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第78話:先生達の宴会帰り


 食事会が終わって、学院側が用意した宿へと俺も通された。

 シャノンがテコ入れをして手配させてくれたとのことだった。



 あてがわれた部屋は、確かこの近くだったような気がする。

 ……探していたところ、シックなグレーのドレス姿の女性がうずくまっていた。

 すぐ近くに、吐き戻した物体があるのは……本人の名誉のために見なかったことにしておこう。


 それより、無事を確認しないと。

 抱き起こす。


「失礼。大丈夫ですか?」


 さっきの食事会でシャノンと一緒にいた人だったな。

 つまり関係者だろう。あいにく、接点がないから詳しくわからないが。


「うぇぇ……あたま痛い……」


 確かに、いいワインだったけど、だからこそつい飲みすぎてしまうよね。

 ――“耐毒アンチポイズン付与エンチャント


「起き上がれますか?」


 手を差し伸べる。

 足を痛めてはいないようだ。とりあえずスムーズに起き上がれて、俺も一安心。


「あーすみません、助かりますぅ、どーもどーも……あ」


 ……?

 どうしたんだろう、俺の顔をまじまじと見つめたりなんかして。

 ううむ、もしかして。


「何処かでお会いした、とか?」


「あー! あ、あの、あの、あの時、買い物に来てくださった、顔のいい推しのお客様じゃないですか!!」


 顔のいい?

 お客様、ていうと……


「――ああっ。もしかして……その時はお面を付けておいででしたか?」


「そうです、そうです! いや、その節はホント、お世話になりまして……」


「いえいえ、こちらこそ。すごく、いい本でしたから」


 それに、おかげでアレットが過去のことを教えてくれたからね。

 同人誌さまさまだ。


「ど、どーも、嬉しいです! フヒヒ……そういえばぁ、レポート本! 大ッ好評でしたよ! うわぁっとととと……」


 危ない危ない、壁に突っ込むところだった。


「まだ酔いが残っているでしょう。部屋まで案内しますよ」


「フヒヒ、サーセン……えっと方角は、こっちです」


 自立して歩くのは、まだしんどそうだ。

 それとなく合図して、肩を貸す。

 こういう時、俺が女性に生まれていたなら彼女に肩を貸すにあたって心理的抵抗感はそんなに無いだろうなぁ。

 とはいえ、自分で歩かせた結果またぞろ転ばせてしまうのは嫌だ。


 内蔵を刺激しないように、慎重に歩く。

 無理に急げば、きっと彼女は再び吐いてしまうだろう。

 だから歩幅は小さく、歩みは遅い。



「先生、こっち準備終わりましたよー! ――って、ああ! まさか浮気!?」


 ……人聞きの悪い事を言わないで欲しい。


「少し飲みすぎてしまわれていたようなので。この前買っていった同人誌の作者さんですよ」


「ど、どど、どーも……バステルグ夫人と言います……! そ、そのっ、シャノンところの事務所で仕事してます」


「あああ~! 聞き覚えのある声だと思ったら、あのエモい極大クソデカ感情の同人誌! あれホント最の高でした! 二人が再会したところのシーンがですね!? こう、手を握る辺りで、もうそこに至るまでの色々な紆余曲折を思うともう涙なしにはですね!?」


「いやぁ~あのシーンめっちゃ難産だったんで、そう言ってもらえるとすごく嬉しいですねぇ~!」


 うんうん。

 楽しそうで何よりだ。

 俺はBLについて出来うる限り研究してアレットと楽しくトークできるようにしたいが、現状まだまだ素人の域を脱していない。

 それなら“BLのプロ”と話していたほうが、より深みのあるトークになるだろう。



 その間に、視線を移す。

 アレットには同行者がいた。


「傭兵を演じてらっしゃった方、ですよね?」


 さっきウスティナと話をしていたっけ。

 ちょうど、少し遠いが後ろのほうでウスティナとピーチプレート卿がゆっくり歩いている。


「ども~! あたしの名前はグルツェル。流れの劇団員やってまぁす。黒エルフの地位向上には是非とも協力したいんだけど、ほら、あたし臆病者だからさ……」


「なるほど。それで、あのシーンで黒エルフの為に戦った友人について言及していたのですね」


「そーそー! あれあたしのアドリブなんだー!」


「スレイドリン、という名前は?」


「すっごい強い黒エルフ。ママがね、教えてくれたんだ」


 その辺りでウスティナが、後ろから『ぬっ』と身を乗り出してくる。


「興味深いな。私にも教えてくれるか」


「ウスティナさん――って、まだしてなかったんですかその話!?」


「ああ。先刻は訊きそびれたのでな」


 とウスティナが言った瞬間、アレットが無表情になった。

 俺は、心配になったのでちょっと顔色をうかがう。

 するとアレットは俺にだけ見える位置に手を隠して、静かにウスティナを指し示した。


 ……“訊きそびれた”は、嘘か。

 敢えて訊かなかったのかもしれない。

 だがウスティナはどういう心境か、身を乗り出してグルツェルの顔を覗き込む。


「では、続きを聞かせてもらってもいいかな」


「おっす! といっても、大した長さじゃないんですけどねー。むかし、スレイドリンっていうヤバ強い黒エルフが、人間に率いられて戦っていたとかー」


 ウスティナの語った過去と概ね一致している。

 彼女の語彙力については……まぁ、多くは語るまい!


「単身、それも兵卒の剣と盾だけで魔王軍の必殺艦隊にカチコミかけて一夜で壊滅させたとかー……」


「流石に誇張だろう。口伝くでんなど、すべからく恣意的なものさ」


 本人が言うと重みがあるなぁ。

 けれどグルツェルは、まだどうにも納得しかねているようだった。

 片手をひらひらと動かしている。


「またまたぁー。ウスティナさんだってマジでやったら同じことできるんじゃないですか? ママの世代の間じゃ“スレイドリンの再来”とまで言われているんですよ?」


 スレイドリンの再来どころか、スレイドリン本人なんだけどね。


 ――! あー、そうか。

 スレイドリンという名前は知られていても、ウスティナとスレイドリンが同一人物というところまでは広まっていないのか。


 むしろ……ウスティナにとっての耐え難い苦痛と屈辱、そして何より後悔にまみれた過去とは決別したいならば、別人って事になっていたほうが好都合なのかな。


「中には、人間の貴族達に奴隷にされて最後は故郷で焼き殺された……なんて言う奴もいるみたいだけど、あたし的にはどーにも違うんだよなぁ……当時仕官してたっていうオストラクル家について調べたけど不自然なくらい資料が少なかったし……」


「劇団員の仕事をしつつ歴史書を? 結構大変ではありませんか?」


「意外となんとかなるよ。役作りのためって思うとテンション上がるし」


 がむしゃらだなぁ。

 いや、そのひたむきさが、あれほどの名演技を生み出したのだろうけど。


「でも図書館いくなりどいつもこいつも呪術書は無いぞって開口一番に言ってくるの超~ムカつく!!」


「あーわかります! わたしも家事育児の本ばかり勧められるんですよ。読む本を勝手に決めないでほしいですよね!」


「「ね~!」」


 ふたりは顔を見合わせ、ほぼ同時にかしげる。

 波長が合うのかな。


「っと。バステルグさん、お部屋、この辺りですか?」


 俺が肩を貸しているバステルグ夫人のほうを見やる。

 さっきから妙に動きがないというか、足を引きずっているような。


「…………Zzz」


 寝ている……!!

 付与術で酒への耐性を一時的に増やしたとしても、消耗した体力とかまでは元に戻せない。

 これは割とお手上げなのかもしれない。



 この近辺の宿は、外に面した一軒家っぽいものがずらりと建ち並んでいて、ここら一帯を管理する受付で鍵を借りるという方式だった。

 さすが王都の高級宿。土地の使い方が贅沢だ。

 が、広くて部屋がわかりづらい。


「どなたか、シャノンさんを呼んできてほしいのですが、流石にどこにいるかご存じないですよね……?」


「あたしわかるよっ」


 グルツェルが挙手してぴょんぴょんと跳ねている。


「本当ですか! 助かります」


「そりゃあ、あたしの取引先だからね。はい到着! ごめーんくださーい! お連れさんが外で酔いつぶれてましたよ~」


 ドンドンドンとノックする。

 部屋の明かりはついているし、寝ているわけではないのだろう。


 だが返答は無い。

 待ち続けるのも何だ。


 鍵は――


「開いていますな。ご無事であれば良いのですが……」


 呆気にとられる俺と、神妙な面持ちのピーチプレート卿。

 俺は我に返り、玄関を上がっていく。



「失礼! 緊急事態と想定されるため、上がらせていただきます!」


 だが、リビングには。


「ごめんなさい、バステルグ夫人をありがとう。事情はあとで説明するわ」


 シャノンはソファに座っていて、こちらに困ったような苦笑を見せる。

 シャノンの隣にはエミールと、リサ・アルバ。


 そして向かい側は……


「相変わらず、君はそそっかしいな……ルクレシウス・バロウズくん。せっかく学院に復帰できる好機だというのだ、少しは落ち着きたまえ」


 ……などと、黒髪をオールバックにしたその男は、眼鏡をハンカチで拭く。

 悠々と、涼しげな面持ちで。


「詳しくお聞かせ願えますか……ガラント・ホプキンス先生」


 俺は震える声で、そう尋ねるのが精一杯だった。

 ……好機だと、こいつは言ったのか。



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