
たとえば「突然のことだから飲み込めない」とか「ただの思い過ごしだ」とか「もっと重要な問題がたくさんある」とか。
……解っていたよ。
あくまでも“同僚に助けを求めても協力が得られなかった”という状況証拠を手に入れる為だ。
取れる言質は、取れるだけ取っておくに越したことはない。
数日後。
案の定、俺は呼び出されていた。
会議室の大仰な扉を、軽くノックする。
「失礼します。教員補佐、ルクレシウス・バロウズです」
「入り給え」
ゆっくりと、入室する。
会議室にはすでに、教員達が揃い踏みだ。
ミゼール・ギャベラーも嗜虐的な笑みを浮かべ、俺が何らかの慈悲を乞う事を期待しているようだった。
(ただし、理事長は相変わらず出て来ない)
ホプキンスはメガネを拭きながら、こちらを一瞥する。
俺は座らせてもらえないが、知ったことではない。
「なぜ、呼ばれたかは理解できているかね?」
「理解はできますが、承服できません」
「また随分と青臭い事を言う。学生であればまだしも、君は教師であり、大人じゃないか」
「ですので、大人の対応をさせていただきました。証拠は全て王女殿下にもお伝え済みです。近日中に使者を派遣されるとのことです」
「……理事長に話を通さなかったのか?」
ようやく眉根を動かしたな、ホプキンス。
お前が訊きたい事は、そんな初歩的な内容じゃないだろ。
「何度も打診したのですが、全て門前払いでしたので」
それに、お前を通して理事長に伝えたところで、こちらの要求が受け入れられる事は一切ないだろうからね。
俺から理事長に伝えるより、俺が外部にチクった相手から理事長に伝えられたほうが、ずっと話が早いだろう。
「警告しましたよね」
俺は、問いかける。
それまでざわめきで満たされていた会議室は、しんと静まり返る。
顔を見合わせる教師達。
誰も、答えない。
「猶予は充分にあった筈ですが、皆さま方は何をしていたのですか?」
遠くから、足音が聞こえてくる。
馬が数頭……それから車輪の音も混じっている。
……馬車だ。
他の教員達も気づいたようだ。
「ホプキンス教諭! 窓の外を!」
「ふむ」
俺も、その場を動く事が許されているわけではないけれど……見に行ってしまおうか!
……2台の馬車だ。
片方は5本並んだ剣の紋章――エガンラウセン家の家紋だ。
学院の出資者のうちひとりとして知られている。
そしてもう片方は、国防騎士団。
違法な薬物の研究をしている疑いでオスカーを告発し、調査に来てもらったのだ。
そうすると、今後やってくるのは、王都婦人会子育て調査活動課(生徒の管理が適切かどうか)、王国国民新聞(学院の実態についての取材)、あたりだろうか。
俺が把握できているのは現状、そこまでだ。
シャノンの事だから他にも声をかけてくれていると思う。
……俺だけでは絶対に辿り着けなかった。
「ほう? これはこれは……君にここまでのコネクションがあったとは。正直、侮っていたよ。言ってみろ。誰の差し金だ?」
「数え切れない程の相手から恨みを買っているなら、その中のどなたかでしょうね。ホプキンス教諭」
「……」
「それと。あなた方が揉み消し工作をしていた場合、重罪になります。証拠の提出を求められたら、即座に対応して頂きたい」
たとえ俺が再び教職を辞さねばならなくなったとしても、王立魔術学院はもはや言い逃れできない程の罪を問い糾される事になるだろう。
それでいい。
今日まで虐げられてきた生徒達よ。
君たちの無念は今ここで、必ず晴らしてみせる。
――そのために、俺は戻ってきたんだよ。