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第79話:先生と、不遜な訪問者


 突然のことで、頭の中で情報が処理できない。

 確かに、ここに戻ってきてやり残したことを全て終わらせるのが、実現可能かどうかを差し引いた上で俺の一番望んでいたことだ。


 それを承知の上で俺に持ちかけてきた、ということだろう。

 無邪気に喜んでいい筈がない。


 おそらく、罠だ。

 俺を呼び戻す理由が、彼らには無い。


 アレットに協力してもらって嘘を暴くだけなら可能だ。

 が、目の前の男――ガラント・ホプキンスは食わせ者……そう簡単には行かない。


 俺の葛藤をよそに、ガラントは口元を吊り上げる。


「ちょうど良かったよ。こちらから出向く手間が省けた。それと、学院に再就職する際はアレット君も連れてきてほしい。体験入学だ」


「えっ、わっ、わたしですか!?」


 どういう意図だ?


「きみの能力は把握している。攻撃および妨害型の魔術に適した魔力適性を持っているようだね。それに――他者の嘘を暴く特別な異能(・・・・・)もね」


「「――ッ!」」


 確かに、審問アクティヴ公開インクィジットは数多の冒険者の前で使った。

 そして当時は魔道具学科の教員だった、カレン・マデュリアの前でも。

 報告を受けていても不自然ではない。


 だが、次に出てきた情報は、一部の相手にしか明かしていない筈だった。


「そして、きみが文字を読めない事も把握している」


「――!? わ、わたしを、なぜですか……!?」


「孤児院に問い合わせたのだよ」


 情報の出処を(その真偽はともかく)明かす辺りで、俺達に圧力を掛けようという意図を隠そうともしていないことが伺える。

 こいつのペースに飲み込ませるわけにはいかない。

 俺は前に出る。


「……幾つか伺いたい事があるのですが、教えてもらえますか?」


「ああ。答えられる範囲なら、何でも訊いてくれたまえ」


「アレットさんに体験入学して頂けるとして、ウスティナさんとピーチプレート卿はどうなるのでしょうか? 以前と変わらずコンタクトを取れますか?」


「彼らの努力次第だ」


 アレットに目配せする。

 うなずいている。


「ああ。言っておくが、私は業務上の都合で黙秘する事はあっても、少なくともきみ達には嘘を言わないよ」


「そうでしょうね」


 そういう奴だろうさ。

 表に出てくる時はいつだって、誰かを犠牲にして必要な情報を集め、確実に勝利できると確信してからだ。


「質問は以上かね? 幾つか、と言ったのはまさかハッタリのたぐいでもあるまい?」


 ……この野郎。

 気に入らない言い草だ。


「何故この部屋に?」


「保険というものだよ。万一、きみが冷静さを欠いて私の話をまともに聞けなかったとして。ひとまず現役の生徒とかつて在校生だった者を通せば、多少なりとも伝わるだろう? ましてや、きみに好意を持つふたりだ。きみに対しては正確に伝えてくれるかもしれない」


 あんたは一体どういうふうに俺を認識しているんだ。

 俺は相手が敵対者だろうと、目的が対話や情報伝達だったら耳を傾けるよ。

 ダンじゃあるまいし。


「所属は、どこになりますか?」


「ひとまず魔術基礎学科のワイアッツ先生の補佐だ。あとは各学科を回らせて、人手が足りない所の補佐をしてもらう。それから、雑務全般。きみの得意分野だそうだね」


 白々しいな。お前だって、人づてにではあってもさんざん俺に仕事を振ってきただろうに。

 何人かが持ち込んできた雑務は、お前がそいつらに指示したものだった。

 そして、明らかに余暇を削らないとキャパシティを超過する量だった。


 そんな体たらくだから、生徒に物を教える時だって最初から「そんなの自分で考えろ」ばかりだし、俺が業務のマニュアル化を何度提唱しても誰も取り合わない、挙げ句に共通の仕事ですら誰も彼もが違うやり方だし、横の繋がりも弱いし、部署替えした部下がそのまま退職する。

 どうせそんな体制を改善するつもりなど無いんだろ?



「わたしからも質問があります」


「どうぞ、お嬢さん」


「お、おじょ、お嬢さんって……――あぁえっと、マデュリアさんと、ギャベラーさんが抜けたと思いますけれど、どなたか穴埋めを?」


「いい質問だ」


 うるせえ、指パッチンするな。

 そのキザったらしいところなんかは本当に嫌いだ。


「マデュリア元教諭は懲戒解雇処分、ギャベラー教諭は学内の寮にて療養中だ。きみ達にぜひとも礼がしたいそうだよ。現在どちらの学科もダン・ファルスレイ君に一任している」


「ファルスレイさんって……生徒じゃないんですか?」


「ああ、生徒だとも。ただ彼は特別でね。自習の際にリーダーとして動いてくれている。それに、彼の助手を務めるパーティメンバーの少女達も非常に優秀だ。不在時には代理としても、遜色ない。もっとも彼女達は、少しばかり見目麗しすぎて、一部の生徒には学習の妨げになっているようだがね……たとえばオスカー・テラネセム君とか!」


「オスカーさんですか」


 思わず口にする。

 こいつがその名前を出してくる、しかも俺の前で……それは大抵、ろくでもない意味だ。


「ああそうだったね、きみが追い詰めたあの彼だよ。その一件のせいでひどくナイーブになってしまったらしく、我々としても慎重にならざるを得ない。きみ自身で、尻拭いを、したまえよ」


 この野郎……。


「ああ、シャノン君」


「はい」


「オニール先生には、よろしく伝えておくよ。少しは甘酸っぱい青春を思い出して、優しい気持ちになれたかな?」


「それ、今まで聞いてきた中で一番おもしろくない冗談ですよ、ホプキンス先生」


「私は真面目な話をしているのだよ」


 冗談でも真面目でも、その手の話をふるのはセクハラなんだけど。


「まあ、とはいえ! ずっと居座るのはまるで私が暇人であるように思われてしまうかもしれんよな。おい、もう出てきていいぞ」



 青紫色の光のゲートがあちこちから開いて、ローブ姿の生徒達が出てきた。

 もしかして一部始終を見ていたのだろうか。

 生徒達は皆一様に緊張した面持ちだ。


 あ、ひとりだけウスティナに掴まれてる……。

 もしかして見破っていた?


「貴公らのように稚拙すぎる配置は、久々に見たよ」


「事を構えるのは、きみ達とて本意ではない筈だが」


「正当防衛の範疇であればその限りでもあるまい。何せ私の肌はこんな色だ。無用な因縁をつけられるのは珍しくない」


「だからウスティナと名を偽り、肌を隠したのかね? スレイドリン。もう“戦後”ではないのだよ」


「ほう。貴公……」


「調べはついている。それではバロウズ君。明日までに連絡したまえ」


 こちらが何かを言い返す前に、外から蹄鉄の音が響く。

 馬車か。あらかじめ、付近で待機させていたのかもしれない。

 鮮やかな撤退に、俺は下唇を噛んだ。




 * * *




「……すみません。僕が関わったばかりに、こんなにもご迷惑を」


「おかしいのは奴らですよ」


 学院に戻るという選択肢は、確かに魅力的だ。

 待遇は俺が我慢すればいいし、卒業まで力になれなかった生徒達へ贖罪するチャンスが得られたのは大きい。


 ただ、こうもトントン拍子であちらからアプローチしてきたのは、間違いなく罠だ。

 それに今まで一緒に冒険してきたウスティナとピーチプレート卿は、どうするんだ?

 さすがに“ありがとうございました、ポイッ”なんて薄情すぎる。


「今までの学院関係者をご覧頂いて、既にお察しの通りです。僕は、あの学院を根底から変えたい。でも、皆さんとの関係を切りたくない。もし異議がなければ、少し知恵を貸してもらえませんか?」


 まず口を開いたのは、ウスティナだった。


「シャノン、貴公のところに世話になりたいのだが、行けるだろうか」


「歓迎するわ。こんな状況だもの。より一層、協力しあっていかないとね!」


「恩に着るよ。さて、私は身の振り方を決めたぞ」


 そう言って、ウスティナはピーチプレート卿を手で指し示した。

 意味的には“次は貴公の番だ”といったところだろう。

 このふたりの距離感も、さっぱりしていて俺は好きだな。


「それがしは、フィールドワークのインストラクターができないか、掛け合ってみますぞ。叶わねば、王都を拠点に冒険者活動をしつつ、フィールドワークを遠目に見守るという事でッッッ!!!」


 ……良かった。ふたりとも、会おうと思えばいつでも会える。

 じゃあ、次は。


「ありがとうございます。それと、ひと区切りという事で、おふたりに何か感謝の気持ちを伝える事はできませんか?」


 冒険者活動の報酬は分配していたけど、それとは別の、気持ちの問題だ。


「はいはーい! わたしも賛成ですっ!」


 と、アレットも両手を上げて賛同してくれた。



「それがしは、むしろ充分に救われましたぞ」


「まぁまぁ、そうおっしゃらずに! なんかスゴいマジックアイテムとか、そういうのを遠慮なく頼んでいいんですよ! ねっ、先生!」


「もちろんです」


 なんかスゴいマジックアイテムってなんだろう。

 非売品なら頑張って作るよ。


「明日までに考えても宜しいですかな?」


「大丈夫ですよ」「もっちろんですっ!」


 じゃあ、次は……


「ウスティナさんは、何かありませんか?」


 だいたい判るけどね。


「そうさなあ。私も充分、施しを受けたような気はするが、強いて言うならば――」


「――試合ですね、わかります」


 アレット、そこは最後まで言わせてあげようね……。


「その通りだ。ルクレシウス。貴公と手合わせ願いたい」


 俺が指名される予感はしていた。

 覚悟も、していた。


「満足させられるかどうかはわかりませんが、もちろん本気でやるべきですよね?」


「ああ、是非とも頼むよ。殺す気でかかってきてくれ。私もそうする」


 ――ゴトン。

 重たい音を立ててテーブルに置かれた金属の塊。


「この仮面にかけて、誓うよ」


 ウスティナは初めて、仮面の下を見せた。

 黒エルフの両目というのは得てして赤や橙色だという。

 が、ウスティナの両目は、非常に珍しい銀色だった。


 その切れ長の目は、どこか寂しげな、けれど優しい笑みを形作っていた。



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